FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 3月9日放送分
映画『#拡散』短評のDJ'sカット版です。

地方の町で妻と2人で暮らす介護士の浅岡。妻が新型コロナウイルスのワクチンを打った翌日に亡くなったことで人生が一変した彼は、医師の高野を責め立て、クリニックの前で遺影を掲げる抗議行動に出ます。その様子が地方新聞に取り上げられると、SNSでも話題となり、ひとりの女性の突然死に始まった騒動は、あれよあれよと大きな広がりを見せます。
原案・監督・編集は、中国から来て日本の映画界で会社を作り幅広く活動している白金(バイ・ジン)。この番組で短評した作品で言えば、中国のノワール小説が原作で沖縄を舞台に映画化した『ゴールド・ボーイ』で製作総指揮を務めていました。脚本は、その『ゴールド・ボーイ』や『あゝ、荒野』『ぼくが生きてる、ふたつの世界』で知られる港岳彦。主人公の浅岡を成田凌、地方新聞の記者を沢尻エリカが演じています。
僕は先週水曜の夕方にアップリンク京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


さっき僕がまとめたあらすじだとこぼれ落ちることなんですが、まず成田凌演じる30がらみの浅岡とその妻の関係が、異様かつ歪なんです。妻はとても美しい人だけれど、働く気力はまるでなく、推しのアイドルのコミュニティにおけるSNSに夢中で、できるだけ苦労せずに金儲けをしたいなんて欲望を隠しもせず、夫を下に見るどころか、夫に支配している様子がうかがえて不快。SMまがいの行為を夫に強制し、その醜態をSNSで晒している冒頭なんてギョッとします。ワクチンを打つのも、推しのライブの参加条件が接種証明が必要だからなんですけど、地元のクリニックで医師を前に「これで私の身に何かあったらどうするんですか」なんて言ってゴネていました。そうしたら、本当に翌日亡くなってしまうわけです。それはもちろん痛ましいことだけれど、物語の描写の流れからいけば、夫の浅岡は妻の支配から逃れたようにも感じられるわけです。実際、自宅で遺影に背を向けて食事をするシーンにも表れていました。ところが、浅岡はクリニックの医師に個人的に怒りをぶつけ、美しき妻の遺影をサンドイッチマンさながらに胸と背中にぶら下げて、連日クリニックの前に立ち続けるという抗議行動に出る。美談のようでありながら、このあからさまな個人攻撃は怒りの矛先が違うんじゃないかとも思いますよね。だって、ワクチンはその医師が個人的に製造したものではなく、製薬会社の製品だし、摂取を奨励していたのは国なわけですから。このあたりの矛盾もあり、浅岡が何を考えているのかわからず、不気味であり、その言動は不快。

そこへ登場するのが、沢尻エリカ扮する新聞記者なのですが、どうも東京で問題行動を起こして左遷されてきたらしき彼女は、あからさまに地方をバカにしており、スクープのためなら何でもするというタイプで、浅岡の話を明らかに食い物にしようと近寄っていて不快。記事になったことでネットでも耳目を集め始め、それまでやっていなかったSNSを始める浅岡。ネットにこそ真実があると断言して浅岡をそそのかす介護施設の同僚の女。愛する妻の無念を晴らそうとする夫という美談に群がる匿名の人々。そうやって薪がくべられたところに、とある大事件が起こって一気に燃え上がる、炎上する反ワクチンの主張と、その正義を振りかざして再生回数を稼ごうとするYouTuberたち。とにかく、出てくる人たちがそれぞれに不快なのです。そんな不快さがエスカレートして絡み合って臨界点に達しようかというその時、ある人物が文字通り言葉を失い立ち上がれなくなるような衝撃の発言をします。僕が身を乗り出したのが、まさにそこ。今まで無造作に散らかっていた物語内のあれやこれやが繋がり始め、この騒動の中核となる出来事やキャラクターたちの心情がはっきりとした輪郭を帯び、映画全体が現代の鳥獣戯画のように見えてくるという映画体験に震えました。

題材こそワクチンですが、その是非をめぐる議論や行動の過激化はあくまでディテールだということが、ドミノ倒しのように展開する後半にわかってきます。何かを盲信して妙な正義感と使命感を武器に誰かを揶揄して叩いて鬱憤を晴らし、その高揚感と自分の欲望を燃料に次の矛先を見つける。こうした振る舞いは、ネット社会以前からあったことですが、SNSの登場はその流れと勢いが加速しているのは誰の目にも明らかですね。僕は先ほど、SNSの炎上に「薪」という比喩を使いましたが、主人公浅岡がソロキャンプを趣味としていて焚き火をしているシーンが出てくるのはその映画的な比喩だろうし、彼がそこで経験する狐の嫁入り的なファンタジックな経験は、この現代版鳥獣戯画に奥行きを与えて補強する映画的な仕掛けです。僕は最近評した映画だとアリ・アスター監督の同じく不愉快なコメディー『エディントンへようこそ』に近い印象を持ちました。こちらは低予算映画ではあるものの、成田凌の実に細かく的確な演技と、話題作を数多く手掛けてきたキャメラマン宗賢次郎の見事な撮影と照明が「人間の他者との関わり」という根源的なテーマをしっかり投げかけます。ロケも見事で、とりわけ立山連峰の遠く美しくそびえる自然の美しさと近景の人間の営みのコントラストが効果的。今村昌平の造語に重い喜劇と書いて「重喜劇」というものがあります。人間の欲望やエゴを戯画的に描いて笑いを生み出しながら、ドスンと腹に重たくくるようなスタイル。これは、そんな重喜劇のスタイルで低予算でも社会をえぐることができると証明した気骨のある1本だと受け止めています。
観終わって呆然とするところに流れてきてふくよかな余韻を添えるシンガーソングライター野田愛実の手掛けた主題歌をオンエアしました。

