以下の内容はhttps://kdc.hatenablog.com/entry/2025/12/29/123722より取得しました。


映画『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 12月29日放送分
映画『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』短評のDJ'sカット版です。

太平洋戦争において、既に日本の戦局が悪化していた1944年9月。パラオの島ペリリュー。21歳の日本兵で漫画家志望の田丸は、その画力と文才を買われ、戦地で亡くなった仲間の最期の雄姿を遺族のために記録する「功績係」という任務に就きます。米軍の猛攻撃が始まると、日本軍はみるみる追い詰められ、美しい南の島は地獄絵図と化します。そんな中、田丸の支えとなるのは、同期で戦績優秀な吉敷(よしき)の存在で、周囲が死を覚悟している中、ふたりは「生きて日本へ帰ろう」と互いを励まし合っていくのですが…

ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 1 (ヤングアニマルコミックス) ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 2 (ヤングアニマルコミックス)

原作は2017年に日本漫画家協会優秀賞を獲得した同名漫画で、作者の武田一義は、この映画の共同脚本も務めています。監督はTVアニメ「妖怪ウォッチ」の演出などを手掛けてきた久慈悟郎で、劇場アニメではこれが初メガホンです。声優は、田丸を板垣李光人、吉敷を中村倫也が担当しました。アニメ制作は、「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」のシンエイ動画富嶽が共同で行っています。
 
僕は先週金曜昼にMOVIX京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

©武⽥⼀義・⽩泉社/2025「ペリリュー −楽園のゲルニカ−」製作委員会
漫画の原作は、単行本で11巻あって、外伝も4巻、計15巻あります。まずはこれをどう2時間程度の劇映画の尺にまとめ直すかというのが作品の命運を分けます。この映画では、原作者の武田さんが共同脚本に入ったのが良かったんだと思うんですね。大胆に刈り込む時のためらいはあっても、遠慮はなくなりますから。映画では、田丸たちはいきなりペリリューにいますし、最後の最後直前まで、島を出ません。漫画では、戦時中の話と現代の読者をつなぐための仕掛けがエピソードとしてあるんですが、そこはばっさりカットです。その分、僕たちは有無を言わさずに戦場に放り込まれ、田丸たちと生き延びることができるのかと手に汗握ることになります。そして、語りの視点を田丸のものに限定して、当時の日本軍全体の戦局や国際関係はどうなっていたなんていう解説も削られているので、現状を分析できない先を見通せない恐怖ややるせなさが増しているんですね。これって、まさにペリリューの兵士たちが体験したことなんですよ。彼らは食料や装備が少なかっただけでなく、情報が圧倒的に足りなかった。でも、僕たち現代の観客は、細かい状況はわからずとも、1945年、昭和20年8月に戦争が終わることはわかっています。だから、映画ではそういう客観的な語りは省いてしまえという脚本の方針は大正解だったと言えます。漫画とは違うアニメ化の意義があります。

©武⽥⼀義・⽩泉社/2025「ペリリュー −楽園のゲルニカ−」製作委員会
反対に、アニメ映画化するからといって変えてはいけなかったのが、そのキャラクター造形ですよね。リアリズムに基づかないデフォルメされた3頭身キャラは、そもそも内容の過酷さヘビーさを和らげる効果があるわけですが、単純に戦争というものをマイルドにしているかと言えば、むしろその逆なんです。キャラクターの癒やされるデザインという緩衝材があるからこそ、物語の内容や描写はかなり踏み込んでいます。戦闘シーンなんて、かなり壮絶ですよ。一応、身体が欠損してしまったところは真っ黒に塗りつぶすなど、むやみにグロテスクにしない配慮はありますが、飛び回る蝿、飛び散る血しぶき、生きたまま兵士を焼いてしまう火炎放射器などなど、容赦なく克明です。同時に、田丸が見惚れる南の島の自然の美しさや夜空の星のも克明。彼も映画の中で何度もデッサンしていましたね。それから、音もはっきりくっきりしています。虫の音、鳥の無き声はものすごくこだわって「リアル」に設計してある分、たとえば戦闘が激しくなると鳥が島からいなくなって鳥の声がしなくなるといった、間接的な描写もこの映画の質を支えています。三幕構成のしっかりした脚本に基づいた第三部あたりで再び鳥の声が映画館に響くということは、戦火が遠のいたことを示しているといった具合に。考えてみると、たとえば主人公の田丸なんて、メガネをしているということもあって、その目は徹頭徹尾カタカナの「フ」の字、数学の<で表現されているんですよ。「目は口ほどに物を言う」はずなのに、このアニメでは、その目から読み取れる感情は極めて少ないです。だからこそ、僕たち観客は声優たちの言葉をくるむ情感や環境音に自然と集中することになるという効果もあります。

©武⽥⼀義・⽩泉社/2025「ペリリュー −楽園のゲルニカ−」製作委員会
この映画には、「戦争なんていけない」「戦争反対」「平和が一番」といったお題目は出てきません。戦争への価値判断というのは、直接は下していないんです。ペリリュー島で情報を遮断されてしまった兵士たちの生きた日々が「太平洋戦争の片隅で」といった調子で描かれるのみです。でも、先述したアニメ表現ならではの実に細かいチューニングと観客への情報のコントロールがあるからこそ、観客は人があっけなく死んでいく様子を目の当たりにしながら、想像力をたくましくすることになります。田丸が功績係として仲間の死を嘘八百の美談という棺桶に入れないといけなければならなかった意味ってなんだろう…

©武⽥⼀義・⽩泉社/2025「ペリリュー −楽園のゲルニカ−」製作委員会
国家というものを守るヒロイズムの最前線。なんとしても生きて家族の元へ帰り、自分の夢を叶えたいという願いは価値なきものとされ、敵方に投降しようものなら味方から鉄砲の弾が飛ぶとされる理不尽。若者たちはいつ死ぬとも知れない恐怖に苛まれ、人を殺してしまったことで見る悪夢にも悩まされ、生き続ける限りは飢えと闘い、持久戦でこの島を死守すればするほど、実は国家とは切り離されてしまうという皮肉。

©武⽥⼀義・⽩泉社/2025「ペリリュー −楽園のゲルニカ−」製作委員会
戦後80年の最後にこの映画を観て本当に良かったです。第二幕で展開する出来事が、秋に短評した沖縄の戦後を描いた『宝島』と重なる部分もありまして、『ペリリュー 楽園のゲルニカ』から広がる興味と関心と教訓の豊かさと重みに自分でも圧倒されています。原作漫画が誕生するきっかけは戦後70年のこと。それから10年。最近はどうもきな臭いムードが蔓延しているように思いますが、こんなすばらしい作品が生まれたことを喜ぶとともに、未来への光明を見た思いです。
この作品では音がとても細かく演出されていると話しましたが、その分、劇伴もツボを押さえたものになっています。エンドクレジットで流れる主題歌ともうまく繋がっていましたよ。作詞を手掛けたのは、MONGOL800のキヨサクです。

さ〜て、次回、1月5日(月)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『大命中!MEは何しにアマゾンへ?』です。韓国で特大ヒットを記録したというコメディですが、映画の神様もわかってるよなぁ。「大命中」に大命中だ! さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!



以上の内容はhttps://kdc.hatenablog.com/entry/2025/12/29/123722より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14