FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 12月15日放送分
映画『ナイトフラワー』短評のDJ'sカット版です。

小学生の娘と保育園児の息子、そして借金も抱えるシングルマザーの夏希は、関西から東京へ出て、昼夜を問わず掛け持ちバイトに精を出すものの、暮らしぶりは一向に上向きません。ある日、ドラッグの密売現場に遭遇した彼女は、自分も売人になることを決意。ひょんなことから知り合った、夜の街に詳しい格闘家の多摩恵がボディガード役を買って出ることで、ふたりは危険な取引に手を染めることになります。
原案・監督・脚本は『ミッドナイトスワン』の内田英治。夏希を北川景子、多摩恵を実写版『シティハンター』や次期朝ドラヒロインの森田望智(みさと)がそれぞれ演じる他、佐久間大輔、SUPER BEAVERのボーカル渋谷龍太、池内博之、田中麗奈、光石研なども出演しています
僕は先週金曜の昼、Tジョイ京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

内田英治監督は5年前の『ミッドナイトスワン』が日本アカデミー賞の最優秀作品賞を獲得し、海外でもたくさん上映されました。トランスジェンダーの主人公を通じて、ドラマや報道ではあまり光の当たらない社会問題に焦点を合わせましたね。今作は監督の構想する「真夜中シリーズ」の続編に当たるようで、主人公の夏希はシングルマザーで借金に追われ、生活保護を受けながらスナックで働き、ラブホテルの清掃の仕事もしているという設定の悲劇で、確かに共通するものがあります。さらに、『ミッドナイトスワン』ではクラシック・バレエが重要なモチーフになっていて、社会のどん底と言えるような過酷な生活環境と西洋的な「美」の感覚が強烈なコントラストを成して作品を特徴づけていましたね。今作では夏希の娘にバイオリンの才能があって、必要最小限の食事にも困るような状況の中、彼女が健気に演奏するクラシックのメロディーが美しくも哀しく物語をくるむ効果を上げていて、やはり共通項が見て取れます。しかも、いずれも監督のオリジナル・ストーリーというのは、原作ありきの製作がその大部分を占める現代の日本映画業界において、称賛しておくべきことです。目を背けたくなるような現実の社会問題を題材に、脚本の組み立ても画面の構築も俳優への演技指導も、どれをとっても高いレベルを実現しながら、観客の好き嫌いは別として、その興味と関心を最後まで猛烈な勢いで引っ張り続けることができるという点で、たいへん貴重な映画人だと断定できます。

だからこそ、内田監督の作品ならばと、実力ある俳優たちも集まるし、その俳優たちが今まで見せたことのないような型破りな演技を監督に引き出され、キャリアの転換点になるわけです。今作であれば、やはり北川景子と森田望智のふたりでしょう。北川景子は、冒頭からすごかった。スナックのトイレで寝てしまったところをママに叩き起こされ、カラオケの順番が来ているぞと促されてマイクを握り、腹の底から本気で歌い切るフラワーカンパニーズの『深夜高速』。それこそ、「生きてて良かった。そんな夜を探してる」状況なんだと一発で観客にわからせながら、タイトルにもなっている「夜にしか咲かない花」(月下美人かな?)の鉢植えを受け取って、ママチャリで明け方に帰宅し、寝息というよりいびきまじりに子どもに叩き起こされるというオープニングは見事としか言えません。

その夏希とやがてバディを組む格闘家の多摩恵ですが、演じているのが森田望智だと僕はしばらくわからなかったくらいです。格闘技のトレーニングと食事管理で体重を増やしたということもありますが、僕が目を見張ったのは、歩き方、喋り方、食べ方など、もろもろの所作ですね。彼女は風俗店で働きながら格闘家としての活動資金を捻出しているんですが、その仕事でだけ履くスカートやハイヒールが、がに股気味の歩き方とまったく合っていない後ろ姿を画面が切り取るんです。しかも、ちょっとした段差で足をくじきかけた時の力強い立ち直り方なんて、顔は見えていないんだけど、多摩恵というキャラクターを雄弁に知らせる名演技でした。田中麗奈も、登場してすぐには気づかなかったくらいです。このブルジョワ宅の夫に抑圧され続けて子育てもうまくいかなかったマダムが、田中麗奈? この感情を心の奥底にしまいつづけた結果、自分でも感情がどこにあるのかわからなくなっているような表情をしているのが、俺たちの「なっちゃん」だなんて! 彼女も、豪邸で立ちすくみがち、必要最小限の動きでロボットのように歩く姿そのものが、台詞回し以上にあのキャラクターの核心を突く見事な演技でした。

こういう描写がいちいち細かく的確な分、大胆に端折っているところも多いです。一般的には説明が必要だろうというシーンがなくて、なんか一足飛びなところがあるのも事実です。佐久間大介がどうしてああなるのか。あの探偵が差し出す写真はどうしてあのセレクトなのか。娘ちゃんのバイオリン教室の見るからに高そうな月謝をどう捻出していたのか。などなど、かなり気にはなるし、それをもってご都合主義だと批判する人もいることでしょう。猛烈に「リアル」に感じる描写と、荒っぽいと感じる展開が同居しているのは確かです。ただし、すべてを丁寧に辻褄が合うように段取りを踏んで物語を展開すれば良いかと言えば、必ずしもそうではないわけで、内田監督はドキュメンタリー的な正確さよりも、現実の社会問題に立脚したこの物語の寓話性を優先した結果、これは僕の推測ですが、脚本の段階、あるいは撮影したシーンも編集でカットしているのかもしれません。群像劇的だった人物や場所がどんどん絡まりあって転がっていくダイナミズムを優先するという判断は僕は正しいと思いますし、だからこそ、僕たちを待ち受けるあの「結局これどうなったんだ」というオープニング・エンディングも活きてくるというものです。

ここ日本の、僕たちの実はすぐそばにある諸問題を、あくまでフィクションを通して突きつけることこそ、大事なんですよね。痛々しい暴力もあちこちで出てくるし、正直目を背けたくなる場面も多々ありました。多摩恵の大事な試合でも、こんな目にあったら死んじゃうぞというところで、やはり手で目を覆う夏希に対して、娘が言うんです。「しっかり見ないとダメだ」って。僕はあのセリフが監督の言葉にも感じられました。貧困の再生産を生むような強固な社会構造を前に、目を背けてはいけないんじゃないかという大事なメッセージだと僕は受け取りました。

一方で、この作品では母親の役割というのが過度に強調されたり、神聖化されている側面もあって、それを社会がどう乗り越えるべきなのか、男性側の甘えへの批判的な視点が足りないのが物足りなく感じられたことも指摘しておきますが、それでもなお、この作品が達成したインパクトの強さを決定的に削ぐようなことではありません。内田英治監督が、またひとつ、極めて重要な作品を世に送り出したことに拍手を送ります。
驚きのラストの展開からエンディングで静かに流れて映画を引き締める主題曲は、角野隼斗のオリジナル、Spring Lullabyをオンエアしました。

