FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 12月8日放送分
映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』短評のDJ'sカット版です。

アメリカを代表するシンガーソングライターのブルース・スプリングスティーン。シングル『ハングリー・ハート』が自身初のトップ10入りしてスター街道を駆け上がるように見えた1981年。彼は一軒の家を借りて、ベッドルームでひとり、次のアルバムに向けてデモテープを作り始めます。ヒットを求められる重圧と幼少期の記憶に苛まれる中、テレビでたまたま観た映画『バッドランズ』に影響を受けたブルースは、その衝動に導かれるまま、フォークソングを録音するのですが、それは期待された迫力あるバンドサウンドとは違うものでした。
原作は、作家ウォーレン・ゼインズのノンフィクション『Deliver Me from Nowhere』。監督・脚本は、共同製作にも名を連ねる、『クレイジー・ハート』のスコット・クーパー。スプリングスティーンを演じたのは、ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」で注目を集めたジェレミー・アレン・ホワイト。マネージャーのジョン・ランダウを『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』のジェレミー・ストロング、ブルースのガールフレンドとなるフェイをオデッサ・ヤングがそれぞれ演じています。
僕は先週水曜の夜、Tジョイ京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

大きな流れを作ったのは『ボヘミアン・ラプソディ』と言って良いでしょう。ミュージシャンの伝記映画がこの10年ほど、一大ジャンルとなって続々と世に出てきました。来年のマイケル・ジャクソンも楽しみだし、ビッグネームで言えば、今年はティモシー・シャラメがボブ・ディランに扮した『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』が日本でも公開されました。そんな中で、本作の大きな特徴となるのが、描く時期を極端に短くしていること。しかも、ブルース・スプリングスティーンの名盤とはされているものの、地味で渋いフォーキーなアルバム『ネブラスカ』を制作している時期に的を絞っているんですね。ただ、もちろん、それには理由があります。この頃の彼が置かれた状況や曲作りの手法を丹念に描くことで、ボスの人となりや背景がより顕になるだろうという目論見があったからだし、それは概ね成功していると言えます。ファンはもちろんのこと、ひとりの才能あるシンガーソングライターの葛藤や、その先にある表現者としての喜びがありありと伝わってくるので、広く言えば、お仕事映画としても楽しめる作品になっているなと感じます。

ブルース・スプリングスティーンと言えば、押しも押されぬ大スターであると同時に、いくつもエピソードが知られているように、いわゆるセレブのような派手な暮らしぶりではなく、どちらかと言えば庶民の味方とでも言うべきか、名もなき市民の代弁者というイメージがありますね。アルバム『ボーン・トゥ・ラン』もシングル『ハングリー・ハート』もヒットしたことで、レコード会社は今がもう一段上に駆け上がるチャンス、次が勝負作だと言うわけですが、レコーディングにツアーもあって、そもそも上昇志向をベースにしているわけではなかったボスは、自ら孤独を選び、豊かな自然に囲まれた実家近くの一軒家を借り、時折地元のライブハウスに飛び入りのような格好でギタリストとしてロックンロールを鳴らしながらも、基本はいつもひとりで過ごします。金に物を言わせたパーティーも無く、この手のミュージシャンの暮らしにありがちなアルコールやドラッグもない。女っ気はあるんですが、それもかつての同級生の妹だし、彼女はシングルマザーで娘も含めて3人で休日を過ごすようなこともあるくらいで、ロックスターの女遊びみたいなことの対極にあるような雰囲気です。実に誠実なんだけれど、興味深いのは、笑顔でいるような時でも、どこかその表情に影があること。そこで重要になってくるのが、彼の幼少期、一人っ子として育った家庭環境です。父親はこれぞロクデナシと蔑みたくなるような人ではないのですが、往々にして酒を飲み過ぎ、時に暴力も振るってしまう人物だったことが、冒頭からモノクロの回想シーンとしてちょくちょく差し挟まれていきます。

それもあって、ブルースは過去の自分と向き合うたびに内省的になり、それでも嫌いにはなりきれない父親との複雑な想いを音楽に投影することにもなります。周囲がちやほやする中で、名声を得ることにピンとこない彼は、虚無感にも苛まれ生きる価値を見いだせないようなところまで落ち込みながらも、映画や文学、そして地方に生きる市井の人々に創作意欲を刺激されながら、少しずつ曲を作っていきます。たとえば、とある曲で3人称の客観的な歌詞をすべて1人称に書き換えていくところなんて、ボスの音楽を考えるうえでとても重要なシーンでした。ある程度曲が書き溜められ、バンドとレコーディングするも、もともとの素朴なデモテープに固執するくだり、派手なプロモーションを断じて拒むあたり、そしてツアーを再開して父親と向き合うところなんて、これまでの音楽伝記映画とはまた違ったアプローチになっていて見どころと見ごたえがすばらしかったです。演出は決して奇をてらったところはなく、描く対象であるボスその人のように、誠実かつ堅実です。俳優ジェレミー・アレン・ホワイトを信じ、彼は監督を信頼してその要求に応えていました。外見的なモノマネではなく、スプリングスティーンの心の動きやその表現としての音楽を身体に内側からなじませた結果としての体現として立派な演技です。

そんな中、映画ならではの面白みとして、特筆しておきたいのは、過去がカラーになる時。モノクロだったものが色を帯びる時はいつか。そして、ブルースの心の動きに対応するような、微妙なカメラの揺れも忘れられません。心象風景と現実が重なる瞬間、それはこの映画のハイライトとして刻まれることになります。音楽史に残る素晴らしい音楽家の知られざるエピソードを教えてくれる映画として、さらには精神的な難局を乗り越える人間の話として、これは見事な出来栄えとして記憶される1本です。

