三十歳の中学校教師、市川。もはや若手でもなく、中年というわけでもない自分を客観視できないまま、職場や社会を冷静に分析しているようでいて、本音は愚痴という形で
SNSに吐露するばかり。自信だけは一人前ですが、職場では無難な言動に終始し、ガー
ルフレンドとの関係も煮えきらない。そんなある日、市川が担任を受け持つクラスの生徒達が髪を金色に染めて登校し、彼女からは結婚の話を切り出されたのです。どうする、市川!?
監督・脚本は、『決戦は日曜日』や現在公開中の『君の顔では泣けない』の
坂下雄一郎。主人公の市川を演じるのは岩田剛典。金髪にした女子生徒のひとり板緑(いたろく)に白鳥玉季、市川の彼女に
門脇麦が扮するほか、
山田真歩、田村
健太郎、坂下組常連の
前野朋哉なども出演しています。
僕は先週金曜の昼、MOVIX京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

©2025「⾦髪」製作委員会
何かを物語る時には、お膳立てが必要ですよね。この映画は、ファーストカットでいきなり金髪になった生徒たちが出てきます。本来あるべき語りの段取りをもろもろすっ飛ばし、制服をきちんと着た、いわゆるヤンキーではない、ごく普通の中学2年生の生徒たちが頭だけ見事に金色に染めた状態で画面に登場するんです。タイトルからして「金髪」だし、ポスターを見ればわかっていたことなのですが、特別教室に集められた10名余の生徒たちと教壇に並んだ3名の教師が無言で向き合っていることに、観客はそれなりにびっくりします。どこか「なるほど、これはなかなかに大変な事態だ」ということが、特別な説明などなくてもその画面だけでわかる、端的な出だしです。どうしてこんなことになったんだろう。観客は想像を促されます。そこへ、主人公の中学校の先生、市川のナレーションが入ります。「これは金髪の話ではない。私の個人的な話だ」。観客は、またびっくりします。金髪の話じゃないの? 市川の苦虫を噛み潰したような顔にピントが合い、手前の金髪の女の子たちの後ろ姿はぼやけているせいで、画面の半分以上がぼんやりと金色をしているってのに、金髪の話じゃないだと!? ここでふたつめのシーンに切り替わります。市川のこじんまりしたマンション。門脇麦演じるガールフレンドと晩御飯を食べている途中、市川が学校での金髪事件のことを話そうとする直前に彼女から「結婚て、どう考えてる?」と切り出されます。「え?」すると、また画面が切り替わり、市川は完全なるカメラ目線でこちらを見つめながら語りかけてきます。「私が固まったのは、その質問が考えたこともなかった問題だからというのと、その日は仕事で本当に大変なことが起きていて、同じ日にそんな大変なことがふたつも起きるなんてそんなことがあり得るのかと考えていたからなんです。あり得るものなんですね。では、話はその日の朝にさかのぼる…」。

©2025「⾦髪」製作委員会
ここまで2分もかかっていません。この僅かな時間の中に、作品のエッセンスが詰まっています。それは、この市川という男が、頭はそれなりに、いや、かなり回転が早く、事態を分析する力はあるものの、持ち前の自意識過剰な考え方と自信満々でありながら
日和見主義で、脳内ではおびただしい量の言葉が渦巻いているものの、それを口にすることはなく、むしろ実際に発する言葉は波風を立てないようにその場を取り繕う保身目的で両論併記のものばかりで、人知れず誰も見ていない匿名の
SNSでのみ毒を吐いていること。つまりこれは、市川の現実の言動と内面のギャップがブラックな笑いを生み続けるコメディであることが表明されているんですね。

©2025「⾦髪」製作委員会
こうした主人公の心の声をナレーションで入れる手法を内的独白と言いますが、特に邦画において使われることが多く、映画ファンからは「映画なのに映像や演技ではなく言葉で安直に説明している」と批判されることが多いです。僕も好みではないし、坂下監督だってそんなことは百も承知なはずですが、それでも市川の内的独白が作品を支配しているのは、彼の言行不一致こそが観客の笑いを引き出し、呆れさせ、時にちょっぴり同情させ、やがては自分に引き寄せて考えさせる、社会風刺の装置として極めて有効だからです。

©2025「⾦髪」製作委員会
坂下監督は、これまでの作品でも、映画の制作現場や選挙の現場といったシチュエーションを通して、いわゆる世渡りの巧い人のカッコ悪さを、時に過剰なまでの物語展開で糾弾し、同時に憐れんでもきました。そうした独自の作家性が定着してきたことで評価され、予算も増えて企画も大きくなり、今作においては、岩田剛典というスターを冴えない「おじさん中学校教師」として迎えたことで、いよいよその手腕に磨きがかかっています。

©2025「⾦髪」製作委員会
市川自身がナレーションで言う通り、これは時代錯誤な校則の是非そのものを問うているわけではないけれど、教育現場でのクレバーかつ勇気ある真面目な女子生徒の反乱を通して、日本社会の機能不全を支える未成熟さを顕にしています。教育、政治、ネットも含めたメディア、世代間の対立などなど。カバーしている範囲は意外にもかなり広いです。「私が一番嫌いなのが、第
三者が言う正論である。なぜなら言ってることが正しいからだ」なんて芯を食ったセリフも笑えるし、カフェでたまたま市川が同席した見知らぬおっさんとの物語と関係ないように見えるシーンに物語の転換点を持ってくる周到さには舌を巻きました。これを原作なしのオリジナル脚本で、しかも103分というコンパクトな尺で演出できる
坂下雄一郎という現在39歳の監督の今後10年20年に、僕はかなり期待しています。今作は、僕も含めて観る人によっては笑顔がひきつるほどに居心地が悪くことを恐れずに切り込みつつ、最後にはほのあたたかい気持ちにしながら、内省を促してくれる佳作です。
サントラは
世武裕子が手掛けていて、これがすばらしいので、ぜひまずは予告編で、そして映画館でも楽しんでください。ここでは、Anlyのナンバーを聞いていただきます。映画『金髪』で、板緑という女子生徒が金髪にした理由は、同じ学年の地毛が茶色い女の子が教師から黒にするよう指導を受けたのをきっかけに
不登校になってしまったことに講義するためでした。それと同じような経験をしたAnlyはこんな曲でその理不尽さを歌にしていました。

さ〜て、次回、12月
8日(月)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、
『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』です。先日番組にお迎えした評論家のおふたり、
田中宗一郎、宇野維正両氏も話題にしていたもの。音楽伝記映画もたくさん作られる中、これはスターになったボスが葛藤していた時期に的を絞るという独自のアプローチ。相当気になっていたんで、当たって良かった! さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!