FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 11月10日放送分
映画『ローズ家 〜崖っぷちの夫婦〜』短評のDJ'sカット版です。

建築家のテオと料理人のアイヴィはロンドンで恋に落ち、互いの夢を実現しようとカリフォルニアという新天地を選んだ夫婦。ふたりの子どもに恵まれ、キャリアも順調だった矢先、テオの事業が破綻してしまいます。一方のアイヴィは家族を守るべく、さらに仕事に邁進するのですが、それぞれの不満や嫉妬が蓄積し、夫婦関係はのっぴきならないことに…。
1981年にウォーレン・アドラーが発表した小説を原作にした1989年製作の映画『ローズ家の戦争』。今作はそのリメイクというよりもリ・イマジネーションというくらいの位置づけで換骨奪胎されていまして、脚本は『女王陛下のお気に入り』のトニー・マクナマラ。監督は『オースティン・パワーズ』シリーズや『スキャンダル』のジェイ・ローチ。テオとアイヴィは、それぞれに今作のエグゼクティブ・プロデューサーも務めたベネディクト・カンバーバッチとオリヴィア・コールマンが初共演しています。
僕は先々週の木曜夕方、大阪ステーションシティシネマで鑑賞してきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

先ほど概要をまとめたところでお話したように、これはリメイクというよりも、原作及び最初の映画化から再度イマジネーションとクリエイティビティの翼を広げた別の作品というくらいに内容が変わっています。そこにはいくつか理由があるのでしょうが、一番大きなものは、夫婦関係に代表されるパートナーシップが時代によって移り変わるものであり、それを踏まえた現代の物語に作り手たちがアップデートしたかったからです。ベネディクト・カンバーバッチを含むプロデューサー陣が、脚本をこの人に依頼することが大前提としたトニー・マクナマラは、こう言っています。「結婚という概念は、社会の中で常に変化し続けているし、そのあり方は大きく進化したと感じました。この映画は、結婚しようと努力する人たちに対して、前作よりもずっと共感的な視点を持っていると思います」。そう、ブラック・ユーモアや社会風刺、皮肉といったトーンは継承しながらも、今作では「あんなに愛し合っていたのに」というふたりがその愛を育てたいという想いを終始抱きながらも、それが予測不能な出来事やすれ違いによって阻まれてしまうという悲喜劇(トラジコメディ)に着地しているんです。これは、妻が早々に夫を見限り、夫がそれをマッチョな力で食い止めようとする前作との大きな違いでしょう。

この構造をより強固にするため、マクナマラは大きな設定変更を加えています。たとえば、夫の職業は弁護士から建築家になっています。自分の思惑通りに運ばなかったイギリスでのマンション建設のプロジェクトをきっかけにアメリカへ移住した彼は、トントン拍子に成功し、地元カリフォルニアの海洋博物館の設計を手掛けるようになります。ところが、とんだ不確定要素(はっきりと彼の仕事上の落ち度もありますが)のおかげで失墜してしまうその日に、料理人である妻は成功への足がかりを得ます。そんな文字通り嵐のような1日が、オセロのように関係性をあっさりとひっくり返すのです。上り調子でプライドも高まり調子に乗っていた夫は、子育てに邁進する専業主夫に。料理人としてほそぼそと店を切り盛りすることで満足していた妻は、一転して支店を次々に出すようなやり手経営者へと成功の駆け上がっていく一方で、家族と過ごす時間はめっきり減ってしまいます。立場の逆転とすれ違い、そして互いの立場への嫉妬。前作であれば、これだけの条件が整えば、地獄の釜の蓋が開くようなもので、夫婦関係は下り坂を転がり落ちていきそうなもので、実際に前作はそういう方向だったわけですが、今作においては、ここから夫の職業の設定変更が大いに活きてきます。

ふたりは、それでも相手を想う気持ちには変わりがなく、かつて手に手を取ってアメリカへ移住してきたように、妻の大成功によって得た資金を元手に、海辺の崖の上に豪邸を建設することを決意します。当然、設計するのは夫です。建築家の代表作が自分の家であることは多いですが、テオもこの家を自分の最高傑作にするべく心血を注ぎます。うまくいけば、それはふたりの愛の巣になるはずですが、金を稼がない夫が自分のキャリアの総決算であり、結節点だとばかりに湯水のように金を使い始めることで、妻はまた猛烈に働かなければならなくなるという悪循環。

前作でも家はふたりの財産であるということで、子どもたちの養育権とともに離婚調停における争いの種となっていましたが、今作ではふたりの家にかける想いがもっと重層的になっています。夫の「傑作」であると同時に、夫が妻を想って設置した見事なキッチンもあるし、なにしろ資金は妻の成功で得たものなわけですから。この家は実際に象徴的な意味合いも帯びているので相当力が入って造形されていて、よく見ると、階段は不安定に見え、壁には穴が開けられ、寝室の大きな窓は傾いている。そういうデザインなんだけれど、ふたりの関係を示唆し、行く末を暗示するようです。なにしろ、副題にある通り、崖っぷちに建ってもいますから、晴れていれば景色は良いし癒しにもなるのだけれど、ひとたび雨が降って風向きが変われば、そお崖には不穏な荒波が打ち寄せるのですから。そして、もうひとつ、家のありとあらゆることをAI搭載のスマートスピーカーで操作できるハイテク仕様なのも面白いです。思えば、テオの失墜はSNSで拡散されていたし、『2001年宇宙の旅』のコンピュータHALよろしく、家のAIはそこに住む人間の暮らしを円滑にするどころか、争いの武器として機能するというテクノロジーへの皮肉も痛烈でした。

さらにもう一点、重要な変更点は、夫婦をイギリス人にして、住んでいるアメリカとのカルチャーギャップを物語に取り入れていること。アメリカのフランクできっぱりとした率直な物言いに対して、この夫婦はウィットとユーモアを表現のベースにしすぎた結果、自分の本音をうまく伝えられないところがあり、それは映画の冒頭と中盤に挟まれた夫婦の心理カウンセリングの場面にも端的に現れていました。
「互いの好きなところを10個挙げてみて」という要望に対する回答が悪口合戦に発展する。「死にかけた犬みたいな笑い方」「遠くから眺めると頭の形がいい」などなど。大喜利よろしく、罵り合いながらも、ふたりはそれぞれに笑顔で吹き出してしまいます。そう、実は徹頭徹尾相性の良いふたりなんですよ。終盤、こんなセリフも出てきます。「私たちは語彙が豊かすぎる」。そうなんです。表現力があるのは良いのだけれど、それによって本音を覆い隠し、愛の本質から逸脱してしまうというのは、笑えると同時にやがて哀しき悲劇でもあります。僕たちだって多かれ少なかれ、人間関係において、すれ違い、行き違い、言い過ぎたり、言わなさ過ぎたりして、辛酸や苦汁をなめて生きているわけですよね。それが人生なんだから、この夫婦のやり取りは胸に迫るものがありますよ。笑いも社会問題もお手の物というジェイ・ローチ監督と人間関係の描写に類稀なる才能を発揮するトニー・マクナマラ。イギリスを代表するカンバーバッチとコールマン。彼らが映画的表現と演技のボキャブラリーを尽くして観客に迫る見事なリ・イマジネーションに、大いに舌鼓を打てる見事な作品でした。
タートルズの名曲が2度使われるのもその意味合いに変化を持たせているのが面白かったし、何より、男女のデュエットでカバーしてあるのがすばらしい。しかも、女性ボーカルを監督ジェイ・ローチの妻である元バングルス、スザンナ・ホフスが担当しているという用意周到さよ!

