どうも、有北です。
先日、ドーナッツクラブの有志によるドーナッツ会議が開かれました。僕たちドーナッツクラブは定期的にこのような会議を開き、おもしろプロジェクトを打ち立てています。翻訳や映画上映会をはじめ、その枠に収まらないさまざまなトークイベントも、話し合い、アイデアを煮詰め、今までにもたくさんお目にかけてきました。
さあ、その中で、前々からたびたび話題に上がっていたアイデアを、ついに形にすることにしました。
「イタリアのサイレント映画 弁士付き上映プロジェクト」(仮)です!
簡単に言えば、100年以上前に作られたイタリア映画を、日本が誇る「弁士付き上映」のスタイルでよみがえらせる、という試みです。
歴史を紐解くと、1927年に『ジャズ・シンガー』という音声付き映画が世界で初めて公開されました。つまり、再来年はトーキー映画100周年という記念すべき年です。しかし、逆に言うと、サイレント映画がさらに遠ざかっていく年でもあるわけです。
皆さんご存じでしょうか。日本でもイタリアでも、サイレント期こそが映画史最初の黄金期だったということを。数分くらいの短編に始まり、2時間以上に及ぶ長編まで作られるようになった、映画の表現が大きく広がった時期です。イタリアでは『カビリア』(1914年)といったハリウッドをしのぐスケールの大作も生まれ、世界中がイタリア映画に魅了されていました。
そんな魅力あふれるサイレント映画が、このままだと忘却の彼方に消えてしまう……。
そこで、僕たちは今あえて「音のない映画」に光を当てようと立ち上がったのです。
日本のサイレント映画には、「活動写真弁士」という存在がありました。字幕やト書きのような文字情報が挟まることはあるものの、文字だけでは物語が伝わりにくく、語りで補うことが必要でした。日本には講談や落語という一人話芸の伝統があったため、こうした人たちが説明役を担い、やがて弁士として独立した地位を得ていったのです。人気弁士にはファンがつき、彼らを目当てに劇場に足を運ぶ人もいたほど。つまり、どんな映画かよりも、どの弁士が語るかが大事だったという側面もあるんです。なんだか、音楽におけるDJの役割にも通じるところがあります。
ただ、日本の活動写真弁士がイタリアのサイレント映画を題材にしたという話は、ほとんど聞きません。一方、イタリアでは語り手がいることはあっても(このあたりはまだまだ勉強不足)、日本ほど確立した地位には至らなかったのは間違いありません。
そこで、ピンときたんです。
「イタリア映画」と「日本の弁士」を掛け合わせてみたら、面白いんじゃね? と。
100年以上前に黄金時代を築いたフィルムに、現代の語りや音楽が介入すれば、新しい命を吹き込めるんじゃないか。そんな発想から、このプロジェクトは動き出しました。

イタリア北部の町ポルデノーネでは、毎年「ポルデノーネ無声映画祭(Le Giornate del Cinema Muto)」が開かれます。世界中から映画研究者や愛好家が集まり、1週間にわたって朝から晩までサイレント映画を観るという、めちゃくちゃぶっ飛んだ映画祭です。
街じゅうが映画館になり、さまざまな場所で上映がおこなわれます。もちろんフィルムに音はついていません。そこでどうするかというと、ライブ演奏で音楽がつけられます。ピアノ1台だけのところもあれば、フルオーケストラのところまで、会場と設備によってさまざまですが、100年以上前から、映画上映というのは基本的にコンサートに近いものだったんです。

今はもちろん、映画には固定のサウンドトラックがありますよね。たとえば『ニュー・シネマ・パラダイス』にはモリコーネの音楽が欠かせません。でも当時のサイレント映画は、即興で音楽がつけられたり、会場によって演奏が違ったりすることもあったはず。そういう意味で、人がライブで上演して完成するもの、という性格があった。
そう考えると、100年後の僕らが介在できる余地もある。今ならではの解釈や表現で、自由に演出できる。ピアノやギター、シンセサイザー、カホーンやジャンベのようなリズム楽器、さらには生の効果音も面白いかもしれません。弁士の語りもライブなので、上映ごとに変わる。語り手が変われば、まったく違う体験になる。ゆくゆくはバンドとコラボしたりして、映画と音楽の間に新しい対話を生み出すこともできるかもしれません。

このプロジェクトは、まさにそんな可能性のかたまりでもあります。
初回の公演は、2026年春を予定しています。おそらくですが、上映時間は90~100分ほどで、短編をいくつか束ねてお届けする予定です。コメディ、メロドラマ、歴史もの、紀行など、サイレント映画の多彩な世界を楽しんでもらえるように作品を選び、トークも交えながら、「そもそもサイレント映画って?」というところから一緒に探っていきます。
この発表は、いわば退路を断つ決意表明でもあります。現段階では頭の中もプロジェクトの全体像もメレンゲのようにふわっとしています。正直、課題も山積み。だけど、発表しちゃったからにはもう前にしか道がない。半年間じっくり準備を進めながら、その過程もこのブログでドキュメンタリー的にご報告していくつもりです。
そういえば、イタリアにはこんなバルゼッレッタ(短いジョーク)があります。
Attore del cinema muto: “Finalmente posso parlare nei film!”
Regista: “Ottimo… ma ora non servono più esagerazioni con le mani.”
Attore: “Allora sono disoccupato.”
(和訳)
サイレント映画の俳優が言った。
「やったぞ! ついに映画でしゃべれるようになった!」
監督が言った。
「すばらしいことだ。だから、もうそんなに大げさな手振りはいらないぞ」
すると俳優が言った。
「じゃあ、俺、クビかな」

映画に音がついた頃、こんな会話が実際にあったのか、なかったのか。でも、歴史や文化は常に移ろい、その時々で表現方法も変わってきました。一世を風靡したイタリアのサイレント映画に、100年の時を経てどんな命を吹き込めるのか、今はとにかくワクワクが止まりません。
いずれにしても、
「100年以上前のイタリアのサイレント映画で、こんなに楽しめるのか!」
そんな驚きを皆さんと共有できる時間にしたいと思っています。ぜひ、このプロジェクトの進捗をしばらく見守ってくださいね!

