FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 10月20日放送分
映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』短評のDJ'sカット版です。

現代のアメリカ。移民たちの権利保護や行き過ぎた資本主義に歯止めをかけようとする極左の革命組織で爆弾担当だったボブ。娘のウィラが生まれ、第一線を退いて潜伏生活を始めてから16年。今や平凡かつ冴えない日々を送っています。そこへ、自分とウィラが命を狙われていることが判明。次々と刺客を送り込んでくるのは、ボブの組織との因縁がある軍人のロックジョーでした。ボブは娘を守れるのか。
共同製作、監督、脚本はポール・トーマス・アンダーソン。原作といっても、着想源という位置づけですが、トマス・ピンチョンの『ヴァインランド』がクレジットされています。元革命家のボブをレオナルド・ディカプリオ、軍人のロックジョーをショーン・ペン、娘のウィラをチェイス・インフィニティが演じる他、ベニチオ・デル・トロがウィラの空手の先生に扮しています。
僕は先週水曜日のレイトショー、TOHOシネマズ二条で鑑賞してきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
ポール・トーマス・アンダーソン監督の作品をこのコーナーで取り上げるのが、実は初めてなんですよね。新作が数年に一度出るごとに映画ファンは大いに熱狂するような存在ですが、まだ55歳。というのも、20代の頃からアカデミー賞にノミネートされ、40代前半のうちにカンヌ、ヴェネツィア、ベルリン、世界三大映画祭のすべてで監督賞を獲得してしまいます。脚本も書くし、自らキャメラも手にするしで、現代の映画作家のヒーローのひとりなわけです。ポール・トーマス・アンダーソン、長いのでPTAと省略されて表記されることもしばしばですが、作品はPTAに鑑賞を推奨されるようなものではものではないです。うまく機能しない社会や家族の枠組みであるとか、現代人の孤独を浮き彫りにすることも多い中、今作『ワン・バトル・アフター・アナザー』も性的にぶっ飛んだ男女が特に前半登場するのと、政治的に極端な人たちの優生思想的な発言や行動が展開するし、薬物を使う場面や殺し屋も出てくるくらいなので殺人シーンもあります。しかも、上映時間は162分と長いです。でも、僕は鑑賞を強く推奨します。映画を観る醍醐味を存分に味わえるからです。目にしたことがないものがいくつも見られます。俳優はそれぞれに怪演しているし、クライマックスのスリルはもう圧巻。そして、全編通してシニカルだったりブラックだったりする笑いが仕掛けられているという意味で、よく言われているように、ポール・トーマス・アンダーソン作品の入口にもうってつけと言えるし、来年のアカデミー賞多数ノミネートは間違いないです。何より、見ていてこれどうなるんだと展開にハラハラする娯楽映画としてのクオリティが高いですからね。見ていて楽しいという点で言えば、僕は今年ベストです。

ディカプリオ演じる元革命戦士のボブは、彼なりの社会正義を実践しようと20代の頃に「活躍」するわけですが、最初から鈍臭い感じもあるし、はっきり言って格好良くはないんですね。犠牲者を出さないようにしながら、あちこち爆破したりして社会を撹乱する様子が次から次へと高揚感を煽るような動き続けるカメラと編集のテンポで観客を巻き込みます。でも、革命の理想が語られることはなく、荒っぽく品のない言葉遣いでカリスマ性は感じられません。ボブの女性パートナーは性的に奔放でして、武力闘争とセックスを両輪で進めていくような変態的なところがあった後に、娘が生まれ、平穏な家庭を築きたいボブと、家庭に縛られずに革命を成し遂げたいパートナーの間で齟齬が生まれ、過激化したグループが一線を越えてしまったことをきっかけにボブは娘とふたり、名前と住む場所を変え、離れた街で潜伏生活を送るようになります。ここからのボブの転落ぶりというか、ここまでディカプリオが冴えないことになるのかというのがまず見どころですね。シングルファーザーとして娘を高校生にまで育ててはいるんだけれど、その娘からもバカにはされていないものの、時代に取り残された人と認定されています。最近のリベラルな若者にもついていけないし、かといってかつての左翼グループとも距離を置いて革命なんてどうでもよくなっているし、組織内の暗号もすっかり覚束なくなっていて、そのキーワードを電話で問いただされるけれど思い出せなくて苦労するくだりもギャグとしてむちゃくちゃ笑えます。つまり、ポール・トーマス・アンダーソンは、過激な左翼運動に身を投じた連中をはっきり風刺しているんですね。そんなボブが窮地に立たされたところで手を差し伸べる娘の空手の先生、ベニチオ・デル・トロがまた最高です。最初は端役かなと思わせておきながら、意外にもしっかり活躍。いつも眠そうな顔をしているわりに、実は人道的なことを続けていたこともわかるし、何よりぬるくなったビールのように腑抜けたボブを奮い立たせます。「いいか、ボブ、勇気を出せ。トム・クルーズみたいに」って、ディカプリオ演じるボブをけしかけるのは笑えるし、「俺の合図で車を飛び降りるんだ」のくだりも爆笑でした。

一方、そんなボブ親子を追い詰めていく軍人ロックジョーは、今アメリカで起きていることを彷彿とさせる移民弾圧の指揮官なんですが、彼はもう見るからにマッチョで、白人至上主義で、性的に倒錯しているというグロテスクなほどの悪役です。こいつの一挙手一投足がまた僕たち観客の興味を鷲掴みにします。あんなショーン・ペン、見たことない。彼がプライベートで入会を希望する、社会階層の高い金持ちの白人男性たちの秘密結社の名前がまた絶妙でして、「クリスマスの冒険者」って、なんなんだよ! そして、あの差別主義どころかはっきり白人の優生思想まで語りだすおぞましいクラブの存在も、もちろん監督による極右いじりです。

つまりは、右も左も古い価値観にしがみついているおじさんたちのダサさを嘲笑いながらも、ここが見事なバランスなのは、ボブの娘に新たな世代なりの真っ当な生き方や社会運動のあり方の希望を託しているように見えるところです。16年前に動き出した物語が、新たな展開を見せながらどんどん広がって、やがてボブと娘とロックジョーの追いつ追われつなクライマックスへときっちり伏線を回収しながら収斂していく脚本はすごいし、何よりもあのクライマックスにおけるカーチェイスは発明と言っていいレベルでした。僕は『ヒッチャー』というカルト映画を思い出しましたけど、ドキドキしっぱなしだし、なんか溜飲が下がるし、ちょっと胸熱な感覚も味わえて、思い出すだけで映画というメディアの面白さを煮詰めたような純度の高い映画体験がありました。そりゃ、スピルバーグも3回観るわ、と。
強烈な皮肉と風刺で現代アメリカ社会を打ち抜きながら、若者たちに希望のバトンを渡してエールを送ろうとするポール・トーマス・アンダーソン監督の姿勢に僕は共感を覚えます。銃が何度も火を吹く映画ですが、監督は誰のどの立場の暴力をも肯定していないどころか、暴力による解決なんてできないんだと訴えているように感じます。『ワン・バトル・アフター・アナザー』というタイトルは、確かに映画の中で起こることを端的に捉えていますが、同時にアメリカ社会の分断の構造をも指摘していると観るべきでしょう。ディカプリオ演じるボブが最後に顔つきが変わるんですよね。そして、娘の顔もいい表情が出るんです。とんでもないことがたくさん起こる映画ですけど、最後には不思議と爽やかな後味を残す監督の映画作りの巧さたるや! はっきり言います。絶対に観るべき!
どうやったらそんな難度の高い技と着地ができるんだという、まさかの爽やかなエンディングにストンと流れてくるのがこの曲でした。76年のTom Petty & The Heartbreakers。この選曲も、アメリカを描き、若い女性に希望のバトンを渡しているように解釈できる要因になっていたかなと思います。

