FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 9月29日放送分
映画『ファンファーレ!ふたつの音』短評のDJ'sカット版です。

世界的に有名な指揮者・作曲家のティボは、40歳前後、これからの活躍が期待される中、白血病に倒れます。骨髄ドナーを探す中、自分には生き別れた弟がいることを知り、パリからフランス北部の田舎町を訪ねます。弟のジミーは、学食で働きながら、地元の吹奏楽団でトロンボーンを吹いていました。一命をとりとめたティボは、音楽的才能を秘めた弟を応援します。
監督・共同脚本は俳優でもあり、監督としては『アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台』で知られるエマニュエル・クールコル。指揮者のティボを演じたのは、バンジャマン・ラヴェルネ。コメディ・フランセーズで舞台人として、そして映画業界でも活躍している俳優です。弟のジミーには、ピエール・ロタンが扮しています。今年短評したフランソワ・オゾンの『秋が来るとき』でも好演していましたし、クールコル監督作品では『アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台』に続く出演です。本国フランスでは、260万人を動員する特大ヒットとなりました。
僕は先週、MOVIX京都で鑑賞してきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
世界的な知名度と実力を持つ指揮者が白血病に侵される。あらすじでそんなことを聞かされると、余命ものの物語なのかな、お涙ちょうだいなんだろうなって思うことでしょう。なので、僕もあらすじを書くにあたり、そこはカットしようかとも考えたのですが、実は白血病をめぐるドナー探しの部分、そして指揮者のティボが実は養子で、彼には生き別れた弟ジミーがいたというパートは、拍子抜けするくらいとっとと語られます。これだけで2時間の映画になりそうなものですけど、ティボの病気発覚から手術、そして仕事への復帰まで、30分弱、つまり100分の映画のセットアップの部分で基本的には語りきってしまうんです。だから、ネタバレどころか、そこからが本題なんです。

互いに交わることのない世界を生きていた兄と弟が、病気を通して出会い、それぞれに馴染みのない社会を垣間見るわけです。そして、場合によっては、自分もそこに属していたかもしれないと思うわけです。学も金もなく育ち、仕事の選択肢もろくにない郊外の町。比較的裕福で教養も育まれ、名声を得てパリを拠点に世界を飛び回る暮らし。このふたつが交差するわけですから、ティボもジミーも40前後の大の大人でありながら、アイデンティティはぐらつきます。特に弟のジミーの方は、骨髄をくれと突然現れた兄の存在を、羨ましく思えるのも無理はないし、同時に自分の不遇をかこつ気持ちもわかります。そんな兄弟をつなぐのが、音楽なんですね。

兄はクラシックと現代音楽を生業とし、弟は炭鉱町のアマチュア吹奏楽のトロンボーン奏者。接点がありそうでなさそうでもあるでしょ? プロとアマチュアだし、ジャンルも違う。でも、実はふたりには共通の趣味があることがわかるんです。それは、ジャズ。それがわかって兄弟の距離が縮まる描写がすごく良かったですよ。そこで兄のティボは弟に絶対音感があることがわかる。マジか。兄はなんだか嬉しくなります。やっぱり、僕らは血がつながっているんだなと実感するところです。ちょうど吹奏楽団の指揮者がいなくなって困っていたところなので、兄は弟に指揮者になれと、やり方を教育していきます。クールコル監督は、人に何かを教えるという行為を物語のモチーフとしてよく使います。「アプローズ!」では、刑務所での演劇、演出と稽古を通じて、社会のはみ出しものとされているような人たちが、互いに打ち解け、自信を取り戻し、生きる喜びを取り戻していく。誰かにものを教えるというのは、特にそれが学校教育みたいなシステムと離れたところであればなおさら、教える側にも大きな刺激があり、教える教わるの関係が逆転する局面も出てきます。監督は、そこにこそ壁や分断の社会をより良くする鍵があると考えていることがわかります。今回は音楽ですね。指揮者は、オーケストラにせよブラスバンドにせよ、構想を描き、それをメンバーに伝えてまとめ上げ、それぞれに違う音を鳴らしながら全体として調和させる。本作に登場する、クラシック、ジャズ、歌謡曲、ラップなど、多様なジャンルの音楽は、世代、社会階層、人種といった社会の多様性を表していると考えてよいでしょう。その意味で、大事な曲となるラヴェルのボレロは、世界で最も有名なクラシック音楽のひとつなわけで、相当にベタな選曲ではあるんですが、あの曲が実は工場の音にヒントを得て作られたものであるということも重要なんですよね。そのボレロが披露される場面は、かなり意外な流れなので、不意打ちだったし、あの局面で誰がなぜあの曲をどう奏でているのかと考えれば、鑑賞後の余韻も含めて、ベタからの超特大ジャンプを決めた、今年日本で観られる映画でも屈指の場面でした。

炭鉱の町は、雇用を支えてきた工場の移転・閉鎖問題が影を落としています。楽団員も労働組合を通して抵抗していますが、事態はそう簡単に打開できるわけではない。クールコル監督は、決してあっさり何かを解決するような安直な展開は用意しません。奇跡のようなことを見せて涙を誘うこともしません。様々な立場の人をやさしく見つめたうえで、社会というオーケストラが素敵な音楽を奏でる可能性をそれとなく示すんです。音楽でもって人が通じあえること。それは、遠く離れたフランスの田舎町の物語を僕たちが日本で見て強烈に感動することで、なんなら本国フランス以上に僕たちのほうが強く実感できるかもしれません。監督は、要所要所に静寂を挟み、映像的な静寂、つまり黒画面も効果的に配置しながら、たった100分で兄弟とその周囲の人々のドラマをまとめ上げました。マエストロ、クールコル監督、ブラヴォー! そして、今年彼の出演作を2本評したことで、もう「俺たちの」と呼びたい、弟ジミーを演じたピエール・ロタンの演技にも惜しみない拍手を。大勢が垣根なく楽しめる今年屈指の作品だと断言します。エンディングの切れ味も鋭かったなぁ!
僕はね、このボレロが聞こえてきた時に、かなりわかりやすく泣きましたね。ミシェル・ペトロシアンという今作の映画音楽家は、人の声をうまく使って、コーラスにも映画的な意味を持たせていたことがまた泣けるんです。
