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『フォーチュンクッキー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 7月7日放送分
映画『フォーチュンクッキー』短評のDJ'sカット版です。

アメリカ、カリフォルニア州フリーモント。8か月前にアフガニスタンからやって来た移民の女性ドニヤは、中国系アメリカ人が経営する手作りのフォーチュンクッキー工場で働いています。母国の米軍基地で通訳として働いていた彼女は、そこでの経験や家族を置いてきた罪悪感から、不眠に悩まされています。アパートと工場を行き来する単調な毎日でしたが、ある出来事をきっかけにフォーチュンクッキーに入れるメッセージを考える仕事を任されたドニヤは、そこに自分の電話番号を忍ばせたところ…
 
監督・共同脚本・編集は、イランで生まれてイギリスで育ったババク・ジャラリ。これが日本初公開作ですが、長編はこれで4本目という僕と同い年の47歳。主人公ドニヤを演じたのは、実際にアフガニスタンからアメリカへと移住した経験を持つアナイタ・ワリ・ザダで、これが映画初出演です。他に、『アントマン』のグレッグ・ターキントンや、今年秋に日本でも公開となるブルース・スプリングスティーンの伝記映画でボスを演じているジェレミー・アレン・ホワイトなどが出演しています。
 
僕は先週金曜日の昼にアップリンク京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

あらすじには出てこないけれど、この映画を語るうえで決定的な要素を先に伝えておきましょう。全編モノクロです。色は付いていません。画面にあるのは光と影、白と黒、そのあわいだけです。まるで主人公ドニヤの生活がそうであるように。なんてことを言うと、かなりヘビーな映画に思えるかもしれません。アフガニスタンで辛い経験をして、アメリカへ移り住んだはいいけれど、単調な仕事に従事して眠ることもままならない一人暮らしの若い女性の話ですからね。ところが、観るのがキツい映画ではまったくないんです。それどころか、僕は観ている間に楽しむばかりか、その夜、ふっと夜中に目が覚めてから、不眠症を患っていたドニヤよろしく眠れなくなった僕はこの映画のことを思い出して、気に入ったシーンを反芻してひとしきり幸せな気持ちになり、よく眠れたくらいです。

 

なぜそんなことになるのか。深刻な状況に置かれた主人公の物語なのに。ここで監督の言葉を引用しましょう。この映画は「アフガニスタン出身の通訳がアメリカで築く新たな生活を描いていますが、文化適応の中で感じる不条理や疎外感は、ユーモアを通じても表現することができます。暗闇の中にもユーモアはあり、映画作家である私にとってこの明るさは常に重要な要素でした。厳しい状況にユーモアを見出すことで、物語の深みやリアリティを損なうどころか、むしろよりリアルに豊かなものになるのです」。そう、全編にわたって、ユーモラスなんですね。それは、映像や言葉のギャグがあるとか、作劇上の大きな仕掛けがあるとか、そういうことではありません。僕たちの暮らしが同じような日々の繰り返しであることと同じように、この映画も全体的に淡々としています。同じ場所、似たようなシチュエーションが繰り返されるんですが、そこには必ず何か違いが用意されていることに気づくと楽しいです。

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わりと会話がメインで物語を引っ張っていくんですが、たとえばドニヤと誰かがふたりで話しているところ。工場の同僚、睡眠薬を処方してもらうために訪れた精神科医、同郷の人たち。その会話が独特なんです。いちいちカットを割って発言者の顔を撮るんですが、カメラ目線に近い真正面の構図が多いんですね。そして、リアクションが互いにあまりありません。ほとんどいつも、無表情、仏頂面。弾んだ印象がまるでないんです。リズミカルじゃない。これを別の言い方をすれば、ビートに乗っていない、つまりはオフビートなんです。それが、そこはかとないユーモアを生んでいるので、観ていると、だんだんニヤニヤしてしまうんですよ。声を出して笑うのではなく、ジワジワひたひたと笑えてくるんです。これがたまりません。それから、たとえばドニヤが町を歩く様子を真横からカメラが同じスピードで寄り添って捉え続けるショットが挟まれます。こういった特徴を挙げれば、映画好きの方はジム・ジャームッシュの初期の作品たち、たとえば『パーマネント・バケーション』や『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を思い浮かべるかと思います。でも、単にジャームッシュのフォロワーとか真似にとどまらず、僕はその作風を継承しながら更新していると見ています。ドニヤという異邦人が感じている疎外感や罪悪感、自分はこれで良いのだろうかという漠たる不安というテーマを掬い上げるのにジャストフィットな手法なんですよ。テーマと手法の一致です。その結果、ユーモアと同様に希望や幸せな気持ちがジワジワと、だけど確実に僕たちの胸に届く作品でした。

 

© 2023 Fremont The Movie LLC
思い返せば、フォーチュンクッキーというモチーフがやっぱり良いんですよ。自分の作ったもの考えたことが、見ず知らずの誰かのところに届くわけですよね。食後にクッキーを食べる時、ちょっとだけ笑えたり、教訓めいたものを受け取ったり、占いみたいにそのメッセージから行動や意識を少し変えてみたりする。僕はラジオにも似ているなって思いましたよ。中国系の社長リッキーは、そのメッセージ作りにおいてこういった趣旨のアドバイスします。「美徳は中庸にあるんだ」って。幸先が良すぎても、悪すぎてもいけない。つまり、平凡なものに、少しだけ色のついたものであれば、それで良いのだということですね。

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アメリカというと、ニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルス、サンフランシスコと大都会のイメージもあるし、アメリカン・ドリームというものも小説や映画、音楽でたくさん描かれてきました。でも、アメリカという広い土地には無数の郊外都市があって、そこでは人々の地道な営みがあるのが実情なわけです。そこにも立派な美徳があるじゃないかということでしょう。小さな恋があり、誰にだって平凡な幸せを希求する権利がある。今は小さな違いをあげつらうことで起こる分断が世界を覆っていますが、この映画はむしろ多様な人々の類似点を描きます。工場長がドニヤのデスクに地球儀を持ってきてそれをクルクル回す場面がありました。カメラはその回転をしつこいくらいにアップで見せ続けます。そして、工場長は語る。君の故郷のアフガニスタンは、僕の故郷の中国と国境を接しているんだよ。隣同士の国には似ているところもたくさんあるって言うんですよね。その時、カメラは高速で回転する地球儀を捉えているので、そこにある国や地域の境目は認識できません。あれは、僕たち人類には違いもたくさんあるけれど、同時に同じ要素もいっぱいあるんだという見事な映画表現になっていました。そんな似た者同士の営みを乗せて、地球は回っているんだということでしょう。

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ドニヤがカウンセリングを受けている精神科医が、ドニヤの仕事の話を聞いて、自分でもフォーチュンクッキーのメッセージを作ってみたと披露する場面があります。一枚の大きな紙をハサミで切って、そこに言葉を書いた小さな不揃いな紙をテーブルに並べていくんですが、ひとつひとつは同じじゃないんだけれど、並べられたものを精神科医の主観ショットで見せると、きれいな長方形になっていて、それは僕には社会のメタファーに見えました。その中から1枚取り上げた彼は、ドニヤに「こんなのはどう?」とメッセージを読み上げます。「港にいる船は安全だが、海に出なければ船ではない」。この言葉は、ドニヤの行動を促すことになります。

© 2023 Fremont The Movie LLC
この映画には、意地悪な人や困った人も出てはきますが、そういう人を悪しざまに言うことはしません。むしろ、そういう逆風や荒波の中でも人が自分の人生を謳歌できる可能性を描いています。ドニヤがフォーチュンクッキーに自分の電話番号と一緒に書いたメッセージは、Desperate for a dream.(夢に飢えている)。この夢というのは、決してアメリカン・ドリームのことではないんですよ。大文字の夢でなく、平凡な幸せのことだったと彼女自身がやがて気づくことが示唆されます。いろんな人との対話、コミュニケーションを通じて。これは、遠い国の移民を描いた作品でありながら、実はとても普遍的だし、その証拠に僕もしたたかに胸を打たれました。CIAO 765の名物コーナー「ケ・セラ・セラ」に僕が込めている思いに通じることが描かれていて嬉しくなりましたし、あのコーナーが好きな人は、きっとこの映画を気に入るはずです。
劇中であるキャラクターがカラオケで歌う曲が、またエンドロールでも聞こえてくるんですが。自然の美しさとそこに生きる人間の営みを歌ったこの曲が、主人公たちの現状とは違っているからこそ、しみるんです。

さ〜て、次回、7月14日(月)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『国宝』です。ついに来ましたね。この夏の本命の一本という感じで公開から1ヶ月経っても大ヒット中ですよ。平日でも満席のところが多いなんて聞きますが、無事に鑑賞できるかしら。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!



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