FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 5月19日放送分
映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』短評のDJ'sカット版です。

1977年、70歳のリー・ミラーは、若いジャーナリストからインタビューを受けていました。彼女はぶっきらぼうではあるものの、第二次世界大戦中の自分の経験を撮影した写真とともに振り返って語っていきます。ノルマンディー上陸作戦、強制収容所、ミュンヘンのヒトラーの邸宅。この映画は、極めて重要な写真家リー・ミラーの人生の、戦争前後10年に焦点を当てた作品です。
製作総指揮と主演を務めたのは、ケイト・ウィンスレット。監督は、『コーヒー&シガレッツ』や『エターナル・サンシャイン』などで撮影監督として活躍してきた女性のエレン・クラスが初メガホンを取りました。ミラーと一緒に戦地を巡った「LIFE」誌のフォトジャーナリストをアンディ・サムバーグ、ミラーの夫となる美術関係者ローランドをアレクサンダー・スカルスガルドがそれぞれ演じました。
僕は先週金曜日の昼に京都シネマで鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
まずはケイト・ウィンスレットに深く敬意を表します。彼女はとあるきっかけでリー・ミラーに興味を持って調べ始め、こう思ったんです。「なぜ、これほど多彩な経歴と実績があって波乱に満ちた人生を送った彼女についての映画が作られていないのか」。そして、幾つかの理由に気づきます。リーの人生には、ニューヨークでのモデルとしての側面、パリでのシュールレアリストたちとの交流、写真の歴史に残るソラリゼーションという技術の発見、ホロコーストを暴いた報道写真家としての活躍など、一本の伝記映画にまとめるには余りある魅力が「立ちはだかって」いたことです。そして、女性であったがために、彼女の成果には正当な評価がくだっておらず、埃をかぶっているところがあり、とても興味深く意義深い人物でありながら、知名度がそこまで高くなかったこと。実際に、ケイト・ウィンスレットが企画を立ち上げても、ハリウッドのメジャーは乗ってきませんでした。これは公式パンフレットに掲載されている町山智浩さんのコラムに書いてあることですが、資金繰りが難しくなれば、ケイト・ウィンスレットは自腹を切ることもあったそうです。それでも諦めず、それこそリー・ミラーが憑依したような不屈の精神で、脚本も監督も女性で固めてこの映画を完成に導いていきました。

この映画は、典型的な伝記映画ではありません。なぜなら、70年の彼女の生涯のうち、たった10年しか描いていないから。しかも、モデル時代や写真を始めた頃の華やかな芸術家との交流など、リー・ミラーと言えば普通なら外せないだろうエピソードをそっくり省いてしまっているからです。でも、その大胆な構成こそ、「写真を撮られる側ではなく、撮る側でありたい」としたリーの信念と生き様を浮かび上がらせること、ひいてはこの映画の成功の要因となっています。さらには、これはフィクションなんですが、若いジャーナリストに晩年の彼女がしぶしぶインタビューを受けるという構成にすることで、劇中にも出てくる台詞ですが「質問されることが嫌い」だったリーの回想形式を実現し、なおかつ、戦後の彼女の心境や幼少期のできごとについても間接的に盛り込むのみならず、映画全体をキュッと引き締めるような驚きの展開をストーリーテリングに組み込む効果も果たしています。

これが初監督作となったエレン・クラスは、カメラマンとしての長いキャリアを映像的な演出にきっちりと活かしています。それは光や色味の場面ごとの細かい調整です。1970年代のミラーの家。1930年代の南フランスでのヴァカンス。ロンドンでの暮らし。戦場と化したパリなどフランスの街。そして、強制収容所。そのすべてでビジョンの設計の仕方が違う。南フランスの漁村からのドライブシーンなんて、光に満ちて眩しいほどに明るかった画面が、強制収容所へと続く線路で止まった貨物列車の場面なんてほとんどモノクロームです。このふたつの極端な場面の間に、細かいグラデーションをシーンごとにひとつひとつ用意する徹底ぶりは称賛に値します。また、物語上重要な演出としては、リーが扉や入口の前で立ち止まることの多さです。これは、時代の必然として女性にだけ閉ざされていた世界がたくさんあったことと、リーがそれを知恵と工夫と何より勇気で突破していったことを映像通り観客に示しています。そして、これだけ戦争の現場を描いていながら、大勢の女性たちが登場することも思い出しておきたいです。リーが彼女たちの味方であったこと。彼女たちをしっかりと見つめ、その瞳に映してきたこと。副題にあるように、これはあくまで被写体としてのリーではなく、シュールレアリズムをその真っ只中で経験した彼女が目にしてきた世界のリアルについての映画なんです。

そうそう、彼女が愛用したローライフレックスというレンズを2つ備えた縦型のカメラのことについても最後に触れておきます。このカメラは目をファインダーに押し付けて覗き込むのではなく、カメラを腰のあたりに構え、上からファインダーを確認するタイプです。劇中で何度もケイト・ウィンスレットがしている仕草ですが、リーは構図を確認した後、ファインダーではなく、被写体そのものを注視してシャッターを切っています。覗き込むのではなく、正面から見据えているんです。時に鋭く、時に温かい眼差しで。それこそが、リーのこの世界への向き合い方であり、ケイト・ウィンスレットたちこの映画のつくり手たちのリー・ミラーへの向き合い方そのものでもあると言えるのではないでしょうか。見事な作品だったし、不勉強ながら僕はその存在を知らなかったリー・ミラーというすばらしい人物のことを教えてくれたケイト・ウィンスレットにウィスキーでもご馳走したい気分です。
平和と愛と相互理解、その何がおかしいんだ。リー・ミラーが命を賭して取り組んだ戦争報道のことを思いながら、この曲を短評後にオンエアしました。
さ〜て、次回、5月26日(月)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『パディントン 消えた黄金郷の秘密』です。パディントンは1作目が日本で公開されるタイミングでどっぷりとハマってしまいまして、家にはぬいぐるみまであるんです。前作では有名な映画作品オマージュも入ったりして、ますますパワーアップ。そして、3作目となる今回は、ロンドン暮らしも長くなってすっかり野生の勘を失ったパディントンが故郷のペルーへ行くんだとか。どんな騒動が待っているのか。そして、今回は映画の引用はあるのか。楽しみ楽しみ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!