FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月11日放送分
映画『リアル・ペイン〜心の旅〜』短評のDJ'sカット版です。

ニューヨークに住んでいる、いとこ同士のデヴィッドとベンジー。まるで兄弟のように仲良く育ったが、いつしか疎遠になっていました。40台に入ったふたりは、最愛の祖母が亡くなったことをきっかけに再会し、祖母の遺言通り、ユダヤ系である自分たち一族のルーツであるポーランドを巡る史跡ツアーに参加することになります。
デヴィッドを演じるばかりか、製作、脚本、監督を兼任したのが、ジェシー・アイゼンバーグ。繊細で気難しく、人懐っこいが空気は読めない男ベンジーを演じたのは、キーラン・カルキン。彼はゴールデングローブ賞の映画部門で助演男優賞を獲得しました。また、アカデミー賞では、脚本賞と、やはり助演男優賞へのノミネートを果たしています。共同製作には、エマ・ストーンも名を連ねています。
僕は先週水曜日の午後、京都シネマで鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
いきなりでなんなんですけど、ジェシー・アイゼンバーグの今後がますます楽しみになる1本でした。彼は『ソーシャルネットワーク』の主演で世界に広く知られることになったわけですが、演技だけではなく、話を書いて演出をする作り手としての気質が備わっていて、演劇も手がけるし、これが映画は長編2本目ですが映画も作るし、最近ではポッドキャストでのラジオドラマ的なものにも取り組んでいる。物語を考えて、その話に最も見合ったフォーマットを選んで形にすることができているので、第七芸術にして総合芸術である映画も、ぜひ継続的に発表してほしいと切に思います。演技にしても演出にしても、感情のさざなみのような小さな揺れまでをすくい取るのが絶品で、これは派手ではないけれど実は相当に難しいことだし、うまくいけば感動はかなり大きいものになります。
今作も派手な話では決してありません。40代のふたりの男が、アメリカに暮らす移民3世として、ユダヤ系である自分たちの見知らぬルーツを訪ねる旅の始まりから終わりまでを描いたシンプルな構成なんですよね。実際、ジェシー・アイゼンバーグはパートナーと一緒にバックパックを背負って旅をした時に、劇中に出てくるようなツアーにも参加して、他の参加者のそれぞれの事情とか出自を知るのって面白いなと思ったのが着想の源だそうです。なおかつ、そこにツアーそのものにケチを付ける、空気を乱すような人がいるとますます面白そうだと考えて生まれたのが、ベンジーといういとこのキャラクターです。

僕はタイトルからナチスとの辛い歴史に触れることを指してリアル・ペインということだとイメージしていたんですが、決してそれだけではありませんでした。ホロコーストのような人類の絶対的な悪の所業とその壮絶な歴史の果てに自分たちが生きていることを、まさにその現場で実感として引き受けるイメージ。それが「本当の痛み」だと僕は鑑賞前に思っていました。その痛みも、あります。ふたりが参加するツアーでも、強制収容所の訪問はハイライトとして予定されています。でも、決してそれだけではなかった。街のちょっとした戦争の遺構や墓地、モニュメントにも悲しみや痛みは見出だされるし、パートナーと別れた人生の傷を抱えた女性の話や、ルワンダ虐殺のサバイバーだというアフリカ系の参加者の話も直に聞くことで感じる、予定調和ではない旅の一期一会な痛みもある。さらに、意外に思えるかもしれませんが、感じるべき痛みをうまく感じられないもどかしさや、そんな自分の現状や感受性、反応の鈍さを他の誰かと比べることで痛感するという局面もある。先祖たちの過酷さと引き換え、今の自分ののほほんとした暮らしぶりに、自分の人生の価値について考え込んでしまうこともある。翻って、見知らぬ土地を旅する素朴な楽しさや、いとこ同士で思い出を語り合う喜びだってある。つまり、痛みにも大小さまざまあるんだということをジェシー・アイゼンバーグは監督として役者として見せていきます。

そして、もうひとつ、僕は英語のイディオムを恥ずかしながら知らなかったので、今回学ぶことになりましたが、ベンジーというキャラクターそのものをリアル・ペインとも呼ぶということです。ベンジーは愉快でユーモアを欠かさない男で周囲にすぐに溶け込む垣根のない人物なんですが、同時に心の内を時にあけっぴろげにしてしまう言動で周囲を驚かせたり困らせたりするような空気を読めない人なんです。そういう特性のある「困った人」のことを、それこそ日本語で言うところの「痛い奴」みたいなニュアンスでリアル・ペインと言うんですって。実際、ベンジーは旅をかき乱すし、とりわけデヴィッドを困らせもして、愛憎ないまぜの状況に追い込んでもしまいます。

これって、考えてみたら、すべて旅の醍醐味なんですよね。狭い日常生活では味わえなかったり、面倒だから避けてきたようなシチュエーションに放り込まれることで、違う価値観や未知の歴史や風土に触れること。たとえば僕が沖縄へ行って体験したことや感じたことも思い出しました。自分の今立っているこの場所で、日本のあちこちから派兵された人々、米軍、そしてもちろん沖縄の市民が体験した艱難辛苦を思う。数え切れない命が失われた。その大きな歴史を前に絶句してしまいつつも、今の自分にもそれに比すれば小さいが確実な悩みや苦労、そして生きる喜びがあること。この整理しきれない感覚を抱くこと。それは旅でより鮮明になります。つまり、個別具体的な旅を描写しながら、僕も自分の旅を思い出すような普遍性をも獲得している。その意味で、これは地味だけれどリアル・ロード・ムーヴィーです。

ハイライトとなる強制収容所をどう撮影するか。どう演出するか。ジェシー・アイゼンバーグも考えに考えたことでしょう。その結果として、俳優には自由にその場にいてもらい、あちこちで鳴っていたショパンのサントラもここでは入れず、静謐かつ淡々としたカット割りで、キャラクターの顔、立ち姿、そして、ガス室の全体、ディテール、とりわけ大きなかごに詰め込まれた大量の黒ずんだ靴が印象的でしたが、そういう細部を切り取って見せながら、観客の意識を画面に吸い寄せていました。
この作品は、ニューヨークの空港で始まり、空港で終わります。ベンジーの顔を映すショットも冒頭とラストで呼応しています。でも、旅の前後では確実に何かが違う。自分もそう。他社や社会や歴史との関係性もそう。でも、その違いや胸に去来する思いは、喜怒哀楽のような言葉にあっさり分類できるものではない。でも、映画でなら、その感覚を分類せずにそっくり観客に渡せるのではないか。ジェシー・アイゼンバーグの、そんな意気込みもひしひしと伝わる、地味だけれど滋味深い、忘れられない作品になりました。
サントラは、基本的に全編通してショパンです。なんといっても、ポーランドを代表するロマン派の作曲家ですし、考えてみれば、39歳で亡くなった彼もまた、19世紀のロシアへの反乱が破れたことをきっかけに亡命を余儀なくされた人でした。ただ、1曲だけ、こんな明るいリズムが聞こえてくるんです。これがまた余韻に一役買う良い味を出していました。ジャマイカのボーカルグループ、ユニークス、68年の曲をアメリカのシンガー・ソングライターであるサイラス・ショートが去年カバーしたものです。
さ〜て、次回2025年2月18日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ファーストキス 1ST KISS』です。坂元裕二のオリジナル脚本。そして、監督は『ラストマイル』が記憶に新しい塚原あゆ子。そこに松たか子と松村北斗という強力タッグが参加したら、もう一定のクオリティは担保されているようなものですが、これは、ハンカチが必要なんだろうなぁ。僕は予備の手ぬぐいも持参しますよ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!
