FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月24日放送分
映画『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』短評のDJ'sカット版です。

まだまだ新米の小学校教師である等々力小太郎は、赴任してきた自分の母校で、子どもたちから不思議な駄菓子屋「銭天堂」の噂話を耳にします。紅子という店主が客に合わせて選ぶお菓子を食べれば、客はたちどころに願いを叶えることができる一方、使い方を間違えれば取り返しのつかないことになる可能性もあるという。銭天堂に吸い寄せられるのは、どうやら子どもだけではないようで、小太郎が心を寄せる大学の後輩で雑誌編集者の相田陽子も、いつからか様子がおかしくなってしまい…
原作は翻訳も含めた世界の累計販売数が1100万部を突破した廣嶋玲子の同名人気児童小説で、これまでもアニメ化、アニメ映画化されていて、今回は初めての実写化です。脚本は90年代半ばからたくさんのアニメを手掛けてきた吉田玲子です。監督は、『リング』や『スマホを落としただけなのに』の中田秀夫。紅子を天海祐希、等々力小太郎をなにわ男子の大橋和也が演じたほか、上白石萌音が銭天堂のライバル店である「たたりめ堂」店主のよどみに扮しています。
僕は先週木曜日の午後、大阪ステーションシティシネマで鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
僕はファンというほどではないんだけれども、ブームのことは知っていて、どっかご飯屋さんに原書が置いてあってちょっと読んだり、Eテレのアニメを少し見つつ、多くの人が言うように、藤子不二雄で言えば『笑ゥせぇるすまん』的な感じだよねと思っていました。要するに、誰かの願望を叶えてくれる装置としての銭天堂があって、そこで紅子が見繕ったお菓子を食べることで願いは叶うのだけれど、往々にして人は調子に乗って行き過ぎることがあって、そうなるとお菓子の効力が失われたり、さらに度が過ぎるとたたりめ堂という別の装置が発動することもある。お菓子は『ドラえもん』の道具のようでもあり、人の欲望も細かく考えればいくらでも話を広げられることもあって、教訓的なオチもつけやすいので長寿の人気シリーズとして発展しているわけです。こうした前提について、僕としては面白いなと眺めているし、本もアニメもいくつか触れてみて「なるほど、これはヒットするわ」ということも納得しているんですが、最初に実写映画化と耳にした時に「それは難しそうだ」と思いました。まず、紅子とよどみというファンタジーの住人の漫画的な造形を実際に俳優が演じる時に、違和感を生じさせないようにできるものかという懸念があったわけです。そこへいくと、天海祐希と上白石萌音というキャスティングはとても良かったですよ。天海祐希の紅子は見事に顔の輪郭に丸みを持たせて、あの「ござんす」みたいな癖のある語尾を発しても「この人はそういう人っていうか、人間を超越した魔女みたいな存在なんだ」と伝えきる「天海力」が発揮されていたし、よどみのあのいたずらっ子な雰囲気と毒々しさはもう、上白石萌音だと気づかないほどの変身っぷりで、さすがといったところでしょう。

もうひとつ僕が映画化は難しいなと懸念していたのは、短いエピソードの集積として成立している原作を1本の劇映画としてまとめるのって、結構難しいんですよね。銭天堂という物語世界の一見さんにもわかるように設定をすんなりわかってもらえるようにしないといけないし、同時にエピソードもうまく縫い合わせていかないとオムニバスになってしまう。そこで白羽の矢が立ったのが、これまでシリーズものも長編もなんでもござれでアニメ業界で話をまとめてきた吉田玲子です。彼女の戦略はきっぱりしていました。原作にいない小学校の先生とその家族や友人たちを大人側に据えて、初めて登場するエピソードを入れることでシリーズファンにも目新しさを感じてもらいつつ、一見さんにもわかりやすく話を組み立てたんですね。これは、さすがに巧みですね。そして、演出はなんとJホラーの立役者のひとり中田秀夫にすることで、とくにたたりめ堂のよどみ周辺のおどろおどろしい造形と画作りにインパクトを与えることに成功しています。

以上が、この映画化のうまくいっているところになります。そして、ここからは相当厳しいことに、うまくいっていないところを挙げざるをえないんです。まず、これはもう決定的かつ全体的に言えることですけど、この映画においては、キャラクターの誰もが結構なボリュームで独り言を口にします。思っていることをわざわざ言葉にしてくれます。それはもう、笑っちゃうレベルです。アニメならいざ知らず、アニメでも連発はしない方が良いのは言うまでもないですが、実写の劇映画ではご法度ですね。これは脚本レベルでも問題だろうし、脚本にあるからとそのまま演出しちゃっているのも問題だと思います。それから、だいたいにおいて主人公の等々力先生は右往左往しているんですが、それは良いとしても、何かあった時のリアクションが素直すぎて、逆にこんな人はいないというレベルに達しているんです。彼はクライマックスにいたるまで現実世界のTHE常識人として振る舞うからこそ、他のキャラクターが生きてくるはずなんですけど、それを意識しすぎたのか無個性になってしまい、無個性になりすぎたが故にもはや浮世離れしてしまっています。

誰かを助けに行くとなったら全速力で走って扉をガバって開けて名前を叫ぶみたいな演出も久々に見ましたね。そんな等々力先生が心を寄せる雑誌編集者の女性も、カリカチュアしているのは良いにしても、現実にはただの狂気というデフォルメ具合だし、そもそも「私はおしゃれになりたいの」っていう願望がもう何と言っていいやら、仕事論としても浅いというか、大人の願いが小学生と同じレベルなのはどうだろう。そして、それを子供向けだと考えているのなら、首を傾げてしまいます。これだと、たとえば親子で見に行って、どちらにも響かないということになりかねませんよ。等々力先生の造形も含めて、子供向けだろうとなんだろうと、キャラクターとしての存在感を出さないといけないし、編集のタイミングが間違っているのかなというレベルで冒頭の引っ越しシーンからびっくりするほど会話のリズムができていないのはよろしくありません。どうしてこうなってしまったのか。最終的には、ただ毒にも薬にもならない教訓というものだけがうすぼんやり浮かび上がるばかりで、原作者も頭が痛いところじゃないでしょうか。かなり厳しく言いましたが、なぜこんなことになったのか、それが一番不思議な映画化でした。
さ〜て、次回2024年12月31日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ヘヴィ・トリップII/俺たち北欧メタル危機一発!』です。もうね、決まった瞬間から、CIAOリスナーのメタルファンと前作を気に入っていた方々からの歓喜の声として届きましたよ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!
