FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月10日放送分
映画『正体』短評のDJ'sカット版です。

東京で起きた一家殺害事件で逮捕され、死刑判決を受けて服役中だった鏑木慶一が脱獄します。事件を担当してきた又貫刑事は、警察のメンツをかけて行方を追うのですが、鏑木はあちこちで潜伏生活を送り、容姿を変えながら逃げ続けます。追いつ追われつの果てに浮かび上がる鏑木の真の目的とは?
原作は染井為人の同名ベストセラー小説。監督は『新聞記者』『青春18x2 君へと続く道』などヒットメーカーの藤井道人。脚本は藤井道人+監督と『デイアンドナイト』でも一緒に仕事をした小寺和久が共同で手掛けました。主演として死刑囚の鏑木を横浜流星が演じた他、又貫刑事に山田孝之、建設現場作業員に森本慎太郎、雑誌編集者に吉岡里帆、介護施設職員に山田杏奈がそれぞれ扮しています。さらに、松重豊、原日出子、田中哲司、宇野祥平なども出演しています。
僕は先週木曜日の夜、MOVIX京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
この本の売れない時代に10万部を遠に超えている原作を未読というのが申し訳ないし、3年前のWOWOWのドラマ計4時間版も観られておらず、これが『正体』へのファーストコンタクトとなりました。逃げ続ける死刑囚の真の目的とはいったい何かという謎を推進力にしながら、潜伏先で関わった人々との交流を細やかに描いていく面白さもあるのでしょうが、120分という映画尺の中で、さすがは藤井監督という手際でまとめてあると言えます。本作の語りの巧みさは、時系列を多少混乱させるリスクを恐れず、各登場人物の鏑木への印象を冒頭で見せていくところにまず出ていました。それぞれに程度の差こそあれど、みんな鏑木を悪くは言わないわけです。死刑宣告を受けていると言われても、自分が知り合った、それぞれ名前を変えて◯◯さんが悪い人にはどうも思えないでいると、又貫刑事に向かって話しているということは、少なくとも鏑木の潜伏は各地で終わっているはずなので、鏑木はいかにして再び警察に身柄を確保されるのかということもサスペンスとして機能します。さらに、又貫刑事はなぜそうやって話を聞いているのかも気になった状態で映画は始まります。これで話の展開が読めるという側面はもちろんありますよ。自然とチャプター分けされていくのだなというのはわかります。次はこの人、その次はあの人のところなんだなって。でも、毎度毎度、どんな姿でどんな仕事をするのかというところは予想がつかないので興味は持続します。何より、最大の問いである逃走劇の最終目的と潜伏先の選定理由を推理する興味は残りますからね。

藤井監督は画面のトーンをはっきりさせるイメージがあって、今回は全体的に冷ややかで安らげない感じが追われる側だけでなく追う警察側にもあって感心します。袴田巌さんを筆頭に、またクロースアップされている冤罪、つまりは警察のご都合主義的な捜査のあり方みたいな社会問題とリンクしている点で『新聞記者』に近いトーンです。全体の尺の都合上、ここは省けると判断したと想像される水産加工会社でのエピソードでも、ただ省略するだけでなく、ワンショットの中で過去と現在を織り交ぜる映画的な仕掛けを用意するなど、藤井監督はさすがだなと思ったところは多々ありました。

一方で、「社会派」の路線を進むのであれば押さえておくべきリアリティーは、もっとあったようにも感じます。ウェブや雑誌のライターの仕事って、そんなに簡単に潜り込めるものなのだろうか。仮に、ある程度業界のことがわかっているという状態には知識としてもっていけるにしても、20代前半の彼が本当にそこまで一気にバリバリ活躍できるものだろうか。文章を読んだ吉岡里帆演じる先輩編集員が惚れ込むほどの文才はどこで身につけたのだろうか。そもそも逮捕時に高校生で優しくて勇気はあるにしても、現場ではひるんでいる表情を見せていたような鏑木が、刑務所に入っただけでそこまで大胆かつ堂々とした振る舞いができるものだろうか。死刑宣告を受けて絶望するというとんでもない状況だったのだからと言うのなら、断片的であったとしても、彼がいかに準備をしたのか、どこまで計画的だったのか、謎を残すのは良しとしても、あまり観客に訝しまれるのはマイナスでしょう。そこは警察の側、特に又貫刑事の捜査をもっと見せるのが得策だったのではないでしょうか。刑事の上司との関係に健全とは言えない上下関係があったとして、現実の冤罪事件に観客の目を向けさせるなら、もっと刑事たち現場の動きや心理には踏み込むべきです。そこで尺の問題が出てくるとするなら、むしろ吉岡里帆演じる編集者の父親、あの弁護士の痴漢冤罪事件を端折っても良いでしょう。だって、あれこそ真相がわからないまま結局放置されているのだから。

なんて苦言は呈したくなるものの、観客に向けて、現実に起きている問題に目を向けさせて考えることを促そうという姿勢は、もちろん買いです。この前短評した『ラストマイル』同様、日本の娯楽映画の枠組みの中でそれをやろうとしていることはすばらしいし、ラストに向けての涙腺刺激展開もまぁやむなしかなとは思いますが、最後に一点、僕がもっとも首を傾げたのは、模倣犯として登場する人物の造形です。なんでしょうか、あのわかりやすすぎる感じ。正体というタイトルにしておいて、彼はなぜ見るからに悪いのか。挙動をはっきりサイコパスに見せているんですね。あれはあれで偏見を助長するように僕は感じます。

ただし、横浜流星含め、役者はどなたも奮っていましたよ。『ラストマイル』に続いて宇野祥平さんも忘れがたい。警察組織が出てくる映画は今他にもやってますけど、どっちかと言えば、断然こちらをまず観てほしいと僕は考えております。
しっかり余韻を与えてくれたヨルシカの主題歌『太陽』をオンエアしました。
