日本画壇のトップに君臨する世界的な画家、田村修三。彼の代表作も多数展示される大々的な展覧会で、作品のひとつが贋作だと判明します。これは誰の描いたものなのか。報道のボルテージが上がる中、美術関係者が調査をする中で浮かび上がってくるのは、ある事件をきっかけに画壇から姿を消した天才画家の津山竜次だった。かつての竜次の恋人で今は田村の妻である安奈、番頭と称して竜次に長年仕える
フィクサーのスイケン、美術鑑定の
スペシャリスト、全身に刺青を入れた牡丹という女、竜次を慕う
バーテンダー… 様々な人物の過去と現在が交錯します。
僕は先週金曜日の朝、Tジョイ京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
よく構想◯年みたいな数字を宣伝文句に入れることがありますけど、これはその中でも最長クラスじゃないでしょうか。何しろ、60年ぐらいですもの。
倉本聰のキャリアって、実はラジオからスタートしているんですよね。これは実際のできごとで「永仁の壺事件」ものがあります。この壺は
鎌倉時代のものだとして国の
重要文化財に指定されていたんですが、ある時に、現代の陶芸家の作品だとわかってしまって、
文化財指定は取り消しになってしまう。ちょっと前までみんな口を揃えて美しいすごいと言っていたものが、歴史的なものではないとなった瞬間から見向きもされなくなるという話。これが美というものを考えるうえでヒントになるとラジオドラマを作ったのがスタートでした。以来、贋作というものに興味を覚えながら、他にも実際に画壇で起きたできごとをエピソードとして盛り込みながら、ついに完成したのが今作だというんですね。

(c)2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD
なるほど、「美とは何か」という哲学的とも言える問いが背骨として物語にありつつ、登場人物たちの行動原理が規定されていて、テーマとしてわかりやすくも奥深いのはさすがだなと感じます。テーマにもう少し踏み込むなら、美しきものとして鑑賞者の心を揺さぶるような絵画というのは、決して金銭的価値をメインに捉えられるべきものではないし、逆に金銭的価値が失われたからといって、美術的価値まで見失ってしまうのは愚かでもあるということでしょう。ここに異論がある人はそんなにいないんじゃないでしょうかね。どんなジャンルでも似たようなことが起こるわけですが、今作だと、たとえば冒頭
からしばらくテンポ良く続いていた贋作判明前後のドタバタなんて、まさに作品を取り巻く価値基準の話で、問題提起として
倉本聰の皮肉や風刺がきいて楽しく見られるあたりです。新聞社主催の大々的な展覧会には
文科省の大臣もやって来てスピーチが行われる。
佐野史郎演じていた大臣なんて、絵はろくに見てなかったし、「ここに集まった日本を代表する名画の数々は、いったい全部でいくらくらいなんだろう」なんてマイクを握ってしょうもない笑いを取ろうとする寒々しいシークエンスも良かったです。しかも、贋作だと見抜くのは作者である田村修三本人で、その事実はどうか伏せておいてくれと懇願する主催者たちに、結局贋作だと公表されてからはむしろそれが話題として盛り上がってしまうのも皮肉なことです。結局、僕らは絵画と向き合っているのか。そして、実物を美的技術的に超えてしまう贋作を人はどう扱えば良いのか。極めて面白い問いかけだし、そこに人の命がミステリアスに複数絡んでミステリー的な展開を見せるあたりは見事なお点前だと思いました。

(c)2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD
ただし、映画としてよくできているかと言えば、僕にはそうは断言できないんです。今まで言ってきたようにテーマとしては面白い内容だと思うし、実際に用意したオリジナルの絵画作品もなかなかに見事で力がそりゃ入っているんですが、身も蓋もないことを言えば、根本的には映画との食い合わせがよろしくないんじゃないかと思いました。絶対的な美というのは、それぞれの人の心の中にあるものだとして、その美しさを観客に感じさせるには、結局のところキャラクターの出自や境遇や生き様を示すエピソードで補強していく他なく、美そのものを観客が体験として味わいきれないというもどかしさから逃げ切れないんです。そこへ、病気の話であるとか、幼少時の悲しいできごととか持ち出されてしまうと、なんだか感動させるための材料として取って付けたものに見えてしまうほどに、どうもキャラクターたちの行動と各シーンが噛み合いきっていないんですね。

(c)2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD
そもそも、小泉今日子演じる安奈は映画の冒頭で占い師と思しき人物に何やら言い当てられていましたけど、彼女は占いをしてもらうような人かしら。清水美砂演じる牡丹がまた美しかったのは事実として、刺青を彫るという一連の設定は物語上どこまで必要だったのか疑問が残ります。中井貴一演じるスイケンは、祇園にも小樽にもわざわざ運転士付きの高級車で乗り付けるのだけれど、電話で用事が済むなら祇園まで来なくても良くない? 杖をついているわりに、料理の腕を振るう時には不都合はないんだ? 画壇のトップである田村修三を演じる石坂浩二は、ああいう権威を演じてもらうには最高のキャスティングだけれど、さすがに本木雅弘演じる竜次と大学で友達だったというのは年齢差があり過ぎて観客を混乱させるでしょうよ。あの廃校がアトリエになっているのは良いとしても、竜次が創作の凄みを発揮していくクライマックスであんなに照明を劇的にしてしまうと興が削がれませんか。

(c)2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD
といったような細部がどうも気になってしまうほどに、だんだんとのめり込めなくなっていくほど、倉本聰の作為がはっきり見て取れてしまうんですね。そう言えば、映画のクレジットで、脚本ではなく、「作」っていう肩書を初めて見たような気がしますが、まさに権威たる倉本さんに頼り切らず、たとえば絵画をあえて一切登場させないとか、映画的な大胆な仕掛けでもって美に切り込んでほしかったところです。テーマは納得がいくだけに、そして、キャラクターの瞳やサングラスに映るものを見せるような映像には目を奪われただけに、物足りなさ、もどかしさも覚えてしまいました。
曲は、絵画だけでなく、人とのつながり、時の流れの美しさ、手に入れたものの不確かさも踏まえて、大ヒット中のこの曲をオンエアしました。
さ〜て、次回2024年12月10日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、
『正体』です。この冬の話題作のひとつとしてかなり長い間予告編を映画館で目にしてきましたが、いよいよ公開したところに見事当たりました。それにしても、最近は2文字の邦画が多いなぁ。『まる』『本心』と扱ってきましたが、今度は『正体』。だんだんこんがらがってきたところで、さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!