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映画『八犬伝』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月12日放送分
映画『八犬伝』短評のDJ'sカット版です。

江戸時代後期、新作となる『南総里見八犬伝』の構想を自宅で語る滝沢馬琴。それを聞くのは、馬琴の戯作で挿絵をよく担当している葛飾北斎。ふたりはそれから長年にわたり、日本のファンタジー小説の原点と言われるこの物語を通しても関わっていきます。この映画は、アクションとVFX八犬伝の物語を見せるパートと、滝沢馬琴の創作を中心とした半生を見せるパート、つまりは虚と実の両方を描いていきます。

原作は、山田風太郎の同名小説。監督・脚本は、『ピンポン』や『鋼の錬金術師』で知られる曽利文彦滝沢馬琴役所広司葛飾北斎内野聖陽、馬琴の息子を磯村勇斗、その妻を黒木華、馬琴の妻を寺島しのぶ、八犬士の運命を握る伏姫を土屋太鳳が演じた他、立川談春中村獅童尾上右近、さらには河合優実などもキャストに名を連ねています。
 
僕は先週金曜日の朝、TOHOシネマズ二条で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

 

これは完全に僕の好みなんですが、時代劇で派手なVFXを使うのって苦手なんですよ。アニメだと時代もので現実離れした表現があっても気にならないんだけど、実写の場合には、あまりノレない。その意味で、ポスターや予告の映像を見て、「これ、僕は気に入らないかもしれない」と思ったことを正直に告白しておきます。で、観に行って、面白かったんですよ。それも、相当に。なぜかと言えば、それはこの映画のテーマに沿った演出がそのVFXばりばりの映像にちゃんと存在理由を与えていたからです。ただ、使いたいから使うのではなく、はっきりと理由があるがゆえに、心置きなく最新技術を振りかざせるっていうことです。だから、浮いて見えるなんてこともない。

©2024『八犬伝』FILM PARTNERS.
では、そのテーマとは一体なんなのか。それはもう、この映画のあらすじをさっき紹介する時に触れています。創作、クリエイティビティにおける「虚と実」の関係性の考察なんですよ。実際に、つまりテーマ通りに、映画全体が「八犬伝」を書き始めてからの馬琴の半生を描いていく伝記映画的な「実」のシーンと、馬琴が小説として描こうとする「八犬伝」の物語をダイジェストで見せる「虚」のシーンが、基本は交互に編集されているんですね。これは山田風太郎の小説がそういう仕掛けだというのもあるけれど、そこに映画として面白くなると踏んだ曽利文彦監督の鋭さも光るなと思いました。

©2024『八犬伝』FILM PARTNERS.
リアルとフィクション、実像と虚像なんていうのは、一応は対立する概念ということになるわけですけど、実際には、虚の中に実があったり、実の中にも虚が紛れ込んだりすることもある。というか、むしろそれが当たり前なんだと思うんですよね。ちょくちょく馬琴の家を訪れる北斎は、生涯にわたって放浪しながら、たとえば富嶽三十六景を描いてきたわけですね。「俺は現地へ行って自分の目で見ないことには絵にできない」というのが北斎です。では、彼の描くものが写実的かと言われれば、そうとは言えない部分もありますよね。大胆な構図のものが多いですから。そんな北斎八犬伝の物語を馬琴から聞くにつけ、「この話からは舞台となる安房(あわ)の国の景色がありありと浮かんでくるようだ」として、馬琴に質問をぶつけます。現在の千葉県南部にあたる安房の国へいつ行ったんだと。すると、馬琴は「行ったことなんてない」って言うんですよね。現地へ行ってしまうと、むしろ執筆にあたってはその現実から小説が悪影響を受ける恐れがあるとすら話すんです。つまり、読者がそこにリアルを感じた文章が実は想像の産物であるということ。さらに言えば、八犬伝には鉄砲が小道具として出てくるのだけれど、馬琴によれば、「舞台の室町時代にはまだ鉄砲は伝来していないから虚だ」なんて内容のセリフもあります。さらには家族という枠組みを巡っても、馬琴と北斎の虚と実をめぐる問答が忘れた頃にまた出てきて繰り返されるんです。
 
そんな問答のクライマックスにして、今作の白眉とも言える究極のシーンが中程にあります。馬琴と北斎がふたり仲良く芝居を観に行くところですね。演目は、巷で評判だという歌舞伎『東海道四谷怪談』。ふたりが観に来たというので、芝居がはねた後、小屋のスタッフが作者の鶴屋南北との面会に案内する時に、せっかくだから、奈落なんて普通なら見られないから覗いてみますかということで、いわゆる奈落の底へ馬琴たちが下りていくと、回り舞台の端、天井部分から南北がニュッと顔を出して驚かせます。怪談を見て「恐ろしや」と感銘を受けた直後に南北が幽霊みたいに天地逆さに顔だけ出てくるもんだからギョッとする。そこから問答が始まります。正義が勝つとは限らない世の中だからこそ、物語の中、虚の中でくらいは正義を貫きたいのだとする馬琴に対して、そんなのはつじつま合わせだと言い切ってしまう南北。このやり取りは、はっきり言ってどちらが正解というわけではなく、どちらも正解なんです。芸術の作りてたるもの、その虚実を拮抗させながら考え続ける練り続けることが肝要なのであるという、馬琴を演じた役所広司さんのインタビューから言葉を借りれば、本作の「へそ」になるような名場面でしたし、南北を演じた立川談春さんの怪演も非常に印象的です。

©2024『八犬伝』FILM PARTNERS.
とまぁ、僕はここまで「実」のパートばかりを喋ってきましたが、映画として大事なんだけど、ここだけだと、はっきり言って地味です。馬琴の口の悪い妻がよく言ってましたよ。「北斎とじじいふたり集まって何をそんなに喋ることがあるんだ」とね。確かに、基本は家の中、書斎の中ばかりだし、画面としては退屈です。緻密なカット割りと美術、そして役所広司内野聖陽という名優たちの演技はあれど、それでも地味です。そこへ、虚のVFXという濃い味付けもばっちりな振り切った最新の八犬伝パートが挟まることで、全体として引き締まってくる。つまりは、虚と実はそのバランスこそ命であるということの証明に映画全体がなっていて、これはお見事と拍手したくなる作品でした。
虚実というテーマから、僕が選曲したのは、イタリアのピアノを弾き語るシンガーソングライターRaphael Gualazziです。内容的にもピッタリ。フックアップに定評のあるGiles PetersonによるRemixバージョンでお送りしました。

さ〜て、次回2024年11月19日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『本心』です。石井裕也監督が今回演出したのは、平野啓一郎の同名小説の映画化。主演は池松壮亮。この3者の名前があるだけで、もう観たいという気持ちになっている僕ですが、内容はデジタル化社会のありようを反映したヒューマンミステリーということで哲学的なテーマも含んでいそう。しっかり観てきますよ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!



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