FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月8日放送分
映画『憐れみの3章』短評のDJ'sカット版です。

タイトル通り、3つの独立した物語が描かれるオムニバス映画です。人生においても日々の暮らしにおいても選択肢を奪われた男が、初めて自由を求める物語。海で失踪して命からがら生還した妻がまるで別人のようになっていて、彼女を恐れる警察官の夫の物語。死人を生き返らせる能力を持つ双子を捜すように宗教団体からミッションを託された女の物語。
監督・共同脚本・製作は、世界で今最も新作の待たれる映画人と言って良いだろう、ヨルゴス・ランティモス。今回は、ランティモスが母国のギリシャで映画を撮っていた頃からずっとタッグを組んできた脚本家のエフティミス・フィリップがコンビ復活で共同脚本を務めています。今作のキャスティングの大きな特徴は、3つの物語のそれぞれまったく違うキャラクターを同じ役者が演じ分けていること。これで3作連続3度目の出演となるのはエマ・ストーン。そして前作『哀れなるものたち』に続いてウィレム・デフォーも出ています。初めてなのは『パワー・オブ・ザ・ドッグ』や『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のジェシー・プレモンス。プレモンスは、今作で見事にカンヌ国際映画祭男優賞に輝きました。
僕は先週金曜日の朝、MOVIX京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
いやぁ、楽しかったです。『女王陛下のお気に入り』も『哀れなるものたち』も良かったんですが、こちらはもっと肩の力が抜けているところがあって、164分と長尺ではあるものの、ひとつひとつのお話が強烈だし、画面が端正で美しいので、僕は正直時間を忘れるくらいに夢中でランティモスの世界に身を委ねていました。「肩の力が抜けている」というのは語弊のある言い方かもしれませんが、この作品は『哀れなるものたち』のポストプロダクションが相当長くなるから、せっかくならその間に1本作っちゃおうと撮影に向かったものなんですね。盟友の脚本家エフティミス・フィリップと以前から温めていたアイデアを引っ張り出してきて、ずんずん脚本を整えていったそうです。エマ・ストーンもウィレム・デフォーも前作から引き続きだし、音楽も前作で監督がフックアップしたジャースキン・フェンドリックスだし、撮影も同じロビー・ライアンだし、もう流れで行っちゃおうという感じだったんでしょう。実際、もう次の作品の公開が来年に控えているんですが、そこにもエマ・ストーンやジェシー・プレモンスは出演しているようです。こうなってくると、もうランティモス組というか、バンドっていう感じがしますね。ランティモス・バンドで大作の合間にセッションしてみようか。それが『憐れみの3章』。だから、良い意味で肩の力が抜けていると言ったんですが、それでこんなレベルの映画が作れてしまうというのが、この映画作家の恐ろしいところです。

それにしても、なぜオムニバスなのか。もともとはひとつの物語として考えていたのを3部構成に変更して、そこから今度はアイデアを足して3つの物語が並行して進んでいくスタイルを考えたようですが、貨客に無用な混乱を招くことになりかねないからと、それぞれに独立した物語にしつつ、どの物語も同じ役者が演じることで、ユニークな共通性を持たせることに成功しました。今作は映画を観たらパンフレットを熟読したくなるタイプですし、僕もすぐに買いましたが、興味深かったのは、ギリシャ悲劇研究者の山形治江(はるえ)さんのコラムです。それによれば、古代ギリシャ人は、3本の悲劇をワンセットにして上演していたそうなんです。その3本には何らかの関連性があってゆるやかに結びつき、なんと3人の俳優が3作すべての登場人物を演じ分けていたんですって。

そして、もうひとつ面白いのは、今作には3本のお話にそれぞれR.M.F.という登場人物の名前が付いています。「R.M.Fの死」「R.M.F.は飛ぶ」「R.M.F.サンドイッチを食べる」。このR.M.F.というのは、物語の名前になっているくせに、実際にはほとんど登場しません。それぞれに思い出したようにサッと出てくるだけの謎めいたキャラクターとして3本をつなぐ役割なんですね。たとえばエマ・ストーンやジェシー・プレモンスはそれぞれの話でそれぞれ別の名前のキャラクターを演じているわけですが、R.M.F.はどこでもR.M.F.です。ギリシャ悲劇研究者の山形さんによれば、この発想ももとは古代劇だろうと。先述したように、古代ギリシャの悲劇を演じるのは3人だったわけですが、4人目の登場人物はセリフのない「黙り役」だったそうで、形式としては先祖返りしているところがあります。ただ、現代の観客はこれに慣れていませんから、あいつはいったいなんなんだというなり、鑑賞後にそこに意味付けをしようと躍起になります。たとえば、こんな具合。RはRedemption救いのことだろう。いや、Reliance依存じゃないか。MはManipulation操作だろう。じゃあ、FはFaith信仰じゃないか。うん、確かに映画の内容とピタリとくるじゃないか。

オリジナル・タイトルはKinds of Kindness。なので、「憐れみ」というよりも「やさしさ」や「親切心」の種類です。そこは憐れみと通じるのかどうなのか、これまた考えちゃいますよ。なにせ、ここで展開するのは、権力と支配の構造、人が誰かに服従してしまうこと、そこについて回る暴力。宗教。そして、飲食とセックスが手を変え品を変え登場します。特に、今作で最も重要なのは、誰かが誰かを支配すること操作することと、それをシステム化する共同体です。支配・操作する人がいるということは、支配され操作される人がいるわけで、その人たちが必ずしも嫌がってはいないどころか、なんなら自分から進んで支配を受けようとする。つまりは支配に依存してしまう。そこに立ち上がるのは、やさしさか憐れみか。観客の側からしたら、憐れみの方かしら。なんて具合についつい考えずにはいられず、しばらくはその作品に支配されるのがランティモス映画という意味では、そんな僕たち観客のSNSでの反応を楽しんでいる監督のニヤリとした顔も浮かんできます。いや、僕もニヤリとしていました。というのも、いろいろそれっぽいワードを出して喋っていますが、どれもユーモアや皮肉・風刺の類がたくさんあって、思わず吹き出してしまうことも何度かありましたもの。なんだよ、マッケンローの壊れたテニスラケットって。友達との食事会で見るビデオってそれかい! なんでいちいちアクセルをベタ踏みするねんな! そんなツッコミを入れながら、痛い思いや不気味な思いもしつつ、謎の美しさを称える画面に惚れ惚れしつつ、それこそ暴走していく車と、もちろん人間の感情に身を委ねてみてください。実に面白いです。謎が解けなくても、その不可解さ自体がエンターテイメントになっているので、こちらも肩の力を抜いて飛び込むのが良いと思います。
その導入として、頭に流れるおなじみのユーリズミックス『Sweet Dreams (Are Made of This)』は完璧なガイドとして機能していました。もうお見事な選曲。「世界を巡り、甘い夢のでき方を知ったわけですね。みんな何かを探してる。あなたを利用しようとする人がいて、あなたに利用されたい人がいる。あなたを蔑もうとするひとがいて、あなたに蔑まれたい人がいる」。ゾクゾク来ますよ。
さ〜て、次回2024年10月15日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ラストマイル』です。テレビドラマ『アンナチュラル』と『MIU404』の同じ世界線で起きた連続爆破事件の行方を描いたサスペンス。8月下旬の公開から相当なロングヒットになっていて、それでも、候補に入れるのはさすがに今週ラストかなと思っていたら、当たりました。僕はドラマは未見なのですが、結構な骨太の作品という評価も聞くだけに楽しみです。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!
