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『私がビーバーになる時』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 3月23日放送分
映画『私がビーバーになる時』短評のDJ'sカット版です。

ディズニー傘下のピクサー・スタジオが手掛ける本作のオリジナルタイトルは、Hoppers。ホップというのは、人間の意識を動物のロボットに転送する技術のこと。これを使えば、動物になりきって本物の動物と話もできます。大切な森を開発から守るために立ち上がった女子大生のメイベルは、ビーバーになりきり、動物たちの世界へと潜入。驚きの作戦を仕掛けるのですが、それが思わぬ事態を招くことに。

インサイド・ヘッド (字幕版) あの夏のルカ (字幕版)

監督は、『インサイド・ヘッド』でストーリーボードを担当していたダニエル・チョン。脚本は、『あの夏のルカ』で原案と脚本を務めたジェシー・アンドリューズ。主人公の日系アメリカ人メイベルの声を、吹き替え版では芳根京子が演じています。
 
僕は先週木曜の夜、MOVIX京都のドルビーシネマで吹き替え版を鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

(C)2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
人間社会の一方的な都合で、大規模な開発を続けて自然を破壊してしまう。それによって動物たちの生息域が狭くなってしまう。腹に据えかねた動物たちによるしっぺ返しが始まり、お灸をすえられる人間たち。こんな大枠はダニエル・チョン監督が公言している通り、高畑勲監督の名作『平成狸合戦ぽんぽこ』からの影響です。

平成狸合戦ぽんぽこ [DVD]

ぽんぽこでは、狸が人間に化けて社会に潜り込んでいたのに対し、この作品では人間がビーバーになりきって動物の世界に潜入するという反対のベクトルになっています。あの大学の研究室で密かに研究されていたという転送装置と、マッドサイエンティストなのかという大学の生物学の教授。まるで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という雰囲気でしたね。作り手も意識していたでしょう。え? なに、そのホップって技術。なんにでも猪突猛進まっしぐらな性格のメイベルが黙って落ち着いているはずなんてありません。当然のように意識転送ドーン! 勢いまかせの若者と、志に共感をしながらもちょっと待ったとブレーキをかけて制御しようとする教授たち。つまりは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の女性版という感じですが、飛び越えるのは時間ではなく、生物の種と言語ですね。この作品の仕掛けの部分でユニークなのは、人間の意識が動物型ロボットに入ると、動物の描写が変わることです。人間の目を通して動物を見ていると、動物たちの目は小さめで、鳴き声はただの鳴き声。それが、意識転送してビーバーの目を通してみると、動物たちの目は大きくパッチリ、漫画的な表現になり、言葉もわかるようになります。「ぽんぽこ」でも、狸の見た目は、写実的なものとアニメ的デフォルメをシーンによって入れ替えていましたし、狸たちは人間に化けた時だけ人間の言語を使いこなせるとしていた設定を、この作品はうまく応用しています。

(C)2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
もちろん、こうした物語内のルールというのは、ご都合主義的なものですよ。だいたい、動物の言語がなぜひとつなんだという問題はあります。ビーバーも鹿も熊もネズミも、いやいや、哺乳類だけじゃなく、魚も鳥も虫も両生類も爬虫類もと、すべて同じ言葉を話すんですから。ただ、その雑な括りはご愛嬌です。むしろ、「動物語」みたいにまとめることで物語上得られるメリットが大きいから、わざとこうしてフィクショナルにしてあるわけですね。
 
かと思えば、動物たちのあの森における食物連鎖の残酷な事実はちゃんと描くんですよね。さっきまでのほほんと生きてメイベルが入ったビーバーと会話していた生き物が、目の前であっさりペロッと食物連鎖ピラミッドの上位動物に食べられてしまうという、あのカラッとドライかつ爽やかですらあるほどの死の表現は、子供向けのアニメとしてはかなり珍しいですよね。ここをちゃんと描くことで、この物語のメッセージの柱のひとつである生態系のバランス、多様性、共存の輪郭はよりくっきりします。残酷な捕食行為も、食物連鎖の中では致し方ないことであり、その大きなサイクルのどこかが欠けてしまうと、生態系のバランスがおかしくなってしまうわけだから、食べたきゃ食べる。それが野生の掟であるってことですね。

(C)2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
野生の掟ということで言えば、『ライオン・キング』のように百獣の王が森を仕切っていそうなものなのに、そうでないところが、あの森は面白かったし、木をかじってかじって運んで、ダムを作る習性からビーバーが一目置かれているのは説得力がありました。ビーバーが森に一匹戻れば、木を積み上げて川をせき止めて池を作ることで再生が始まる。様々な動植物が共存共栄できるような生命の池というのは、シンボリックでアニメ的にもわかりやすいですから。

(C)2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
そう、池が大切。あの池は森の命の源であると同時に、メイベルにとっても、生物学への興味の源であり、何かあればいつも手を差し伸べてくれたおばあちゃんとの絆が生まれた大切な場所であるということを観客に示すプロローグ部分がすばらしいので、これから鑑賞する方は冒頭こそ気を抜かないようにどうぞ。あの手際の良さは、『カールじいさんの空飛ぶ家』のプロローグばりです。時間の流れの見せ方、メイベルの性格が昔から一途で頑固なことをあれだけの短時間に凝縮させるなんて!

カールじいさんの空飛ぶ家 (吹替版)

その池をめぐるメイベルとジェリー市長の戦いが勃発することで物語が始まるわけですが、ジェリー市長を単なる悪役にしていないところもポイントです。彼が推し進める高速道路の計画にも一応の利があること、母親を思いやり、料理を作ってあげる男性であることは、これまでの悪役像とは違います。すると、今度は意外なところから別のヒールが登場、なんならメイベルだって視点を変えればヒールじゃないかというようにスライドしていくのもユニークでしたね。

(C)2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
とにかく、この映画は、メイベルの勢いそのままに、フルスロットルで駆け抜けます。ギャグも釣瓶打ち。そうそう、まさかのカーチェイスとか、まさかまさかのサメの登場とか、もうね、意識転送装置や動物たちの共通言語みたいなSF設定もぶっ飛ぶエスカレートぶりで、僕は腹を抱えて笑ってしまいました。とまぁ、こんな風にサメ映画まで含めた映画オマージュも、ピクサー印のイースターエッグ(隠しアイテム)も点在させながら生命倫理にもずかずか踏み込んでいく、正直、かなり尖ったピクサー作品だと思います。メイベル同様、優等生な映画じゃないです。でも、だからこそ、ハマる人にはより深く刺さるはず。対立するだけでなく、議論のテーブルにつき、相手の立場にも立ってみることで打開策は見いだせるものだというメッセージは、自然保護だけでなく、他者と共存すること、分断を乗り越えることへのヒントを提示していました。命のサイクルという話もしましたが、建設が予定されていたのが単なる高速道路ではなく、街をぐるりと取り囲む環状道路、つまりは円であることもシンボリックだったような気がします。
 
『ズートピア』の1を見た時のような新鮮さもあったし、続編が多くなりがちな中、オリジナルでこのクオリティというのは、思わぬ伏兵が大活躍という印象で、ピクサーの底力はこういうところにあるのだと感じます。邦題だけがちと収まり悪いけれど…
うまく物語ともリンクして、吹き替え版でも歌詞が字幕に出ていたのが、SZAのこのエンドソングでした。

さ〜て、次回3月30日、今年度最後に評する作品を決めるべく、おみくじで僕が引き当てたのは、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』です。原作も話題となっているSF大作ですね。ライアン・ゴズリングと短評で向き合うのは結構久しぶりな気がする。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!

『レンタル・ファミリー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 3月16日放送分
映画『レンタル・ファミリー』短評のDJ'sカット版です。

アメリカの俳優フィリップは東京でひとり暮らし。CMやドラマの仕事をしていますが、最近は端役ばかりで鳴かず飛ばず。ある日、依頼者の「家族」や「友人」という設定の役柄を演じる人材派遣会社「レンタル・ファミリー」の社長と知り合い、カメラの前ではなく現実社会において演技をする仕事を請け負うようになります。
 
共同製作・共同脚本・監督は、大阪出身でアメリカを拠点にしている女性HIKARI。フィリップを演じたのは、製作総指揮にも加わったブレンダン・フレイザー。他に、レンタル・ファミリーの社長に平岳大、社員に山本真理が扮したほか、柄本明、森田望智、ゴーマンシャノン眞陽(まひな)、板谷由夏、安藤玉恵などが出演しています。日本で撮影されたアメリカ映画である本作は、サーチライト・ピクチャーズによってアメリカで昨年11月、そして日本では2月27日に公開されました。
 
僕は先週金曜の朝一番、Tジョイ京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
2019年から企画を動かし始めたというこの作品。監督インタビューを読むと、日本に300社ほど実際にあるらしいこうしたサービスへの調査を丹念に行い、興味深いエピソードを収集しつつ、オリジナルの脚本を作っていったようです。短編オムニバスのようにする方法もあったとは思います。こうしたサービスを必要とする依頼者それぞれの事情を章立てして順番に見せていくやり方。それでも十分に面白いとはおもうのですが、採用されたのは、依頼者たちのエピソードを組紐状に撚り合わせながら、異邦人の俳優を狂言回しにして、サービスを提供する側の葛藤や変化も同時に描くという、より高度で難しい構造でした。テーマそのものは、シンプルだしもはや古典的だと思います。都市生活者の孤独。その最新版をありきたりにならず、広く浅くもならずまとめた手腕はお見事です。
 
ただし、現実社会で誰かになりすますサービスを題材にしているだけあって、観客には倫理的に疑念を持たれたり、下手をすると嫌悪感を与えかねない物語なので、本題に入るまでのセットアップで楔を打ち込んでいおくことが重要です。そこを失敗すると、振り落とされる観客が出てきますから。HIKARI監督は、そこも大変上手でした。都市生活者の孤独を描くのに東京はうってつけですね。あの狭い場所にいかに大勢が暮らしているのか。渋谷の雑踏をテンポ良く切り取ってつなぎながら、そこでフィリップが冴えなくはあるが、絶望しているわけではなく、ひっそり暮らしていること。つましい暮らしの中にも、夜、古びた集合住宅の窓辺から向かいの集合住宅でそれぞれに暮らす人々をヒッチコックの名作『裏窓』よろしく観察することに密やかでささやかな喜びを見出していることが示されます。冒頭の引きの画だと人の数が多いだけにしか見えなかった東京人たちが、ここではまさに生活者としてそれぞれに与えられた人生を生きていることがわかる。それこそ、オムニバス的な光景を異邦人たるフィリップが眺めているという視点です。それがこの映画の前提であり、本題に入っていくということは、つまり、フィリップがその窓の向こう側に侵入するという行為に他なりません。

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
そして、最初の仕事が不意にやって来ます。それは、エピソードとして掘り下げはしないものの、ものすごくインパクトのある告別式への参列。そこで、フィリップも観客もかなりギョッとして戸惑います。でも、詳しくは言いませんが、とある人生に絶望していた若者が生気を取り戻す手助けをレンタル・ファミリーがしたことに淡い光を見出したこともあって、メンバーとして登録をするかどうか、レンタル・ファミリーの社長と面談をするわけです。そこで、フィリップが、さりげないけれど、とても重要なことを言います。「これって、人身売買みたいなものじゃないのですか?」って。このセリフが、僕は思うに楔として有効に機能しているように思います。フィリップは、そうした懸念とともに、前のめりどころか、気後れしながら、実際のサービスに従事していきます。観客同様、彼も懐疑的だし、あくまでだんだんとこのサービスの本質に足を踏み入れていきます。

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
各依頼者のエピソードには濃淡がありますが、いろんなケースがありましたね。同性愛の人、母子家庭の人、認知症の人、歌を披露する人、不倫がバレた人、ゲームの仲間がほしい人。社会の縮図ですよ。そして、レンタル・ファミリーのメンバーそれぞれにも、フィリップにも事情がある。それぞれの生きづらさがあって、それぞれに社会の中に落ち着ける場所を求めて蠢いている。決して、聖人君子ばかりではありません。虚しさや後ろ暗さを抱えながら、それでも生きる喜びや証みたいなものを求めている。性風俗なんかに従事しているキャラクターも出てきましたね。HIKARI監督は、そうしたひとりひとりを裁くことなく、スクリーンに映し出します。映画を観ながら、僕の頭に浮かんだのは、Everybody Needs Someone.というフレーズです。誰もが誰かを求めている。それがたとえフェイクだとしても、です。そう、フィリップが父親役を担当したミアという小学生の娘と一緒に映像を使った疑似水族館に行った時、ミアが「でも、これって偽物だよね」と反応した時に彼女に言って聞かせたこと。「たとえフェイクだとしても、作った人にとっては本物なんだ」。
 
ここで持ち上がるのは、本物であることだけがすべてではないということです。人間関係において、本物の家族であれば、万事解決なのか。本物の家族や友達だからこそできないこともあるから、こうしたサービスが現存しているわけですよね。僕がハッとしたのは、いろいろあって空中分解しかかったレンタル・ファミリーのコアメンバー4人、フィリップも含めたメンバー4人がとある人物の葬儀に参列して久しぶりに再会するところ。お寺の門をくぐるところをちょっと望遠気味で撮影しているんですが、血縁関係のない4人がまるで家族のように見えるんです。それから、ミアがフィリップと再会するところも良かったです。実際には父親ではないけれど、サービスから始まった人間関係が、サービスの外側へとせり出して、フィリップがミアにとってのモノンクル、適度な距離感で人生に彩りを与えてくれる親戚や近所のおじさんのようになる可能性を示唆していて、とても素敵でした。

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
もちろん、レンタル・ファミリーというサービスが危うさをはらんでいることは確かです。映画においては、終盤、サービス提供者が危険に晒されるようなものは、たとえ儲かる案件であっても断るというルールの変更がありました。擬似的な家族であるレンタル・ファミリーという会社そのものが家族を守るシステムを構築しようとしていることも見逃せません。

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
リアリティーの面で、ツッコミどころがあるのは重々承知していますが、それこそ映画なんて所詮はフェイクだと切り捨てるような作品ではまったくない。むしろ、Art Imitates Life。アートは人生を模倣する、であるとか、「嘘から出たまこと」という表現も連想させる、この複雑怪奇な社会を映す「鏡」として良くできた寓話のような作品です。遠目には普通に見える人だって、近づいてみれば、誰だってどこかおかしなところがあるもの。有名無名を問わず、老若男女を問わず、国籍を問わず、誰もが誰かを求めてこの社会を成している。そんなことを思わせてくれるHIKARI監督の会心作でした。
この曲は、柄本明演じる往年の映画俳優が、長らく帰らなかった故郷を訪れる旅路の中でかかっていました。誰が知るだろうか、僕が遠くへ行くかなんてこと。しかも、帰るべき場所、故郷をテーマとして透かせたこの選曲も粋でしたよ。

さ〜て、次回3月23日に評する作品を決めるべく、おみくじで僕が引き当てたのは、『私がビーバーになる時』です。この春休みの観客動員を競うような本命のひとつだろう、ディズニー・ピクサー最新作が当たりましたね。ありがとう、映画神社の神様。高畑勲の『平成狸合戦ぽんぽこ』に影響を受けたということも小耳に挟んでいるので、ぽんぽこ好きの僕としては、楽しみ楽しみ。ビーバーになる気まんまんです。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!

映画『#拡散』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 3月9日放送分
映画『#拡散』短評のDJ'sカット版です。

地方の町で妻と2人で暮らす介護士の浅岡。妻が新型コロナウイルスのワクチンを打った翌日に亡くなったことで人生が一変した彼は、医師の高野を責め立て、クリニックの前で遺影を掲げる抗議行動に出ます。その様子が地方新聞に取り上げられると、SNSでも話題となり、ひとりの女性の突然死に始まった騒動は、あれよあれよと大きな広がりを見せます。

ゴールド・ボーイ ぼくが生きてる、ふたつの世界

原案・監督・編集は、中国から来て日本の映画界で会社を作り幅広く活動している白金(バイ・ジン)。この番組で短評した作品で言えば、中国のノワール小説が原作で沖縄を舞台に映画化した『ゴールド・ボーイ』で製作総指揮を務めていました。脚本は、その『ゴールド・ボーイ』や『あゝ、荒野』『ぼくが生きてる、ふたつの世界』で知られる港岳彦。主人公の浅岡を成田凌、地方新聞の記者を沢尻エリカが演じています。
 
僕は先週水曜の夕方にアップリンク京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

誤解を恐れずに言えば、久しぶりに、相当不快だなって感じる映画を観ました。いわゆる感情移入や共感をベースに鑑賞していたら、もう途中で身悶えすると思います。出てくる登場人物のほとんどに、苛立ったり呆れたり怒り心頭に発したりします。そして、音楽も物語の不穏さと観客の苛立ちを逆撫でするような効果がありまして、不快でしょうがないという感情がそのまま作品全体の評価に直結してしまう人もいるでしょう。そういう声は実際に聞きましたし、それはそれでよくわかるのですが、僕は3幕構成で言えば3幕目から俄然面白くなって、最後はもう前のめり。今は作品を結構高く評価しています。今回は、なぜ、そんな逆転ホームランのような印象を抱いたのかをメインに話します。

© 2026 #VIRAL PRODUCTION COMMITTEE
さっき僕がまとめたあらすじだとこぼれ落ちることなんですが、まず成田凌演じる30がらみの浅岡とその妻の関係が、異様かつ歪なんです。妻はとても美しい人だけれど、働く気力はまるでなく、推しのアイドルのコミュニティにおけるSNSに夢中で、できるだけ苦労せずに金儲けをしたいなんて欲望を隠しもせず、夫を下に見るどころか、夫に支配している様子がうかがえて不快。SMまがいの行為を夫に強制し、その醜態をSNSで晒している冒頭なんてギョッとします。ワクチンを打つのも、推しのライブの参加条件が接種証明が必要だからなんですけど、地元のクリニックで医師を前に「これで私の身に何かあったらどうするんですか」なんて言ってゴネていました。そうしたら、本当に翌日亡くなってしまうわけです。それはもちろん痛ましいことだけれど、物語の描写の流れからいけば、夫の浅岡は妻の支配から逃れたようにも感じられるわけです。実際、自宅で遺影に背を向けて食事をするシーンにも表れていました。ところが、浅岡はクリニックの医師に個人的に怒りをぶつけ、美しき妻の遺影をサンドイッチマンさながらに胸と背中にぶら下げて、連日クリニックの前に立ち続けるという抗議行動に出る。美談のようでありながら、このあからさまな個人攻撃は怒りの矛先が違うんじゃないかとも思いますよね。だって、ワクチンはその医師が個人的に製造したものではなく、製薬会社の製品だし、摂取を奨励していたのは国なわけですから。このあたりの矛盾もあり、浅岡が何を考えているのかわからず、不気味であり、その言動は不快。

© 2026 #VIRAL PRODUCTION COMMITTEE
そこへ登場するのが、沢尻エリカ扮する新聞記者なのですが、どうも東京で問題行動を起こして左遷されてきたらしき彼女は、あからさまに地方をバカにしており、スクープのためなら何でもするというタイプで、浅岡の話を明らかに食い物にしようと近寄っていて不快。記事になったことでネットでも耳目を集め始め、それまでやっていなかったSNSを始める浅岡。ネットにこそ真実があると断言して浅岡をそそのかす介護施設の同僚の女。愛する妻の無念を晴らそうとする夫という美談に群がる匿名の人々。そうやって薪がくべられたところに、とある大事件が起こって一気に燃え上がる、炎上する反ワクチンの主張と、その正義を振りかざして再生回数を稼ごうとするYouTuberたち。とにかく、出てくる人たちがそれぞれに不快なのです。そんな不快さがエスカレートして絡み合って臨界点に達しようかというその時、ある人物が文字通り言葉を失い立ち上がれなくなるような衝撃の発言をします。僕が身を乗り出したのが、まさにそこ。今まで無造作に散らかっていた物語内のあれやこれやが繋がり始め、この騒動の中核となる出来事やキャラクターたちの心情がはっきりとした輪郭を帯び、映画全体が現代の鳥獣戯画のように見えてくるという映画体験に震えました。

© 2026 #VIRAL PRODUCTION COMMITTEE
題材こそワクチンですが、その是非をめぐる議論や行動の過激化はあくまでディテールだということが、ドミノ倒しのように展開する後半にわかってきます。何かを盲信して妙な正義感と使命感を武器に誰かを揶揄して叩いて鬱憤を晴らし、その高揚感と自分の欲望を燃料に次の矛先を見つける。こうした振る舞いは、ネット社会以前からあったことですが、SNSの登場はその流れと勢いが加速しているのは誰の目にも明らかですね。僕は先ほど、SNSの炎上に「薪」という比喩を使いましたが、主人公浅岡がソロキャンプを趣味としていて焚き火をしているシーンが出てくるのはその映画的な比喩だろうし、彼がそこで経験する狐の嫁入り的なファンタジックな経験は、この現代版鳥獣戯画に奥行きを与えて補強する映画的な仕掛けです。僕は最近評した映画だとアリ・アスター監督の同じく不愉快なコメディー『エディントンへようこそ』に近い印象を持ちました。こちらは低予算映画ではあるものの、成田凌の実に細かく的確な演技と、話題作を数多く手掛けてきたキャメラマン宗賢次郎の見事な撮影と照明が「人間の他者との関わり」という根源的なテーマをしっかり投げかけます。ロケも見事で、とりわけ立山連峰の遠く美しくそびえる自然の美しさと近景の人間の営みのコントラストが効果的。今村昌平の造語に重い喜劇と書いて「重喜劇」というものがあります。人間の欲望やエゴを戯画的に描いて笑いを生み出しながら、ドスンと腹に重たくくるようなスタイル。これは、そんな重喜劇のスタイルで低予算でも社会をえぐることができると証明した気骨のある1本だと受け止めています。
 
観終わって呆然とするところに流れてきてふくよかな余韻を添えるシンガーソングライター野田愛実の手掛けた主題歌をオンエアしました。

さ〜て、次回3月16日に評する作品を決めるべく、おみくじで僕が引き当てたのは、『レンタル・ファミリー』です。HIKARI監督がブレンダン・フレイザーを迎えて日本で撮影したハリウッド映画。落ちぶれた俳優が主人公というのも含め、『ロスト・イン・トランスレーション』を思い出すのは僕だけではないはず。あの作品から20年以上が経って、日本も世界もずいぶん変わりましたから、今回は日本がどうスクリーンに映るのか、すごく興味があります。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!

2018年:イタリア映画 公開・上映リスト2015-2025

2015年から2025年までに日本で公開されたイタリア映画のリストを、1年ごとにこちらのブログに掲載していきます。連載4回目の2018年です。簡単におさらいさせてもらいますと、こちらのリストで扱っている「イタリア映画」の定義は…

 

①ネット配信ではなく、実際のスクリーンで上映されたもの。

②中編・長編映画。短編は除く。

③製作国が共同の場合は、明らかにイタリアが主導だろうという場合のみリスト入り。

 

以上の3点です。いろいろ調べていったら、何をもってしてイタリア映画というべきか……という疑問が立ちはだかり、大いに悩まされました。そんな悩みから生じるブレで、リスト漏れしている作品もあるかもしれないし、地方の小さな映画祭の情報など、取りこぼしもあるかもしれない。ただ、できるかぎり上記の3つの定義に従ってリストアップしたということでご容赦ください。リストの最後に解説も書いています。ぜひ最後まで読んでみてください。

 

2018年

【劇場公開】

パオロ・ヴィルズィ監督

『ロング、ロングバケーション』

配給:ギャガ

Paolo Virzì, The Leisure Seeker, 2017

ロング,ロングバケーション(字幕版)

 

ロベルト・アンドー監督

『修道士は沈黙する』

配給:ミモザフィルムズ

Roberto Andò, Le confessioni, 2016

修道士は沈黙する [DVD]

 

ルカ・グァダニーノ監督

『君の名前で僕を呼んで』

配給:ファントム・フィルム

Luca Guadagnino, Call Me by Your Name, 2018

君の名前で僕を呼んで(字幕版)

 

シドニー・シビリア監督

『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』

配給:シンカ、樂舎

Sydney Sibilia, Smetto quando voglio: Masterclass, 2017

いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち

 

イバン・コトロネーオ監督

『最初で最後のキス』

配給:ミモザフィルムズ、日本イタリア映画社

Ivan Cotroneo, Una bacio, 2016

最初で最後のキス(字幕版)

 

シドニー・シビリア監督

『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』

配給:シンカ

Sydney Sibilia, Smetto quando voglio, 2014

 

ベルナルド・ベルトルッチ監督

『暗殺のオペラ』

配給:コピアポア・フィルム

Bernardo Bertolucci, Strategia del ragno, 1970

 

シドニー・シビリア監督

『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』

配給:シンカ

Sydney Sibilia, Smetto quando voglio: Ad honorem, 2017

いつだってやめられる 闘う名誉教授たち

 

アントニオ・ピアッツァ監督/ファビオ・グラッサドニア監督

『シシリアン・ゴースト・ストーリー』

配給:ミモザフィルムズ

Antonio Piazza/Fabio Grassadonia, Sicilian Ghost Story, 2017

シシリアン・ゴースト・ストーリー

 

【映画祭・特集上映】

〈第16回とよはしまちなかスロータウン映画祭〉

長谷井宏紀監督

『ブランカとギター弾き』

長谷井宏紀, Blanka, 2015

※2017年劇場公開

ブランカとギター弾き(字幕版)

 

〈ヨコハマ・フットボール映画祭2018〉

ラ・ヴィッラ兄弟監督

『ビアンコネッリ:ユヴェントス・ストーリー』

Fratelli La Villa, Bianconeri Juventus Story, 2018

 

〈あきた十文字映画祭〉

長谷井宏紀監督

『ブランカとギター弾き』

長谷井宏紀, Blanka, 2015

※2017年劇場公開

 

〈第32回高崎映画祭〉

パオロ・ジェノヴェーゼ監督

『おとなの事情』

Paolo Genovese, Perfetti sconociuti, 2016

※2017年劇場公開

 

〈第5回グリーンイメージ国際環境映像祭〉

ニカ・サラヴァーニヤ/アレッサンドロ・デミリア監督

『黄昏のコーラス』

Nika Saravanja/Alessandro D'Emilia, Dusk Chorus, 2016

 

〈イタリア映画祭2018〉

ファビオ・モッロ監督

『イタリアの父』

Fabio Mollo, Il padre d'Italia, 2017

 

アントニオ・ピアッツァ監督/ファビオ・グラッサドニア監督

『シシリアン・ゴースト・ストーリー』

Antonio Piazza/Fabio Grassadonia, Sicilian Ghost Story, 2017

※2018年劇場公開

 

セルジョ・カステッリット監督

『フォルトゥナータ』

Sergio Castellitto, Fortunata, 2017

Fortunata (Spanish Edition)

 

ロベルト・デ・パオリス監督

『純粋な心』

Roberto De Paolis, Cuori puri, 2017

 

ジョナス・カルピニャーノ監督

『チャンブラにて』

Jonas Carpignano, A Ciambra, 2017

※2019年劇場公開

チャンブラにて(字幕版)

 

レオナルド・ディ・コスタンツォ監督

『侵入する女』

Leonardo Di Costanzo, L' intrusa, 2017

 

パオロ・ジェノヴェーゼ監督

『ザ・プレイス』

Paolo Genovese, The Palace, 2017

※2019年『ザ・プレイス 運命の交差点』の邦題で劇場公開

ザ・プレイス 運命の交差点(字幕版)

 

シドニー・シビリア監督

『いつだってやめられる―名誉学位』

Sydney Sibilia, Smetto quando voglio: Ad honorem, 2017

※2018年『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』の邦題で劇場公開

 

リッカルド・ミラーニ監督

『環状線の猫のように』

Riccardo Milani, Come un gatto in tangenziale, 2017

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パオラ・ランディ監督

『ティートとエイリアン』

Paola Randi, Tito e gli alieni, 2017

Tito E Gli Alieni [Import]

 

ルチャーノ・リガブエ監督

『メイド・イン・イタリー』

Luciano Ligabue, Made in Italy, 2018

 

ジャンニ・アメリオ監督

『世情』(仮題)

Gianni Amelio, La tenerezza, 2017

※2019年『ナポリの隣人』の邦題で劇場公開

ナポリの隣人 [DVD]

 

マネッティ・ブラザーズ監督

『愛と銃弾』

Manetti Bros., Ammore e malavita, 2017

※2019年劇場公開

 

シルヴィオ・ソルディーニ監督

『Emma 彼女の見た風景』(仮題)

Silvio Soldini, Il colore nascosto delle cose, 2017

※2019年『エマの瞳』の邦題で劇場公開

エマの瞳(字幕版)

 

ルチャーノ・リガブエ監督

『ラジオフレッチャ』

Luciano Ligabue, Radiofreccia, 1998

 

シルヴィオ・ソルディーニ監督

『ベニスで恋して』

Silvio Soldini, Pane e tulipani, 2000

 

マネッティ・ブラザーズ監督

『僕はナポリタン』

Manetti Bros., Song’e Napule, 2013

 

シルヴィオ・ソルディーニ監督

『多様な目』

Silvio Soldini, Per altri occhi, 2014

 

ジョナス・カルピニャーノ監督

『地中海』

Jonas Carpignano, Mediterranea, 2015

 

〈Viva!イタリア vol.4〉

マルコ・ベロッキオ監督

『結婚演出家』

Marco Bellocchio, Il regista di matrimoni, 2006

 

ダヴィデ・マレンゴ監督

『あのバスを止めろ』

Davide Marengo, Notturno Bus, 2007

 

シドニー・シビリア監督

『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』

Sydney Sibilia, Smetto quando voglio, 2014

※2018年劇場公開

 

〈EUフィルムデーズ2018〉

パオロ・ヴィルズィ監督

『人間の値打ち』

Paolo Virzì, Il capitale umano, 2013

※2016年劇場公開

 

〈のむコレ2018〉

ステファノ・ソッリマ監督

『バスターズ』

Stefano Sollima, ACAB - All Cops Are Bastards, 2012

 

〈爆音映画祭inユナイテッド・シネマ   アクアシティお台場 vol.3〉

ルカ・グァダニーノ監督

『君の名前で僕を呼んで』

Luca Guadagnino, Call Me by Your Name, 2018

2018年劇場公開

 

〈星空の映画祭2018〉

長谷井宏紀監督

『ブランカとギター弾き』

長谷井宏紀, Blanka, 2015

※2017年劇場公開

 

〈カナザワ映画祭2018〉

マリオ・ランディ監督

『威尼斯のジャッロ』

Mario Landi, Giallo a Venezia, 1979

 

〈第33回水戸映画祭〉

ルカ・グァダニーノ監督

『君の名前で僕を呼んで』

Luca Guadagnino, Call Me by Your Name, 2018

※2018年劇場公開

 

〈KAWASAKIしんゆり映画祭2018〉

ルカ・グァダニーノ監督

『君の名前で僕を呼んで』

Luca Guadagnino, Call Me by Your Name, 2018

※2018年劇場公開

 

〈直方映画祭2018〉

フェデリコ・フェリーニ監督

『8 1/2』

Federico Fellini, Otto e mezza, 1963

 

〈第31回東京国際映画祭〉

エドアルド・デ・アンジェリス監督

『堕ちた希望』

Edoardo De Angelis, Il Vizio della Speranza, 2018

 

パオロ・ソレンティーノ監督

『彼ら』

Paolo Sorrentino, Loro, 2018

※2019年『LORO 欲望のイタリア』の邦題で劇場公開

LORO 欲望のイタリア(字幕版)

 

〈第28回映画祭TAMA CINEMA FORUM〉

ルカ・グァダニーノ監督

『君の名前で僕を呼んで』

Luca Guadagnino, Call Me by Your Name, 2018

※2018年劇場公開

 

〈マカロニ・エンタテインメント傑作選 爆走カーチェイス編〉

ジュリアーノ・カルニメオ監督

『マッドライダー』

Giuliano Carnimeo, Il giustiziere della strada, 1983

 

ステルヴィオ・マッシ監督

『フェラーリの鷹』

Stelvio Massi, Poliziotto sprint, 1976

 

【解説】

 2018年はルカ・グァダニーノの年だった。『君の名前で僕を呼んで』が日本で公開されて大ヒットした。興行的にもそれなりにヒットしたのだろうが、それよりも、映像美や世界観を含む芸術性の高さが広く日本の批評家、映画ファンに認められた久しぶりのイタリア映画だったという意味で、大ヒットした。1983年の夏、ティモシー・シャラメ演じる17歳の少年エリオが、避暑のため、両親とともに北イタリアの別荘にやってくる。そこに、考古学の教授である父の助手として、24歳の優秀な大学院生オリヴァーがアメリカから別荘に合流。エリオは年上で聡明なオリヴァーを最初は疎ましく思うが、徐々に彼に惹かれていき、二人は恋に落ちていく。主な使用言語は英語、俳優たちもイタリア人ではないので、私からすると、イタリア映画がヒットしたという感覚はなかった。グァダニーノ本人も、アメリカに軸足を置いて映画制作をしている。だからこそ、一線を画した作品となり、日本での大ヒットにつながったのだと思う。

 もう一つ、2018年は「いつやめ」の年でもあった。シドニー・シビリア監督のコメディー「いつだってやめられる」だ。有能なのに将来のない若手研究者たちが合法ドラッグを製造販売する「ギャング団」を結成するというストーリーの三部作で、2014年に第1作、2017年に続編2作が本国で公開された。そして2018年、順番はおかしかったが、無事3作とも日本で劇場公開。前回『おとなの事情』を2010年代のイタリア映画の基本が押さえられるという入門書的作品と評したが、「いつやめ」三部作もまた、入門書として最適の作品だ。そしてシドニー・シビリア監督は『いつだってやめられる』第1作が出た2014年に、映画制作会社グローエンランディア(グリーンランドという意味です)を設立。グローエランディアは「いつやめ」3部作だけでなく、新しい感覚のイタリア映画、ドラマを次々と発表し、2010年代後半から現在にいたるまで、グローエンランディア旋風を巻き起こしていく。その風を、遅まきながら私が知覚したのが2018年くらいだった。

『幻愛 夢の向こうに』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 3月2日放送分
映画『幻愛 夢の向こうに』短評のDJ'sカット版です。

舞台は香港郊外。統合失調症を抱える若者レイ・ジーロックは、病気をコントロールしながら小学校で働いています。ある日、街で偶然であった女性ヤンヤンに一目惚れして仲を深めるのですが、病気を打ち明けられないうちに症状が悪化。幻覚に苛まれるようになります。一方、治療のために通っているセラピーで出会ったのが、臨床心理士を目指す大学院生で、なんとヤンヤンにそっくりの女性イップ・ラム。彼女は統合失調症の症状のひとつ「恋愛妄想」について研究していて、ロックを調査対象にしたいと申し出ます。

トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦

香港では2019年に公開されて社会現象化した本作。監督・脚本・製作は、社会派の劇映画やドキュメンタリーを手掛けてきたキウィ・チョウ。レイ・ジーロックに扮したのは、メインキャストのひとりを演じた『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』が日本でもロングランとなったテレンス・ラウ。イップ・ラムは、台湾で演劇を学んだセシリア・チョイが演じました。
 
僕は公開日2月20日(金)夕方にアップリンク京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

Photon Films (HK) Limited © 2019 All Rights Reserved
1月に短評した中国の映画『愛がきこえる』では、ろう者が主人公でした。そこでは、障がいが外見からすぐにわからないことによって生じる問題に少し言及しました。精神疾患である統合失調症もそうなんですよね。主人公の若者ロックも障がいを持っているけれど、グループセラピーに通ったり、場合によっては薬を服用して症状をコントロールしながら、真っ当な社会生活を送っているわけです。ところが、彼らの場合には、精神疾患への偏見や差別があるという事情から、なかなか地域にすんなり溶け込めなかったり、恋愛感情が芽生えても病気について打ち明けられずに踏み込めなかったりということが現実にあります。自分のことを包み隠さずにはいられないというのは辛いことですよ。受け入れられなかったらどうしようという不安。本当のことが言えない不満。それが、症状を悪化させることがあるとしたら、ますます辛いことです。

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この作品は、アバンタイトルの部分、プロローグに相当するお膳立てのパートが良くできているなと感じます。香港の雑踏の中、ひとりの中年女性が何やら苦しそうな様子でひとり佇んでいたと思ったら、やおら服を脱いで下着姿になる。周囲の人は驚いて距離を置きつつも、好奇の目をスマホに託す野次馬と化している。誰も手を貸さないところへ、ロックともうひとり若い女性が手を差し伸べ、救急車を呼ぶ。それがロックとヤンヤンの出会いです。ロックはすぐに気づいたんですね。その中年女性が幻覚に苛まれてしまっていたことを。序盤ですが、ネタバレしないように注意しますね。このプロローグの終わりで、ロックも実は統合失調症の患者であることがわかるんですが、そのきっかけが実に巧みです。さっき僕が話したカミングアウトの難しさもわかるし、幻の愛と書くタイトルの重みも突きつけられます。そこから今度は、ヤンヤンと似た女性で、臨床心理士を目指す大学院生ラムが登場。ロックのヤンヤンへの想いをより突っ込んで研究するうちに、これは臨床のルールとしてはあってはならないことですが、ふたりの距離が縮まっていく、つまりは禁断の恋愛にもつれ込んでいくという流れです。

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こうして言葉で整理していくと、すごく特殊な恋愛物語のように思えてくるかもしれませんが、監督自身も言っているように、精神医療をきちんと取材してモチーフにしてはいるものの、テーマとしてはもっと普遍的で、人を好きになって愛を求めることの喜びと苦悩です。その意味で、極めて純度の高い恋愛映画と言えます。ロックの事情だけでなく、ラムの取る行動の裏に彼女の過去が影響していることがわかってくる後半はサスペンスの様相を呈しながら、宙吊りになったふたりの恋模様は振り子のように揺れながら強度を増し、やがて決定的な選択を迫られることになります。僕は正直、手に汗握りましたよ。

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現実と幻覚がシームレスに行き来するカメラワークと編集に恐れ入るとともに、僕が注目したのは、ロケーションの妙です。香港の郊外を舞台にしたのは、取材に基づいて、ロックのような境遇の人が人混みを嫌うという事情もあるのでしょうが、団地を舞台にしたことで、あの直線で区切られた人工的な空間が主人公たちの社会からの疎外感や孤独・孤立を画面に浮き彫りにできると踏んだからでしょう。トンネルが3回出てくるのはもちろん偶然ではなく、その閉鎖性を利用しながら、物語が次のフェーズへと移行する、くぐり抜けるという象徴的な意味を持たせていたからです。そして、香港のあの軽鉄、路面電車のような鉄道も頻繁に出てきました。主人公たちを遮ったり、区切ったり、車内の混み具合もキャラクターの心情を示唆していましたし、レールを走るということの社会的な意味も込めていたでしょう。監督の演出は、その意味で的確です。ちょっとアップが多すぎるなという印象もありますが、その分、広い画とのコントラストが活きていました。

異人たち

僕が想起したのは、山田太一原作で2年前にこのコーナーで扱った『異人たち』です。あちらは同性愛がモチーフでしたが、社会にやすやすと受け入れられないマイノリティの恋愛という意味で通底するものがあるし、その分、愛の純度と強度が高まるという作品と言えるでしょう。今作のエンディングは、観る人によって正反対の解釈が可能なオープンエンディングです。それも、タイトル通り、現実なのか幻なのか、愛の行方を観客が持ち帰って考えることができるのは好感が持てます。パンフレットにはロケ地マップも掲載されていまして、香港の旅行気分、生活者気分も味わえる、辛くもあるけれど素敵な作品です。蛇足かもしれませんが、主演のふたりはこの作品をきっかけに付き合い始め、日本で結婚式を挙げました。この難しい役に没入した結果と言えるでしょう。脚本執筆の動機は監督の失恋だったそうですが、幻の愛を通じて現実のカップルが誕生したのはすばらしいことです。
主題歌を担当したのは、小さな塵に埃と書く、英語ではLil' Ashesとして活動する男女2人組のユニットです。この曲はメインボーカルが女性のバージョンと男性のものとあるんですが、今日は主人公ロックの気持ちを意識しながらJonathan Ver.をお送りしました。

さ〜て、次回3月9日に評する作品を決めるべく、おみくじで僕が引き当てたのは、『#拡散』です。いつの間にか「分断」という言葉が当たり前に使われるようになって、ギスギスした雰囲気が広がったり、迂闊には触れにくい話題が増えたり… どなたも身に覚えのひとつやふたつあるんじゃないでしょうか。この分断をテーマにした映画も増えてきていますが、この作品はどこまで深く切り込んで本質に迫るのか。しっかり観てきます。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!

三馬鹿大将!?:イタリアのサイレント映画 弁士付き上映プロジェクト#03

どうも、有北です。

前回、「ようやく糸をつかんだ」と、いかにも物語が大きく動き出したかのような一文を残して終わりました。

さて、その糸の先は絡まっていたのか、天国につながっていたのか、それともただの毛糸玉だったのか。今回はきちんとご報告したいと思います。

 

結果から言いますと、その糸の先にあったのは、イタリア・トリノ。具体的には、トリノ国立映画博物館です。しかも、デジタルアーカイブ担当の方と直接つながることができました。
めちゃくちゃ有能な、とある協力者さまのお導きによって、道が一気に開けたのです。

届いたメールを開くと、博物館所蔵のサイレント映画作品リストがずらり。まさに宝の山。しかも、視聴可能なリンク付きという大盤振る舞い。

 

これよ。
僕たちはこれを待っていたんです。

 

とはいえ、浮かれてばかりもいられません。上映権は? 料金は? ロマンの裏には、必ず現実という魔物が待ち受けています。重要事項を確認するために、国立映画博物館のご担当者であるカルタさんに、野村雅夫がうやうやしくメールをしたためました。
「carta」はイタリア語で「紙」。でも僕たちにとっては完全に「神」です。

 

自己紹介から始まり、プロジェクトのあらましを伝え、所蔵作品の上映条件について教えてほしい、と丁寧にお願いしました。

メール送信から、わずか50分後。

返信が届きました。しかも、かなりの長文で。

「知り合うことができて光栄です」
「プロジェクト、とても面白いと思います」

と、非常に前向きな返答をいただいたんです。条件は今後交渉の必要がありますが、正式な手続きを経れば、上映用の高解像度データも提供できる、と。

ここ数か月たちこめていた深い霧が、ウソのように晴れた瞬間でした。

 

アーカイブを覗き込むと、動画数は300本超。無声映画以外も含まれていますが、いずれにせよ宝の山。スクロールする指が止まりません。

さらに、それとは別に、コメディ作品のリストまで送ってくれていました。
僕たちが協力者さまに「まずはコメディが入口として分かりやすいのでは」と伝えていたからでしょう。独自にピックアップした作品を、丁寧な解説付きでまとめてくれていたのです。

そこで名前が挙がっていたのが、当時のイタリア無声映画界を代表する喜劇スター、クレティネッティ、ロビネット、トントリーニのお三方。

 

実は、イタリア映画祭の初代プロデューサー・古賀太さんの近著『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』(集英社新書)でも、この三人はきちんと取り上げられています。つまり、イタリア映画史の中でも、彼らはちゃんと重要な存在なのです。

永遠の映画大国 イタリア名画120年史 (集英社新書)

さらに言えば、この三人、実は百年以上前の日本人も観ていました。
日本で無声映画が盛んに封切られていた時代、イタリアから輸入されたサイレント映画は大衆を楽しませていたコンテンツのひとつでした。

しかも、その人気ぶりを物語るように、彼らにはそれぞれ「日本名」がついていたのです。

明治・大正期には、外国人名を日本人風に置き換えるのはごく一般的な翻訳手法でした。
たとえば『ああ無情』のジャン・バルジャンが「長兵衛」、シャーロック・ホームズが「鯱男(しゃちお)」などと呼ばれていた時代です(翻訳者によるので、画一的な訳語があるわけではないですが)。

そんな頃、お三方もまた日本名を授かっていました。以下、順に紹介したいと思います。

① クレティネッティ

フランスのパテ社からイタラフィルムへ移り、「クレティネッティ」として売り出された喜劇スター。その日本名は、“新馬鹿大将”。

「クレティネッティ」は「cretino(バカ)」からの名称ですから、訳としてはなかなか秀逸です。ただ、原語では「おバカさん」くらいのニュアンスなのに、日本では堂々の“大将”。この格上げ感がたまりません。

ちなみに「新」があるなら「旧」があるのか。
あります。

元祖「馬鹿大将」は、あの
“ドン・キホーテ”。

風車を巨人と思いこみ突撃をかました馬鹿界の重鎮は、かつて、このように名誉ある日本名を冠されていました。1906年、パテ社製作の『ドン・キホーテ』が、『馬鹿大将』の邦題で好評を博していたのです。
その称号を受け継ぎ、ある意味で更新したのがクレティネッティ。馬鹿界にも、ちゃんと世代交代があったわけです。

② ロビネット

続いて、ライバル会社アンブロジオ社が売り出したロビネット。

その日本名は“薄馬鹿大将”。

さっきまでどこかヒーロー感すら醸し出していたのに、こちら、急に小物感が漂ってきました。

しかしその庶民的な響きが功を奏したのか、別名までありました。

“ダムくん”。

なかなかな方向転換です。こちらはアメリカでの呼び名「Tweedledum」(『鏡の国のアリス』の登場人物名から借用)が由来とのことで、その響き、親近感はハンパじゃありません。「怪物くん」「忍者ハットリくん」を思わせる“くん”文化の萌芽すら感じさせます。

③ トントリーニ/ポリドール

チネス社で「トントリーニ」として登場し、その後パスクワリフィルムに移った後は「ポリドール」という名前で売り出された俳優です。

まず、トントリーニ時代の日本名は、

“トンくん”。

トントリーニのトンを取って「トンくん」。実に素直なネーミングです。

ところがポリドールに改名した後の日本名は、

“ポリドロ”。

そこは「ポリくん」ちゃうんかい。
急にカタカナ直輸入になっちゃうんですよね。しかも「大将」の系譜がここで完全に途絶えるというドラマチックな展開も見逃せません。

 

いずれにせよ、「新馬鹿大将」「薄馬鹿大将」「ダムくん」「トンくん」「ポリドロ」と、三名しかいない俳優に対して呼び名が五つもある。しかも、そのニュアンスはそれぞれにバラバラ。このちょっとカオスな状況こそ、当時の西洋文化と日本文化がエネルギッシュに混じり合っていた証のようで、なんとも興味深いです。

 

改めて各種資料を丁寧に読み込み、日本を席巻した三馬鹿トリオの受容史を、もう一段深く掘り下げてみたいです。もし当時の上映ポスターやチラシが発掘できたら、めちゃくちゃテンション上がります。

たとえば、「新馬鹿大将 堂々登場!」なんてポスターが出てきたら震えますよね。上映前にそのポスターを見るだけでも、場の空気は一気に百年前へとつながるはずです。

チャップリンやバスター・キートンほど広く記憶されてはいないかもしれません。けれど、彼らは確かに日本のスクリーンに立っていた。

そんな百年前の「大将」たちが、ふたたび鬨(とき)の声をあげるときが来たのです。

「なんちゃって弁士」を目指すふたりの2019年の姿(ポンデ雅夫と有北クルーラー)。
トリノのシンボルである建築、イタリア国立映画博物館の上にて。

そして実は、大将たち以外にも、アーカイブの中からすでにいくつか強く心をつかまれる作品に目星をつけています。これらについても今後ちらりと紹介していきたいと思いますので、どうぞ、引き続きお付き合いください。

2017年:イタリア映画 公開・上映リスト2015-2025

2015年から2025年までに日本で公開されたイタリア映画のリストを、1年ごとにこちらのブログに掲載していきます。連載3回目の2017年です。簡単におさらいさせてもらいますと、こちらのリストで扱っている「イタリア映画」の定義は――

 

①ネット配信ではなく、実際のスクリーンで上映されたもの。

②中編・長編映画。短編は除く。

③製作国が共同の場合は、明らかにイタリアが主導だろうという場合のみリスト入り。

 

以上、3点です。いろいろ調べていったら、何をもってしてイタリア映画というべきか……という疑問が立ちはだかり、大いに悩まされました。そんな悩みから生じるブレで、リスト漏れしている作品もあるかもしれないし、地方の小さな映画祭の情報など、取りこぼしもあるかもしれない。ただ、できるかぎり上記の3つの定義に従ってリストアップしたということでご容赦ください。リストの最後に解説も書いています。ぜひ最後まで読んでみてください。

 

2017年

【劇場公開】

ジャンフランコ・ロージ監督

『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』

配給:ビターズ・エンド

Gianfranco Rosi, Fuocoammare, 2016

海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~(字幕版)

 

ルキノ・ヴィスコンティ監督

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』

配給:アーク・フィルムズ

Luchino Visconti, Ossessione, 1942

※2Kリマスター版

 

ルキノ・ヴィスコンティ監督

『揺れる大地』

配給:アーク・フィルムズ

Luchino Visconti, La terra trema, 1948

※2Kリマスター版

 

ルキノ・ヴィスコンティ監督

『家族の肖像』

配給:ザジフィルムズ

Luchino Visconti, La terra trema, 1974

※デジタル修復版

 

パオロ・ジェノヴェーゼ監督

『おとなの事情』

配給:アンプラグド

Paolo Genovese, Perfetti sconociuti, 2016

おとなの事情

ガブリエーレ・マイネッティ監督

『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』

配給:ザジフィルムズ

Gabriele Mainetti, Lo chiamavano Jeeg Robot, 2015

皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ [DVD]

 

ダニエレ・ルケッティ監督

『ローマ法王になる日まで』

配給:シンカ、ミモザフィルムズ

Daniele Luchetti, Chiamatemi Francesco, 2015

ローマ法王になる日まで [DVD]

 

パオロ・ヴィルズィ監督

『歓びのトスカーナ』

配給:ミッドシップ

Paolo Virzì, La pazza gioia, 2016

歓びのトスカーナ(字幕版)

 

マルコ・ベロッキオ監督

『甘き人生』

配給:彩プロ

Marco Bellocchio, Fai bei sogni, 2016

甘き人生 [DVD]

 

長谷井宏紀監督

『ブランカとギター弾き』

配給:トランスフォーマー

長谷井宏紀, Blanka, 2015

ブランカとギター弾き(字幕版)

 

ソフィア・コッポラ監督

『ソフィア・コッポラの椿姫』

配給:東北新社

Sophia Coppola, La traviata, 2017

 

イヴァーノ・デ・マッテオ監督

『はじまりの街』

配給:クレストインターナショナル

Ivano De Matteo, La vita possible. 2016

はじまりの街 [DVD]

 

フェデリカ・ディ・ジャコモ監督

『悪魔祓い、聖なる儀式』

配給:セテラ・インターナショナル

Federica Di Giacomo, Liberami, 2016

悪魔祓い、聖なる儀式(字幕版)

 

【映画祭・特集上映】

〈第一回東京国際ろう映画祭〉

ジュゼッペ・M・ガウディーノ監督

『あなたたちのために』

Giuseppe M. Gaudino, Per amor vostro, 2015

 

〈イタリア映画祭2017〉

ロベルト・アンドー監督

『告解』

Roberto Andò, Le confessioni, 2016

※2018年『修道士は沈黙する』の邦題で劇場公開

修道士は沈黙する [DVD]

 

クラウディオ・ジョヴァンネージ監督

『花咲く恋』

Claudio Giovannesi, Fiore, 2016

 

アレッサンドロ・コモディン監督

『幸せな時はもうすぐやって来る』

Alessandro Comodin, I tempi felici verranno presto, 2016

 

ジュゼッペ・ピッチョーニ監督

『かけがえのない数日』

Giuseppe Piccioni, Questi giorni, 2016

 

エドアルド・デ・アンジェリス監督

『切り離せないふたり』

Edoardo De Angelis, Indivisibili, 2016

 

ロアン・ジョンソン監督

『ピューマ』

Roan Johnson, Piuma, 2016

 

マルコ・ダニエリ監督

『ジュリアの世界』

Marco Danieli, La ragazza del mondo, 2016

 

ピエルフランチェスコ・ディリベルト監督

『愛のために戦地へ』

Pierfrancesco Diliberto, In guerra per amore, 2016

 

エドアルド・レオ監督

『どうってことないさ』

Edoardo Leo, Che vuoi che sia, 2016

 

シドニー・シビリア監督

『いつだってやめられる-マスタークラス』

Sydney Sibilia, Smetto quando voglio – Masterclass, 2017

※2018年『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』の邦題で劇場公開

いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち

 

フランチェスコ・ブルーニ監督

『君が望むものはすべて』

Francesco Bruni, Tutto quello che vuoi, 2017

 

マルコ・ベロッキオ監督

『スイート・ドリームス(仮題)』

Marco Bellocchio, Fai bei sogni, 2016

※2017年『甘き人生』の邦題で劇場公開

 

パオロ・ヴィルズィ監督

『歓びのトスカーナ』

Paolo Virzì, La pazza gioia, 2016

※2017年劇場公開

 

イヴァーノ・デ・マッテオ監督

『La vita possibile(原題)』

Ivano De Matteo, La vita possible, 2016

※2017年『はじまりの街』の邦題で劇場公開

 

マルコ・ベロッキオ監督

『夜よ、こんにちは』

Marco Bellocchio, Buongiorno, notte, 2003

夜よ、こんにちは [DVD]

 

マルコ・ベロッキオ監督

『結婚演出家』

Marco Bellocchio, Il regista di matrimoni, 2006

結婚演出家(字幕版)

 

パオロ・ヴィルズィ監督

『カテリーナ、都会へ行く』

Paolo Virzì, Caterina va in città, 2003

 

パオロ・ヴィルズィ監督

『来る日も来る日も』

Paolo Virzì, Tutti i santi giorni, 2013

 

シドニー・シビリア監督

『いつだってやめられる』

Sydney Sibilia, Smetto quando voglio, 2014

※2018年『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』の邦題で劇場公開

いつだってやめられる 7人の危ない教授たち

 

〈午前十時の映画祭8〉

ロベルト・ベニーニ監督

『ライフ・イズ・ビューティフル』

Roberto Benigni, La vita è bella, 1997

ライフ・イズ・ビューティフル (字幕版)

 

〈EUフィルムデーズ2017〉

マッテオ・ガローネ監督

『五日物語 -3つの王国と3人の女-』

Matteo Garone, Il racconto dei racconti, 2015

 

〈映画で旅するイタリア2017〉

フランチェスコ・ミッチケ監督、ファビオ・ボニファッチ監督

『やつらって、誰?』

Francesco Miccichè/Fabio Bonifacci, Loro chi?, 2015

loro chi?

 

クリスティーナ・コメンチーニ監督

『ラテン・ラバー』

Cristina Comencini, Latin lover, 2014

 

クラウディオ・クペッリーニ監督

『アラスカ』

Claudio Cupellini, Alaska, 2015

 

〈Viva!イタリアvol.3〉

ジェンナーロ・ヌンツィアンテ監督

『Viva!公務員』

Gennaro Nunziante, Quo vado?, 2015

 

シルヴィオ・ソルディーニ監督

『日々と雲行き』

Silvio Soldini, Giorni e nuvole, 2007

 

ピエルフランチェスコ・ディリベルト監督

『マフィアは夏にしか殺らない』

Pierfrancesco Diliberto, La mafia uccide solo d'estate, 2013

マフィアは夏にしか殺らない [DVD]

 

〈SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2017〉

マルコ・セガート監督

『父の足あと』

Marco Segato, La pelle dell’orso, 2016

 

〈カナザワ映画祭2017〉

セルジョ・レオーネ監督

『ウエスタン』

Sergio Leone, C'era una volta il West, 1968

ウエスタン (字幕版)

 

ヴァレリアン・ボロヴツィク監督

『尼僧の悶え』

Walerian Borowczyk, Interno di un convento, 1978

 

ピエル・パオロ・パゾリーニ監督

『ソドムの市』

Pier Paolo Pasolini, Salò o le 120 giornate di Sodoma, 1975

 

 

〈ワールド・エクストリーム・シネマ2017〉

ステファノ・ソッリマ監督

『暗黒街』

Stefano Sollima, Suburra, 2015

 

〈山形国際ドキュメンタリー映画祭〉

ルイジ・ペレッリ監督

『ファタハ:パレスティナ』

Luigi Perelli, Fatah: Palestine, 1970

 

〈第30回東京国際映画祭〉

シルヴィア・ルーツィ監督、ルカ・ベッリーニ監督

『ナポリ、輝きの陰で』

Silvia Luzi/Luca Bellino, Il Cratere, 2017

 

タヴィアーニ兄弟監督

『レインボウ』

Fratelli Taviani, Una questione privata, 2017

 

【解説】

2月に劇場公開された『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』は、2013年に『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を獲得したドキュメンタリー映画監督ジャンフランコ・ロージの新作。しかもこの作品でロージはベルリン国際映画祭金熊賞を獲得し、三大映画祭2冠を達成している。アフリカから地中海を渡りヨーロッパへ密航する難民・移民たちの最初の到達点であるイタリアのランペデゥーザ島の暮らしを描いたドキュメンタリー映画で、非常にアクチュアルかつ芸術性も高いが、日本で大ヒットにはいたっていない。

 

そしてこの年はパオロ・ジェノヴェーゼ監督『おとなの事情』も劇場公開された。ホームパーティーで7人の男女が自分のスマホにかかってきた電話や届いたメールをその場で発表し合うゲームを始めて、それぞれ関係が壊れ大惨事になっていく密室劇。俳優陣も豪華でこれを見ておけば2010年代のイタリア映画の基本が押さえられるという入門書的作品だった。

 

長谷井宏紀監督『ブランカとギター弾き』もこの年に公開だ。日本人監督がイタリア制作チームと撮影したフィリピンが舞台のフィクション映画ということで、長きにわたり自分のなかでは謎映画だったのだが、この文章を書くに際してアマプラで視聴した。長谷井監督は20代の頃にヨーロッパで活動していてエミール・クストリッツアとも交友があるという特異な経歴の持ち主。そのなかで知り合ったイタリア人プロデューサーからの提案でヴェネツィア国際映画祭の助成金に応募したところ、採用されて制作されたのがこの映画だそうだ。フィリピンの貧民街を舞台に、孤児の女の子と盲目のギター弾きの交流を描いた物語で、作品に漂う無国籍な雰囲気がよかった。普段イタリア語に関わる仕事をしていると、作品を「イタリア映画」という枠組みに収めて考えてしまいがちだが、本来はこういう国籍が定義できないカオスな状態こそが映画の正解なのかもしれない。




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