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第1669回 目があることで、かえって見失われていることもある。

 家の周辺の桜が、かなり満開に近づいてきた。明日と明後日、京都で、フィールドワークとワークショップを行いますが、京都の桜を愛でるのに、ちょうどいい頃合いだと思う。
 ワークショップを東京と京都で毎月交互に行なって、今回で40回目、毎回、土日の二日行なっているので、述べ日数で80日。不思議なことに、一度も雨に降られたことはない。39度の猛暑日もあれば、氷点下に近い気温の時もあったけれど、雨さえふらなければ、古墳の上にも登りやすい。
 それで毎回、100ページを超える資料を作っていて、終わった後にPDFで参加者に送っている。たぶん、全てに目を通す人は限られているだろうなと思いながら、今も、明日と明後日のために準備している。
 まあ自分の頭の中を整理するという意味合いが強いので、労苦だとはまったく思っていないけれど、なにせ情報量が多すぎ。自分でもそう思う。大学の講義ならは、この一回分を一年かけてやってもいいのではないだろうかと思う時もある。
 なぜそうなってしまうのかというと、全体の一部の断片的情報にしたくなくて、とにかく細部のことが頭に入らなくても、全体像を伝えたいという思いが強いから。大事なのは、情報を覚えることではなく、時空を体感することだから。
 だから、せっかくつくった資料も、大学の講義のように1ページずつ丁寧に解説するといったことはやらない。そんなことやっていたら1日で終わらないから。
 でも、そういう方法で3年半やってきて、本の方も6冊作ってきたのだけれど、同じことを続けてもダメだろうなということも、同時に思っている。
 歴史というものは、丁寧に見ていくと、情報量が膨大にある。それはそうだ。この1年や10年を詳細に記述するだけでも大変なことになるはずで、数十年、数百年という歴史ともなれば、実態は複雑怪奇。だからその反動で、「3日で日本の歴史がわかる」という類の、大雑把すぎる、記号の羅列だけの、義務教育の教科書をさらに薄めただけの本が数多く出版されている。わかったつもりになるには、その程度でいいだろうということで。
 そんなお手軽なものは、歴史の実態とは程遠い。けれども、歴史の実態は、膨大な情報で解説すれば伝わるということでもない。この問題を、どうするのか?
 私の漠然とした実感では、神話というものは、この問題に対する古代人の解答だったのではないかと感じている。
 神話は、事実の列挙でもないし、だからといって作り話でもない。
 歴史の実態を、状況説明の記録という形ではなく、抽象化するという方法で描いている。歴史の真相、そのリアリティだけを伝え残すために。
 しかし、言葉そのものとの付き合い方が、古代人と現代人では異なってしまっているため、現代人は、神話からリアリティを抽出することが難しくなっている。
 現代人は、今、目の前の現実に対して役に立つかどうかの情報を得るために、もしくは、しんどい現実から目を逸らす息抜きのために言葉と付き合うことが多いから。
 話は変わるが、私の古くからの友人で、緑内障のために失明してしまった男がいる。
 時々会って、彼の話を聞くのが面白い。
 目が見えない私の友人は、目が見えないからといって文字と無縁なのではない。
 まず、点字という方法で膨大な読書を行なっている。トルストイの『戦争と平和』を読み終えたとか、今は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の第三巻で、次は、ゲーテを読もうと思う。そして、ニーチェを読んだ方がいいかどうかを私に聞いてきたり、だったらダンテの『神曲』を先に読んだ方がいいんじゃないかといった話をしている。もちろんそこに『源氏物語」なども入ってくるけれど、いわゆる古典を、徹底的に、点字で読んでいく。
 そうすると、人類の意識の深層にある水脈を手で探るような感覚になるらしいのだ。
 点字というのは、指先の感覚を言語化するわけだけれど、慣れる前はものすごく時間がかかるけれど、慣れてくると、文字を目で読むより速くなるようなのだ。文字を読む場合でも速読できる人がいるが、ああいった感じで、一文字ごとに意識が止まらずに、指先でストーリーを掴んでいくらしい。
 この前のワークショップに参加してくれた日本を代表するジャズピアニストが、この話にとても興味を持って、というのは、自分が独学でピアノを覚えて弾いてきた感じが、まさにそうだからだと。私は、10代の頃、わりと算盤を熱心にやっていて、中学生の時には明石市で一番だったのだけれど、算盤の珠を掴む感じもまさしくそうだ。数字を記号的に捉えているのではなく、指先の掴みのボリュームで捉えながら、算盤をやっていない人がみたら奇跡的としか思えない速度で計算できる。暗算も同じ方法で、架空の算盤が頭の中にある。
 左脳と右脳の違いなのかどうかわからないが、視覚からの情報を左脳で整理しながら世界を理解していくのではなく、目をつぶっていても、耳で聞いて、手触りで、算盤の珠を弾いたり、ピアノの鍵盤を自由自在にたたきながら世界を立ち上げることができる。
 そして、盲目の友人は、かつてはプログラマーだったのだけれど、今は、どんな仕事をしているのかというと、議事録を作ること。
 録音テープを耳で聞いて、それを文章化する仕事なのだが、そういう仕事は、目が見えてパソコンのブラインドタッチがものすごく速い人の方が適していると、ふつうには思う。
 目が見えない人で、ふたんは点字で本を読んでいるのに、なぜ、そして、どのように文字打ちができるのか?
 実は、目の見えない人のための文字打ち用の設定が、キーボードできる。
 一般的には、ローマ字入力であれ、カナ入力であれ、日本語の場合は、打ち込んだ後に必ず候補漢字がいくつか表示されて、それを選ぶことになる。
 しかし、目の見えない人は、いくつかの漢字候補から選択することができない。
 そのため、彼の文字打ちは、まず耳で聞いた漢字の「音」の頭を入れる。たとえば、「森林」ならば、「しん」の「し」、その後すぐに、訓読みの「もり」の「も」を打ち込んで変換する。この「音」と「訓」がまったく同じ漢字は存在しないそうだ。
 そして複雑な漢字の場合、部首を打ち込む。竹冠だと、「た」と。そこから、音と訓を組み合わせていくのだという。
 その話を聞くだけでも、目の見える私は頭がこんがってくるのだが、彼は、その一連の流れを高速で行うのだ。つまり全ての漢字が、音と訓で成り立っているということを当たり前のこととして認識し、さらに、草冠なのか、竹冠などかといった造形の部分も、明確に認識できていなければならない。
 実は視覚に頼ってタイプ打ちをしていると、漢字の細部がおぼろげになって実際に手で書けなくなってしまう。
 線の一つひとつを、実際に手を動かしながら書いておかないと、脳は忘れてしまう。
 目に頼ることは、そのように身体性の喪失や、欠如につながり、その分、記憶化が損なわれる。
 私が日本の古層のワークショップを行う際にフィールドワークを重視し、せっかく作った膨大な資料の細部を細かく解説せずに、だいたいの感じで全体像を把握してもらいたいと思っているのも、そうした問題意識があるから。
 知識情報は、左脳領域で整理して覚えても、それはただの情報処理で、理屈だけ覚えて実際の生きる力に結びついてこないし、すぐに脳から消えてしまうという気がするのだ。
 学校教育の歴史のテストのために必死で覚えた年号とか人物名その他のことが、社会に出てからは、すっかり頭から消えているように。
 現代人のような視覚依存ではなく、五感全体で世界を把握していた古代人は、このことを踏まえて、歴史の実態(とくに変化の様相)を伝え残すために、神話を創造したのだと思う。
 だから、その神話や歴史を、左脳で情報整理しても、その真相はわからない。神話や歴史の真相を、体感し、体験するのは、どうすべきなのかを、今、私は考えて実践しなくてはならないと思ってる。
 上述してきた内容を、古事記のなかで象徴的に描いているのは、スサノオによるオオゲツヒメ殺し。
 スサノオを、自然の荒ぶる神だと解釈している専門家も多いのだけれど、そうではなくて、スサノオというのは、文明化された人間世界を象徴する気まぐれ神。
 オオゲツヒメは、とても美味しい料理を作り、それを食べたスサノオは満足していた。
 しかし、スサノオは、その料理が、どのように作られているのか気になって、料理現場を見た。
 そうしたら、オオゲツヒメは、口や尻から出したものを盛り付けていて、スサノオは、そんな汚いものを食べさせたのかと怒り狂い、オオゲツヒメの身体をバラバラに割いて殺してしまった。
 目で見て、汚いという分別も持ったことが、スサノオの虐殺につながった。スサノオの目が見えなかったら、味覚と嗅覚と触覚だけで、十分満足していただろう。
 自然界では、糞は、次の生命の糧であり、綺麗とか汚いという分別はない。スサノオは、現代人のような、反自然で、自分都合の分別で世界を認識する存在を象徴している。
 味覚や嗅覚などは、人間ではなくどんな動物でも、生存に直接結びついているし、野生の世界では、視覚よりも嗅覚や聴覚の方が、人間には想像できないくらい敏感な動物が多い。
 視覚重視は、味覚や嗅覚など他の感覚に比べて、人間の都合分別とつながっている傾向が強い。
 皮肉なことに、その人間の都合分別が、大事なことを見失わせる。
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5月2日(土)、5月3日(日)に、東京でフィールドワークショップを行います。
お申し込み、詳細は、ホームページアドレスからご確認ください

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