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第1642回 この時代の知性と知恵

高市首相が、自らがこの国のリーダーに相応しいか国民の審判を問うべく、来年度予算案の審議を遅らせてまで解散総選挙という決断を下した。
 これは、与党が過半数を割る現状において、野党の顔色を伺いながらの政治を良しとしない彼女の強い意志の表れだろう。   
 背景には、積極財政への大転換、安全保障政策の抜本強化、そしてインテリジェンス機能の強化といった自らの政治目標を、盤石な支持基盤のもとで強力に推し進めたいという執念が感じられる。
 この「強引さ」とも取れる姿勢が、国民にとって吉と出るか凶と出るか。
 与党が過半数に達しない状態は、政治の停滞を招く一方で、性急で独断的な政治に対する「牽制」として機能する。
 しかし、野党勢力が全否定的な反対を繰り返せば改革は停滞し、国民の野党への信頼も失われていく。
 かといって、かつての小泉政権のような「ワンフレーズ・ポリティクス」による改革は、一時の爽快感(スッキリ感)はもたらすが、複雑な細部を「ノイズ」として切り捨ててしまう。その皺寄せは、後になってじわじわと社会に現れてくる。

 日本は歴史的に、特定の個人に権力が集中しない政治システムを選択してきた。
 そのため、日本の政治は不透明でスピード感に欠けるといった批判も多い。
 実際、グレーゾーンを耐え忍ぶ力の弱い人ほど、明瞭で透明、かつ迅速な決断を求める傾向にある。
 しかし、私たちが冷静に見極めるべきは、自身が求めているのが「改善」なのか「改革」なのか、あるいは根底から覆す「革新」なのかという点だ。
 現在、国内で動乱が続くイランであれば、政府の「改善」程度では国民は納得しないだろう。翻って日本はどうだろうか。
 経済競争力の低下や所得水準の停滞への不満から「改革・革新」を叫ぶ声がある一方で、年金や社会保障などの切実な制度については、急進的な変化よりも、現状をより良くする「改善」を望む声も根強いような気がする。

 日本の歴史を振り返れば、明治維新や戦後復興のように短期間で劇的な「革新」を成し遂げる圧倒的な爆発力がある一方で、高度経済成長期のように、終身雇用といった独自の慣習を維持したまま、泥臭い「改善」の積み重ねで経済大国へと登り詰めた時代もあった。
 今、高市首相が掲げる「大転換」や「抜本強化」という言葉は、戦後80年で最も危機的な状況であるという認識に基づいている。しかし、限られた予算のなかで何かに比重を置けば、必ずどこかに皺寄せが出る。威勢の良い掛け声は、一面に向けたもので、その裏側で大切なものが平気で切り捨てられてはいないか。

 日本人は、物事が明確になる前は優柔不断に見えるが、一度方向が決まると極端に割り切り、それまでの過程を省みなくなる性質がある。だからこそ、私は、反対勢力との対話や妥協を重ねながら少しずつ進む「改善」のプロセスこそが、この国には適しているのではないかと思っている。
 日本人は本来、複雑なものを複雑なまま、灰色の部分は灰色のまま維持して進むことを得意としてきた。しかし、こと「単純化」においては、極端な二者択一に陥りやすい。

 今という時代に求められているのは、「曖昧なものを曖昧なまま、物事をシンプルに捉えて具現化していく」という高度で本質的なアプローチだ。
 物事を単純化しようとすれば、通常は「白か黒か」をはっきりさせ、解像度を落として大切なニュアンスを切り捨ててしまう。そうではなく、曖昧さを許容したまま物事を進めるシンプルなフレームワークが必要なのだ。
 例えば、現時点でのAかBかの二択ではなく、将来の大きな方向性だけを共有し、現時点との距離を「程度」として捉え、残りの空白は進みながら埋めていくという手法。あるいは「メタ認知」によって、相反するAとBの間で揺れ動く状況そのものを一つの構造として俯瞰する視点。
 これは政治に限らず、具体性が生命線である経営や、表現活動においても同じである。
 昨日、私がNHK椎葉村のドキュメントに対して、かなり批判的なことを書いたのは、切り捨てる単純化が平気で行われていたからだ。それが、いくら視聴者を、いい気持ちにさせるためだとしても、切り捨てられる側に立てば、見過ごすわけにはいかない。
 番組の制作者は、椎葉世界を、タイトルで掲げている「秘境」の色合いの強いものにしようとした。
 そして、権威ある柳田國男が紹介した「猪の狩猟」と「焼畑」に焦点を当てて、自然との対話を演出するための「はちみつ採取」は取り上げたものの、それ以外のものは見せなかった。
 1年のあいだ取材を続けていれば、神楽の準備や、神楽に向けた盛り上がり、そして神楽の本番に巡り合わないはずがない。椎葉の神楽は、1日で終わるわけではなく、向山地区だけでも、4つの集落が、週に1回ずつ交代で、4週連続で行われる。
 この椎葉の神楽は、ユネスコ無形文化遺産登録を目指しており、その実現性は高く、村の人たちの誇りと志は高い。
 この歴史に対する誇りが、いったんは村を出ていった人々の村への帰還を促す流れになる可能性もある。
 こうした”活気”は、秘境というイメージにふさわしくないと判断したのか、切り捨てられた。
 そもそも取材しなかったのか、取材したにもかかわらず、テーマに合わないということで編集で除外されたのか。
 こうした単純化による情報のミスリードが、危険なのだ。
 国民に対して大きな情報影響力をもっている存在でありながら、国に人事と予算を握られているNHK
 国民にとって、そして椎葉村にとって、より良い情報伝達は、NHK一つに振り向けられている国の予算を、10人の志の高い映像作家に与え、それぞれの視点で1年間取材してもらい、その総合的な世界を伝えられることだろう。
 国の予算を一つの報道局に集中し、その一つが、恣意的に情報を単純化していくことほど、国民にとって危ういことはない。  

 古くから賢人は「複雑なものを複雑なまま扱えるのが知性であり、それを壊さずに整理するのが知恵である」と述べてきた。  
 強いリーダーシップや明快な言葉による説得力だけで政治家の優劣を判断するのは、国の行く末を考えても危うい。
 真に優れた政治家とは、複雑な現実を複雑なまま引き受ける「知性」を備え、それを壊さずに秩序をもたらす「知恵」を持った人のことを指すのではないだろうか。

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