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第1634回 本橋成一さんの慈しみ

 本橋成一さんが、85年の人生をまっとうされた。
 本橋さんには、風の旅人での掲載で何回もお世話になり、東中野のポレポレで、何度かイベントも行わせていただいた。
 2000年代、池袋のうどん屋で行っていた月一回の飲み会も、本橋さんは常連だったし、小栗康平さんの新作映画のための温泉合宿を、雪深い群馬の法師温泉で一緒に行ったこともあった。
 東北大震災の後、私が東京を離れようと考えていた時には、本橋さんの別荘がある八ヶ岳麓で、一緒に土地探しをしてくれた。
 その頃、私は毎週一つずつ縄文土器を作っていて、東京では野焼きができないから、本橋さんの八ヶ岳の別荘で、何回か焼かせてもらった。

 本橋さんは、写真家であり、その真摯なドキュメントスタイルを貫いて、何本か映画も制作した。
 本橋さんの映画デビューは、1986年に起こったチェルノブイリ原発の爆発事故で被災した小さな村の物語だった。
 畑からも森のキノコからも放射能が検出されるのに、不思議なことに<泉>の水からは検出されない。
 汚染された土地に滾々と湧く<奇跡の水>の力によって、村人たちは生き続けている。その姿を、本橋さんは、美しいモノクロームの映像で、静謐に描き出していた。
 本橋さんの眼差しは、「事件」よりも「いのち」に向けられていた。
 その美しすぎる映像のためか、チェルノブイリ原発事故に関して取材を行っていた広河隆一氏が、異議を唱えた。
 広河氏は、「放射能事故の危険性を軽視している」とか、「原発事故という問題自体を放置することは、次に出る犠牲者に対する責任が問われることになる」と主張した。
 広河氏のスタンスは、この問題に対する責任を追求し、批判することであり、その延長線上で、彼は、フォトジャーナリズム雑誌『Days Japan』を始めることになったのだが、本橋さんのスタンスは違っていた。責任を、誰か特定個人(もしくは団体、国家)に負わせるために、そして自分の正義の主張のために、そこで生きている人たちを「利用する」という発想になれなかった。
 広河氏が、雑誌メディアを通じて「正義」を主張しながら、その陰で、若い女性に対する性暴力を繰り返していたことは、けっきょく、自分のために「正義の場」を利用していたと批判されてもやむを得ない。
 本橋さんは、チェルノブイリ原発事故の被災地を訪れて、コンクリートで全体を覆われた発電所や廃墟となった都市、放射能で重い障害をおった子どもたちの姿を前に、胸を痛めた。それがあまりにも強烈な体験だったからこそ、「写真など撮れるものではない」と感じた。
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ぼくが初めてチェルノブイリとチェチェルスク地区を訪れたのは事故から五年後の春だった。
 石棺と呼ばれる四号炉の前に立たされた時、ただピイピイと鳴り続ける測定器の音に、恐れをなして逃げ出してしまった。熱くも冷たくも痒くもない、そして目に見えない、匂いもしないことの恐ろしさを、その時初めて知った。チェルノブイリ原発は、ぼくにとってやはり辛いところだった。
 白血病甲状腺癌の子供たちを病院に見舞った時はもっと辛かった。遠方から来たぼくのために、抗癌剤で髪の毛が抜け落ちた子どもたちが、だるい体をベッドから起こして迎えてくれる。ぼくはこの場で最小限のシャターしか押すことができなかった。ぼくら大人たちが物質の豊かさ、便利さを求めた結果がこの子どもたちの姿なのだと思うと、思わず「ごめんなさい」としか言えなかった。ぼくにはこの子供たちを写してチェルノブイリの悲劇を伝えることはできない。ぼくがここに来ても何の役にも立たないと思ったのだった。
 本橋成一(風の旅人 第7号より) 
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風の旅人 第7号より

 戦争問題にしろ、環境問題にしろ、世間の人々がすでに認識済みの正しさを声高に主張することが、世の中の問題を乗り越えていく唯一の方法ではない。
 特定の誰かを批判することで、自分自身の問題から目を背けてしまうようでは、何にもならない。
 自分なんか何の役にも立たないと自覚する本橋さんは、そこに暮らす人々と少しずつ関係を深め、そして、長く深く関わって、何を伝えるべきかと考えた。 そして、人間の愚かさによって壊されてしまったものを強調するのではなく、壊してはいけないと痛切に感じさせる世界を描きだすというアプローチを行った。
 この美しい世界を壊したくない、壊してはいけないと痛切に願う気持ちが、見る者の魂に宿ることが大事。
 本橋さんは、自分のやっていることを大きな声でアピールしたり、スローガンを唱えて煽動するのではなく、小さな声で心の扉を叩くように語りかけていた。
 本橋さんの写真や映画の中に登場する実在の人物たちは、彼らにとって当たり前の日常を、当たりまえに生きているけれど、その当たりまえのことが実に美しい。
 本橋さんの作品の魅力は、本橋さんの対象を慈しむ眼差しにある。
 人間の愚かさや罪深さを踏まえたうえ、人間を慈しみ、人間の未来を祈ること。
 そして本橋さんは、世間の標準的な枠組みから外れた人たちに対する眼差しが優しかった。それは同情心ではなく、その味わい深さを、とても好ましく感じながら、ともに過ごす時間を楽しんでいるようで、人間以外の何を被写体にしても、それは変わらなかった。
 私たちが生きているこの世界は、近代合理主義の価値観に覆いつくされているけれど、この価値観が最も損なっているのは、人や物事を慈しむことではないかと思う。戦争に限らず、性暴力も含めて、あらゆる暴力の根は、そこにあるのかもしれない。
 ある日、本橋さんの家に行った時、グルカ製の重いカバンが棚の上に幾つか並んでいて、うれしくなった。私も、グルカのカバンを愛用していたから

本橋さんも愛用していたグルカの鞄

 グルカの皮革カバンは、重いけれど頑丈で、一生使えるだけでなく、子供や孫にも引き継げるものであり、今日の消費社会のなかでは異質な存在。
 こういう物は、使えば使うほど味わい深くなっていき、歳月が刻み込んだ皺や傷やくすみさえも、他に取り替えがきかない存在感となり、愛しいものになっていく。
 本橋さんという個性と、その作品の魅力もまた、時間を経た時に、その真価が、よりいっそう明確になると思う。

  
野焼きの時、空に兆しが



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