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第1589回 歴史の単純化は、イデオロギーと結びつきやすい。

 歴史の単純化は、イデオロギーと結びつきやすい。
 歴史が大事であることは誰でも薄々は感じている。しかし、歴史は、複雑で、情報量も多く、わかりにくいという印象があり、どう向き合えばいいかよくわからないという人も多い。
 歴史は大事なものかもしれないけれど、わかりにくい。このギャップにつけこむ輩がいる。
 それは、安直な歴史本を売りさばきたい連中だけではない。
 歴史を政治的に利用しようとする政治家はいつの時代にもいる。日本人が自らの歴史に自信と誇りを持てるようにという理由をつけ、歴史を単純化してわかりやすくする過程で、自らの政治信条に合わせて歴史の改変を行うのだ。
 その時、歴史や神話は、人々を一致団結させるイデオロギーの土台となる。そうした歴史の単純化が、太平洋戦争を、あそこまで泥沼に引き込む力になった。
 日本には、こうした苦い過去があり、だからこそ、歴史や神話から距離を置く人も多いのだが、そうした後ろ向きの姿勢によって、単純化された歴史や神話に対する免疫力や耐性を養えないという状況に陥っている。
 そもそも、現代社会においては、複雑なものを複雑なまま味わって自分の舌を肥えさせるという発想を持たない人が多く、即席の化学調味料でごまかすことが普通になっている。
 情報知識に対しても、テレビ番組に浸りがちな人は、その影響もあって、スッキリとか、ガッテンといった単純明快な答えを欲する人が、とても多い。
 そうした姿勢の積み重ねは、複雑な物事に対する免疫力や耐性を弱体化させ、単純な論法で説得してくる悪い奴らに、簡単に騙されてしまう。
 悪い奴らというのは、相手の弱みや無知につけこむ輩のこと。財産を狙う特殊詐欺師や宗教団体、そして、権力争いにあけくれる政治家に多い。
 けっきょく、複雑で、わかりにくいものを避けて通っていたら、長い人生のどこかで、単純化の手口でつけ込んでくる悪い奴の餌食になる可能性も高くなる。
 そもそも、現実世界それじたいが単純ではなく複雑なのだから、複雑なものを複雑なまま味わって自分の舌を肥えさせるような生き方の方が、恩恵も多くなるだろう。
 日本人のほとんどが、初詣をはじめ、神社をお参りする。
 そして、多くの人々は、どこまで本気かは別として、何かしらの御利益を期待して神社に参拝する。
 歴史の複雑さと単純化が、もっともわかりやすく現れている身近な場所が、神社だ。 

 京都の松尾大社には、至るところに亀の像があり、「亀の井」という霊泉もある。これは、不老長寿の水・酒の霊水として全国的に知られ、酒造家が酒造りの祈願の際に汲んで帰る風習が続いている。
 酒が熟成する様子を「亀甲=亀の甲羅のような六角形の模様)」に喩えることや、亀がめでたい象徴とされることから、酒の神・福の神として亀の像が崇められた。
 しかし、本来の酒の神は、松尾大社の祭神の大山咋神ではなく、桂川をはさんで対岸にある梅宮大社の祭神である大山祇神である。
 大山祇神は、酒解神とも呼ばれ、日本書紀によると、娘のコノハナサクヤヒメが火の中で無事に出産したことを喜んだ大山祇神が、狭名田(さなだ)の茂穂で天甜酒(あめのたむさけ)を醸造し、神々に捧げたという神話があり、この神話が、日本酒造りの始まりとされている。
 しかし、松尾大社の祭神の大山咋神には、酒にまつわる記録や神話は存在しない。
 この二つの神社は、桂川をはさんで鎮座しているが、狭い保津川渓谷を抜けた川は、嵐山を超えたところで直角に曲り、そのため、水嵩が増している時は、川の直進方向である梅宮大社が鎮座する岸の方に溢れやすい。それに比べて松尾大社は、氾濫しにくい反対側の岸に鎮座している。
 酒神の大山祇神を祀る梅宮大社は、平安時代初期、松尾大社に並ぶ名神大社だったが、桂川の洪水によって次第に衰えていって、この神社の酒神としての役割を、近くの松尾大社が吸収していったのではないかと思われる。
 また、松尾大社の境内にたくさん見られる亀もまた、本来は、松尾大社の近くに鎮座している月読神社と関係が深かった。

 神社の始まりも、松尾大社奈良時代に入ってからなのに対して、月読神社は、それよりも200年以上古く、日本書記に西暦487年、この場所に月読神を祀る聖域を設けたことと、壱岐から亀卜に関わる押見氏がやってきたことが記録されている。
 この時に始まった亀卜は、その後の祭政一致のまつりごとにおいて、大きな役割を果たすようになった。
 重要な会議や儀式の日取りは、亀卜で占って決めるのである。
 また、丹後風土記に記録されている浦島太郎の物語は、釣りをしていた太郎の船のうえに、突然、亀が現れ、その亀が美しい女性に変身して、太郎を、この世ならぬ別世界に連れていくのだが、亀とつながる浦島太郎の祖神は、月読神であるとされている。
 月読神とつなげた浦島太郎の物語は、月を読まずして航海が難しかった内海の海人勢力によって伝えられた神話だと考えられる。
 現在の月読神社の場所は、洪水に見舞われたために移された場所であり、もともとは、現在地から真東のところの桂川西芳寺川の合流点に鎮座していた。この場所は、今でも吾田神町という海人勢力に関係の深い名を残し(アタというのは南九州の海人勢力の名)、比叡山愛宕山を左右に望める雄大なる絶景の場所である。

 平安時代において、この月読神社は松尾大社と同じく名神大社であり、格式が高かったが、次第に規模を縮小していき、松尾大社の摂社になった。その過程で、月読神社と亀の関わりが、松尾大社の中に吸収されていったのではないかと思われる。
 さらに、この月読神社の複雑精妙な歴史は、古代日本史の転換期の一つともいえる一大事件にも関わってくる。(つづく)

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現在の月読神社の鎮座地と、旧鎮座地のあいだに松尾中学校があるが、この学校の建設時、この場所から巨大な集落遺跡が発見された。



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