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第1588回 もののあはれと、かんながらの道

 とんでもない本が、私の手元にあります。
 井津建郎さんの新作写真集「もののあはれ」。
 https://twelve-books.com/products/mono-no-aware-by-kenro-izu?fbclid=IwY2xjawL6M8xleHRuA2FlbQIxMABicmlkETE2RWY2T2RING5yTFd3eEpPAR6DcWoWANTLJ9ZI29TECIUUES_pFNZ1qyBwjSpj6eMtn6YzI1pRKWh8q5CHbw_aem_vYbnGmdzxZMqN6e3kuU6EA
 この作品集は、いろいろな意味で、私にはショックです。
 まずは「もののあはれ」という世界が、見事に一冊の本のなかに成就していること。
 2015年10月に発行した「風の旅人」の第50号の巻末で、私は、次号の告知として「もののあはれ」としました。
 2011年3月11日の東北大震災以降、それまでの物質主義、「万物の尺度を人間に置く生き方」を見直し、あらたに3.11以降の生き方を探りながら、風の旅人の第45号から50号まで作り続けてきた一つの到達としての51号のテーマでした。
 しかし、その時点で、私は、風の旅人の誌面で「もののあはれ」という場を作れないと判断しました。
 日本庭園とか、ワビとかサビとか、中世日本文化をカタログのように集めて、それらしく装うことは簡単。しかし、そうした趣味的なものこそが、現状の消費生活にあぐらをかいている典型だからです。
 カタログ化した「もののあはれ」ではなく、そのエッセンスを取り戻すこと。そう思いながらも、その当時、そうした取り組みを真摯に実践している写真家を思い浮かべることはできませんでした。
 井津さんは、それまで何度も一緒に仕事をしていました。三脚も含めて100kgにもなる超大型カメラで世界中の古代遺跡を撮影し、その後、ブータンとかインドなど古代から変わらぬ人間の普遍的な精神世界と向き合う撮影へと表現を深めていった井津さんですが、2015年当時、井津さんはアメリカに拠点を置いて、日本の撮影は手がけていませんでした。
 それでも、人間精神の表層ではなく源流に遡るような井津さんの取り組みは、とても共感するところがあり、私の目指す方向と重なるところはありました。
 そして、私は、けっきょく風の旅人の第51号となるはずだった「もののあはれ」の特集を作ることができず、その翌年の2016年から、針穴カメラを携えて日本各地をめぐり、「もののあはれ」の源流へと遡る旅を始めたのです。 
 あれから10年が経ちました。そのあいだに、井津さんは、アメリカから金沢に拠点を移し、日本の古層と真摯に向き合い始めたのです。世界中の様々な地域の古層をめぐってきた井津さんにとって、この流れは必然でしたし、私にとっても同じでした。
 私は、これまでの私の取り組みの区切りとして、昨年の10月、日本の古層シリーズでは5冊目となる「かんながらの道」を発行し、今年の2月に、同じテーマで、生まれて初めての写真展を開催しました。私は写真家ではなく編集人ですから、本を作ることが仕事であり、写真そのものを発表することは自分の仕事ではないと考えてきましたが、自分が針穴カメラで撮った写真だけで一つの場を作れたことは、自分の取り組みを客観視するうえで、とてもよかった。そのうえで、新たな取り組みを始めようと思っていた矢先、井津さんの「もののあはれ」という本が、目の前に顕れたのです。
 この本の中に掲載されている能面や、神社などの聖域や、草花の生花の写真は、井津さんがこれら仕事に取り組み始めた時から見尽くしていました。そして、これらの結びつきが、「もののあはれ」の気配を濃密に作り出す予感もあり、井津さんとはそういう話もしていました。
 そして、遂に、そうした複層の取り組みが一冊の本のなかに凝縮すると、日本文化のエッセンスが永遠の時空となり、まさに歴史的偉業になったと感じます。
 大仰な言い方かもしれませんが、源氏物語や、西行の歌などのように、後の時代に、「もののあはれ」の橋を架ける現代の創造物となっているのです。
 これまでの時代は、その時代ごとに、小説、歌、俳句、庭園、陶芸、茶道、花道など新規のジャンルが立ち上げられましたが、現代という時代を特徴づける表現としての写真が、井津さんのこの作品集で、その流れにくわわったのです。
 私は、風の旅人の第51号において、写真の領域では、こういうことがやりたかった。
 しかし風の旅人は、写真雑誌ではなく、写真と言葉で表現する媒体なので、言葉の領域が必要です。
 「もののあはれ」を言葉の領域から捉えたテーマが、私にとっては、昨年作った「かんながらの道」でした。
 「もののあはれ」も「かんながらの道」も同じです。
 「もののあはれ」が、どちらかというと視覚に通じるもので、「かんながらの道」は、どちらかというと、「道」という言葉に示されているように、その過程を通じて生き方を探求するという哲学・思想的な意味合いが強くなります。
 井津さんの作品集「もののあはれ」で感心したのは、能面と聖域と生花というシンプルな構成で、十分すぎるほど「もののあはれ」の時空を作り出していることです。和歌や俳句などのように、複雑精妙なものからエッセンスを取り出す力は、日本文化の洗練の極地です。
 不要なものを減らし、自分にとって本当に必要なものを見極めて生活を送るミニマリストが、3.11の大震災以降、増えていると思いますが、見極める力がないから、あれもこれもということになり、エネルギーが分散し、忙しそうにしているだけで深い愛着を感じたり心を一つにして打ち込めるものが無く、けっきょく世間の流れを後追いするばかりで自分に固有の世界を築けないという虚しいことになります。
 日本文化の核には、この見極める力があります。
 能面も生花も、徹底的に見極められた人工物で、過剰さはどこにもありません。
 そららの至極の人工物に至るための見極めの奥義は、万物の尺度を人間(自分)に置くという傲慢なスタンスではなく、人間と、人間を超えた世界とのあいだをつなぐことに注力すること。
 畢竟、人間には見えないもの、理解しづらい森羅万象の奥義、生命や人間の歴史の不可思議さにフォーカスし、そこにエネルギーを集中しているからこそ、その表現が永遠性を帯びるのです。
 井津さんの「もののあはれ」の本のなかでは、歴史を通して磨き抜かれた人工物に、古代から人間が大切にしてきた聖域の写真が重なっています。
 それらの聖域は、現実に存在する場でありながら、まさに異界への扉、向こう側へと通じる道。
 そしてなんと、井津さんが撮ってきたこれらの聖域は、私がこれまで針穴カメラで撮ってきて「日本の古層」シリーズの中に編み込んできた写真と、ずいぶんと数多く重なっています。
 私は、針穴写真で撮っていましたが、井津さんが聖域を撮っている写真のフォーマットは正方形で、中判フィルムのハッセルブラッドで撮影。ちなみに能面は8×10の大判フィルムカメラ、そして、草花の生花は、なんと、総重量100kgを超える14x20インチの超大判フィルムカメラで撮影したようです。
 小さな生花の何倍もの大きさのカメラで向き合う撮影方法を想像するだけで気が遠くなります。
 そして、私が針穴カメラで撮った写真と、井津さんがハッセルブラッドで撮った写真で、同じ場所の聖域を横に並べて鑑賞すると、なんとも不思議なことに、レンズのない私の写真と、レンズを通した井津さんの写真から醸し出される気配は、それほど大きな違いはないと感じます。
 針穴写真は、ディティールを犠牲にして空気感だけを写し出す写真ですが、井津さんの写真は、ディティールも写し込んでいながら、針穴写真のように空気感が濃密であるということです。
 これは私にとってショックなことで、10年間、ひたすら針穴カメラで撮ってきましたが、針穴写真にこだわるという偏狭な考えを捨てなければいけないなと思いました。針穴写真であることで、諦めざるをえないシチュエーションは、とても多いからです。
 テーマの実現のために道具選びはとても大事。しかし、道具そのものを目的化してしまってもいけない。
 井津さんの「もののあはれ」は、現在の私の取り組みにおいて、写真表現におけるバイブルとなり、大切な指針となることは間違いありません。
 とはいえ、私は編集人ですから、この井津さんの「もののあはれ」の世界に、いかにして言葉を重ね合わせていくかという私個人の課題が残っています。
 そして、いつか、私も、風の旅人では実現できなかった「もののあはれ」というテーマに絞り込んで、一つの形を成就させたいと改めて思いました。




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