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第1576回 微分的ではなく積分的な視点での歴史認識

 

 東京と京都で交互に行なってきた31回目のワークショップセミナーを終えました。毎回土と日の二日間行うので、延べ日数では62日。フィールドワークを雨の中でやったことがない。
 さすがに今回は梅雨本番の時期に設定しているから雨は覚悟していたし、それもまた情緒と思っていたのに、両日とも真夏並みの高気温の晴天。
 今年の梅雨はまったく雨が降らないので、高幡不動尊金剛寺の紫陽花も元気がない。
 私は、歴史の勉強会なんてやりたくもないし、趣味で古代探検をしたいとも思わない。
 私が関心あるのは、日本人の心。とりわけ潜在的な心。この潜在的な心は、平常時には出てこないけれど、いざという時、とりわけ究極の事態の時に顕現化する。
 たとえば東北大震災の時に世界の人々が驚いた日本人の振る舞い。
 この日本人の潜在的な心は、日本文化の本質とつながっている。
 日本文化の本質は、表層的な、今日においては伝統的などと言いながら、単なる形式になってしまっている類のものではない。
 日本文化の本質を一言で言うならば、本地垂迹。日本のさまざまな神々は仏や菩薩の仮の姿(垂迹)であり、仏や菩薩が本来の姿(本地)であるとする思想に反映されている。
 つまり神仏習合
 これは単なる宗教的な意味に限定されることではなく、何事においても、表に出てくるものは仮の姿であるということ。
 万葉の人たちは、「かみ」のことを「迦微」と表記したが、迦は「巡り合う」、微は「かすか」という意味。 
 西行は、「なにごとのおはしますかはしらねども かたじけなさに なみだこぼるる」と詠んだが、この歌で西行が感じ取っているものは、迦微。
 「伝統」を大義名分にして形に囚われて執着してしまっているものは、実はもう日本文化の本質とかけ離れている。京都には、頭が古くて硬くて本質をわかっていない伝統主義者が実に多い。その程度のものが、インバウンド観光の客引き用に使われている。それは単なる記号にすぎず、京都は、日本文化という記号の街にすぎないものになりつつあり、それ自体が、マーヤ(幻影)に見えてくる。
 日本人は、自分を無宗教だと思っている人が多いが、敢えて「日本教」というものを定義すると、それは、本地垂迹神仏習合であり、この場合の仏は「迦微」=かみ=「なにごとのおはしますかはしらねども」と等しいもので、そうした仏=迦微=かみに対する慎み=かたじけなさこそが、信仰の本質。
 こうした信仰が、どのように整えられていったかを知るためには、歴史の中に潜り込んでいくしかない。
 この日本教は、日本人のDNAや血統がどうのこうのという分別とはまったく関係ない。それらは、表に出てくる仮のものにすぎない。
 日本という島国には、さまざまな場所から、さまざまな人たちがやってきた。 
 そうした人たちも、この島国の地理、風土、それを反映した歴史、文化の影響で、日本教を身につけていく。
 一世代では難しくても、数世代重ねると、それらを共有できるようになる。
 そうした日本の文化にとって、昔から大事にされてきたことは、変化を拒まないが、大切に守るべきことも心得ておくこと。
 織物で言うと、最初に機織り機に張る縦糸は、一度張ったら、もう変えることができない。この縦糸に対してフレキシブルに組み合わせていく横糸によって、形が浮かび上がってくる。
 この浮かび上がってくる形が、その時代ごとの文化の形。
 文化も、人生も、織物のごとし。そして歴史というのは、この織物全体を指す。
 現代の歴史学問は、どうにも微分的なアプローチが支配的だ。
 微分的というのは、その時々の「変化」に意識を傾けるということ。だから、その「変化」に大きく関与したと決められた人物のやったことを順番に並べていくと歴史を理解したつもりになる。
 飛鳥時代に登場したのは蘇我氏。飛鳥と奈良律令制のあいだは天武天皇奈良時代にはいって藤原氏が陰謀でのしあがり、平安時代に支配的な存在になる。そして藤原氏の貴族の時代から武士の時代の転換期は源頼朝、武士による戦いの終結は、織田信長豊臣秀吉徳川家康といった具合。さらに、邪馬台国卑弥呼の国は、どこにあったかとか、こういった議論は全て微分的だ。
 歴史の本質は、微分的なアプローチではわからず、積分的な視点が必要になる。積分というのは、時間を通して変化を積み重ねたもの全体像を求めること。
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 こうした分野に詳しい人が、私のワークショップに時々参加してくれて、2月に新宿で行った写真展にも来てくれた。そして、興味深い感想を送ってくれた。
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 オリンパスプラザでの写真展のあと、再度写真集を見ているときに、何故か「ああ、これは積分なんだ」という感覚が涌いてきました
 普段目にする、シャッター速度1/250とか1/500とかで撮った写真は、微分で物事を写しとったものです。微分写真とでも言ったらいいでしょうか。こうした写真を見慣れているので、違和感を抱くことは少ないですが、動かない家と、時速60Kmの車と、歩く人が同じに写っているのは変だといえば変です。1万年そこにある岩と、樹齢200年の木と、1年で枯れる花とが同値で写っているのもどうなんだという疑問。
 よく運転免許証の写真を見て、「これは自分じゃない」と思う方が多いといいますが、あれも微分により何かが失われているからだと思います。ピンホール写真は微分写真の1万倍、10万倍の時間を蓄積します。ただ露光時間が多いというだけではなく、何か違うものがありそうです。
 写真集を繰り返し見ているうちに、ピンホール写真はピントが甘いというのは誤解だと気が付きました。
 そんなことを考えていたところ、テレビのダ・ヴィンチ特集でモナ・リザをやっていました。輪郭線がないというモナ・リザの拡大像を見ていたら、「あれピンホール写真じゃないの」と思いました。ダ・ヴィンチはピンホール画像を大変詳しく研究したそうで、ピンホールがどのような画像を結ぶかはよく知っていたと思われます。
 ダ・ヴィンチのスケッチに水流を描いたものがあります。あれが凄い動体視力で、微分的に水流の一瞬を切り取ったものだとしたら、モナ・リザはピンホール画像を参考に20年間くらい書き続けた、積分し続けたという感じでしょうか。
 そして、とても興味深くかつ不思議に思ったのは、ピンホールカメラで撮影されている佐伯さんが、歴史を積分的に見ているという方だということです。達人は無意識に最適な道具を手にするといいますが、佐伯さんがピンホールカメラを手にしたというのは、まさにそんな感じがします。 
 佐伯さんはフィルムを何枚も重ねて見るかのように、微分的歴史を重ねて積分して見ています。地質学的時代から縄文、弥生、古墳、律令と何枚もの歴史を重ね合わせています。
 歴史家の微分的歴史像を積分して、微分する前の歴史を見てみる。それをやっているのではないかと思いました。
 微分方程式の解の空間を表すパラメータが、積分常数で、これは位相幾何学とかの現代数学に繋がります。
 佐伯さんがしばしば語られるコスモロジーというのが、この積分常数に当たるのかもしれません。

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京都と東京でワークショップを行います。
<京都>2025年7月26日(土)*キャンセル待ち、7月27日(日)
 *亀岡のフィールドワークを予定。
<東京>2025年8月30日(土)、8月31日(日)
*いずれの日も、1日で終了。
 詳細、お申し込みは、ホームページでご確認ください。

ワークシップのお申し込み受付 風天塾(ワークショップ・セミナー) www.kazetabi.jp  

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新刊の「かんながらの道」も、ホームページで発売しております。

縄文時代からの湧水




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