旅の始まりは、下北半島の最奥の仏ヶ浦だった。
仏ヶ浦は、日本の地質百選の一つであり、奇岩の地として知られているが、仏という名がついているように、聖域であり、恐山の奥の院ともされる。
江戸時代の紀行家、菅江真澄(1754-1829)は、仏ヶ浦を訪れ、「ごくらくの 浜のまさごし ふむ人の 終に仏 うたかひもなし」と歌を詠んでいる。(極楽の浜の真砂路踏む人の終わりに仏疑いもなし)
すなわち、極楽浄土への白い砂の道を踏みしめて進むその人は、 仏の慈悲や救いに対する疑念がまったくないと詠んでいるのだが、信心の厚い人には、この仏ヶ浦の奇岩が、仏の顔に見えるということだ。
この奇景は、これまでは、今から1500万年以上前、ちょうど日本列島が形成される頃、大規模な海底火山の爆発が続き、その時の火山灰が厚く堆積し、グリーンタフと呼ばれる緑色凝灰岩となったものと考えられてきた。
日本各地に存在するグリーンタフが、その時代のものだから。しかし、近年、新たな放射年代の測定方法によって、この仏ヶ浦の地層は、400万年前に形成されたことがわかった。
いずれにしろ、 凝灰岩は、柔らかくて水や風に浸食されやすく、長年の風化作用によって、このような地形が生まれた。
この地の巨岩それぞれには、如来の首や五百羅漢といった名がつけられている。
仏ヶ浦の入り口には、地蔵堂がある。
恐山菩提寺の本尊も地蔵菩薩であり、地蔵菩薩は、特に子供や亡くなった人を守護する菩薩であり、そのため、恐山は、亡くなった人の魂がやってくるところとされ、故人を偲ぶために、日本各地から参拝者が訪れる。
恐山や、仏ヶ浦に石積みがあるのは、ここが賽の河原でもあるからだ。
亡くなった子供が冥土へ旅の途中に訪れるこの河原で石を積み、鬼に崩され、地蔵菩薩に救われて、再び石を積む。
このたびの東北の旅の主目的は、東北に数多く作られた環状列石を訪れることだが、環状列石には、死者が埋葬され、その場に人々が集まって祭りを行った痕跡があり、祖霊信仰と関わりがあるのではないかと考えられている。
こうした環状列石は、日本の縄文文化にだけ特有のものではなく、ユーラシア大陸の至るところに痕跡が残る。
有名なものは、ユーラシア大陸の西の端の欧州に残るストーンヘイジやカルナックなどだが、南シベリアやアルタイ地方、カザフ地方などにも残っている。これらは、スキタイなど遊牧民族と関係があるとされるが、古代から遊牧民たちは、広大なユーラシア大陸の東西を自由に行き来しながら文化の伝搬を行っていた。
日本列島の北は、まさに彼らの活動領域だったのであり、日本列島の西の九州だけが大陸との玄関口としたという考えは、とても偏狭である。
そして日本の文化は、縄文文化も含め、この島国のなかだけで生まれて発達したものだと考えることも偏狭である。
当然ながら、大陸から様々な形で色々なものが流入しているのだ。
重要なことは、そのように外から入ってきたものが、この島国の風土の中で少しずつ変容し、日本特有のものになっていったことだった。
地蔵菩薩の信仰の場合も、その起源はインドだが、日本の中で独自の展開をしていった。
とりわけ、地獄で苦しむ霊魂を救済することや、子ども(水子も含む)を救うこと、そして道祖神として路傍に立ち、境界を守る神となったこと。
「境界」の守りというのは、弥生時代の銅鐸や、門を守る客神であるアラハバキ、そして結界など、日本文化の裏側を考えるうえでとても重要な鍵だ。
さらに、賽の河原という発想に見られるように、川を彼岸と此岸の境界とみなすこと。その境界にかかる橋を守る橋姫=瀬織津姫が、時に鬼となるが、本質的に穢れを流す祓いの神であること。そして、河原者たちは、芸能者となり、不具の神であるヒルコを大切に祀り、日本全国に、情けの文化を伝えていった。
また、「はし」というのは、橋だけでなく、端でもあるから、岬や半島もまた、境界である。
地蔵菩薩による死者の救済の地であり、その死者を供養する場所としての下北半島というのは、まさに、地理的にも精神的にも、日本の”はし”なのだ。
”はし”は、向こう側の世界を、畏れながらも受容していく接点である。
昨年、一つの形にまとめた「かんながらの道」の出版と写真展の次の位相への旅は、その”はし”から始める必要があった。
恐山の奥の院とされる仏ヶ浦は、地理的にも精神的にも、その際にあたるところだ。
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京都と東京でワークショップを行います。
<京都>2025年5月31日(土)、6月1日(日)
<東京>2025年6月21日(土)、6月22日(日)
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