京都から東京への移動途中、掛川の事任八幡宮と、その奥宮にあたる、粟ヶ岳山頂の磐座群の中の阿波々神社を参拝。今回で三度目となる。
事任八幡宮は、「事のままに願いが叶う」などとされ、参拝者が非常に多い神社だ。阿波々神社の祭神は、阿波比売(アワヒメ)だが、社伝によれば、この神は、天津羽羽神(アマツハハノミコト)の別名。
また、事任八幡宮の祭神は、日本でここだけに祀られている己等乃麻知媛命 (コトノマチヒメノミコト)という神で、この神は、阿波比売(アワヒメ)の荒魂、もしくは姉妹とされる。
ことのまちの「こと」は「事」でもあり「言」でもあり、また「まち」は「真知」すなわち真を知る神、言の葉によって、真の知を取り結ぶ神。
この己等乃麻知媛命 (コトノマチヒメノミコト)の息子が、祝詞の神であるアメノコヤネ。神話の中では、アマテラス大神が天岩戸に隠れてしまった時、外に導き出すために祝詞を唱えた。
そして、この時、アマテラス大神を天岩戸から外に引きずり出したのが、アメノタヂカラオだが、この神の代表的な聖域が、長野県の戸隠神社。
実は、戸隠神社と、掛川の事任八幡宮および阿波々神社は、同じ東経138.07度に位置している。そして、長野県の諏訪湖も、この138.07度に位置している。
諏訪湖というのは、日本を東西に分断するフォッサマグナの糸魚川・静岡構造線と、日本を南北に分断する中央構造線が交わるところに位置している。
糸魚川・静岡構造線の西は、5億5,000万年前 から6,500万年前の古い地層なのに対し、東側は2,500万年前以降の堆積物や火山噴出物で出来ており、東と西で地層構造がまったく異なっている。
そして、掛川の事任八幡宮と阿波々神社の北には、南アルプスが連なっているが、南アルプスは、花崗岩が隆起した山脈のため、火山が一つもない。この南アルプスのすぐ東側の富士山、八ヶ岳、伊豆を結ぶラインが、東日本火山帯の端っこであり、南アルプスというのは、その火山帯に対する境界線のように聳えている。
興味深いのは、この南アルプスの真南に位置する事任八幡宮と阿波々神社が鎮座する掛川の長谷が、弥生時代の近畿式銅鐸の東の端であり、近畿式銅鐸の西の端が、大量の銅鐸が埋納されていたことで有名な出雲の加茂岩倉遺跡で、加茂岩倉遺跡のすぐ西が、西日本火山帯の西端にあたる三瓶山。すなわち、近畿式銅鐸の埋納地の東西の端っこが、東西の火山帯の端のそばなのだ。
あえて「近畿式銅鐸」と呼ぶのは、銅鐸は、2000年前を基準に、それ以前(前期)とそれ以降(後期)の存在の仕方が変化しており、前期は、朝鮮半島からもたらされたもので豊穣祈願と関わりがあると考えられており、小さくて、音を鳴らすための舌が取り付けられていて、これは九州にも多く存在する。
それに対して後期の近畿式銅鐸は、巨大化して、音を鳴らすための舌がなくて、表面に装飾が彫られている。この後期銅鐸は、境界に埋納された状態で発見されることが多いため、邪を祓うための祭祀道具ではないかと考えられているが、この後期銅鐸が発見された場所は、近畿を中心に、東の端が掛川、西の端が出雲なのだ。
そして、この後期の近畿式銅鐸の最大の製造拠点が、奈良県の唐古遺跡であり、この場所は、潮岬と若狭の御神島を結ぶ近畿の真ん中のライン上であり、しかも、藤原京や平城京も、このライン上に築かれている。
近畿地方は、日本列島の東西の火山帯から最も遠い場所であり、その中心軸に、銅鐸の製造拠点と、平城京や藤原京が築かれた。
つまり、藤原京や平城京は、火山を不吉の象徴として忌み嫌う当時の人々が、安寧のための祭祀を行う場所として、位置決めを行った可能性がある。
そう考えると、長野の戸隠神社と掛川の事任八幡宮を結ぶ東経138.07のラインや、島根県の出雲は、近畿を中心とする世界と、東西の火山帯との境界であり、霊的な防波堤ということになる。
そして、古代日本では、こうした霊的な境界に、祟り神を祀ることが多かった。
京都を中心に近畿に数多く存在する御霊神社は、怨霊を丁寧に祀ることで疫病などの災いから守ってくれる神にする仕組みであり、都の鬼門など境界に祀られているが、これが祇園祭の起源となった。
また関東や東海にはアラハバキ神というのが存在し、これは別名が門客神であり、門を守る客神である。客神というのは、新しくやってきた勢力から見た時の地主神であり、つまり、時代の流れの中で取って代わられてしまった古い神ということ。
島根県の出雲に大国主命が祀られているのも、この場所が大国主命の拠点だったからではなく、この場所に大国主命を祀ることで霊的な防衛線としようとしたのだろう。
そして、掛川の阿波々神社の祭神である阿波比売は、別名が、天津羽羽神であり、これは四国ではオオゲツヒメと同一とされる。
オオゲツヒメというのは、神話の中で、スサノオに食事を提供したところ、あまりにも美味だったために、スサノオが、どういう風に料理しているのか興味を持って調理の現場を覗くと、お尻や口から食べ物を出したりしていた。それを見たスサノオが、「そんな汚いものを食べさせやがって」と怒り、バラバラに引き裂いて殺してしまったというエピソードが古事記で紹介されている。
この不可思議なエピソードが何を暗示しているかというと、オオゲツヒメは、循環社会の神であり、江戸時代もそうだったが、循環社会においては、排泄物もまた肥料である。これは自然界では当たり前のこと。循環世界では、おいしければそれで十分。
排泄物を汚いとするのは文明世界の価値観をもった人間であり、スサノオというのは、自然の荒ぶる神だと勘違いしている人が多いが、実際には、自然に反する文明化を象徴する神である。
すなわちオオゲツヒメは、古代に起きた文明化によって、取って変わられてしまった古い価値観を象徴する神であり、だから、この神と同じ性質を持ち、日本書紀で月読神にバラバラに殺された保食神(ウケモチ)が、各地の御霊神社に祀られている。
東日本火山帯との境界であり近畿式銅鐸の東端である静岡県の掛川に、阿波比売(オオゲツヒメの別名)や、その姉妹とされる己等乃麻知媛命 (コトノマチヒメノミコト)が祀られているのも、同じ理由からだろう。
そして興味深いのは、日本の信仰においては、祟神となる神の方が、ご利益が大きいとして奉られていることだ。
菅原道眞を祀る天満宮が、学問のための聖域として全国各地に築かれていたり、東大阪にある石切神社は蘇我氏に滅ぼされた物部氏の聖域であるが、腫れ物を治す神様として全国的にその名を知られて、毎日のように大勢の人が熱心に百度参りを行っている。
掛川で己等乃麻知媛命 (コトノマチヒメノミコト)を祀る事任八幡宮が、「事のままに願いが叶う」などとされ、参拝者が非常に多いのも、同じ理由だろう。
すると、なぜ、この己等乃麻知媛命 が、祝詞の神様であるアメノコヤネの母に位置付けられているのかという疑問が残る。
祝詞は、神道の祭祀において神に対して唱える言葉だが、祝詞のなかで一番最初に唱えるのが祓詞であり、これは、あらゆるものの罪穢れを祓い清めることができる言霊だ。
そのルーツは、イザナギが黄泉の国から帰ってきた後に行った禊である。
日本の古代からの信仰では、何かしらの罪や災いや争いごとが起きた時、それを鎮めるための祈り方の基本として、禊や祓いを行って、自らの心身を清めることが基本になる。
それまでの敵への恨みや、災いの原因などを、心に引きずるのではなく、逆転の発想で浄化することが行われる。
だから、日本人は、切り替えが早い。地震や戦争の後の復興も早いし、戦中は鬼畜米英と言っていたのに、戦後すぐ、チョコレートやキャンディを求めて米兵にニコニコ顔で近づいていった。
日本人は、アフガンゲリラのようにはならない。そのことが、日本の古い制度を徹底的に変えることを目的に日本にやってきたアメリカのGHQを驚かせ、占領政策を変えさせることになった。
こうした日本人特有の精神の在り方が、祝詞に秘められており、その祝詞の神様であるアメノコヤネの母を、己等乃麻知媛命(コトノマチヒメノミコト)としているのは、この女神のなかに、スサノオによるオオゲツヒメ殺しに象徴される穢れが、秘められているからだろう。
そして、日本で唯一、この女神を主祭神とする神社が、近畿式銅鐸の東端であり、東日本火山帯との境界である静岡県の掛川ということも、偶然ではなく、霊的に意図されたものであると思われる。
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2月6日(木)〜2月17日(月)、新宿のOM SYSTEM Gallery で開催する写真展の詳細は、こちらをご覧ください。
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