8月も後半となり、急速に夏が衰えていく感じがする今日この頃です。
そんな晩夏にもうひと月も前になる祇園祭後祭・宵山の様子、
今さら…ですが、備忘録として書き留めておきたいと思います。
(いつも書くのが遅くてすみません…)

というわけで「後祭・宵山」の提灯から。
これはどこかと申しますと、

「役行者山」です。



お会所には豪華な水引や胴懸、それに懸装品が展示されています。

見送も2種類。

ここにも檜扇が生けてありました。

蔵のなかには三体のご神体。

真ん中が役行者、左が一言主神、そして、右が葛城神。
一言主神は斧を持ち、
葛城神(女神)は、輪宝というものを持っています。
これが巡行のときのご神体。(これは去年の巡行の時のもの)

役行者山の巡行の様子。

役行者山の巡行には、聖護院の山伏たちが列に加わります。
(御朱印)

というわけで、「役行者山」の御朱印は法螺貝なんですね♪

「役行者山」のお会所の一番奥には
「役行者神腰掛け石」という石が祀られています。
確かに腰掛けの形をしていますね。^-^
肩凝りと腰痛に効くというので、さすってまいりました。^-^

役行者神腰掛け石の謂れ。
ー☆ー

次に訪れたのは、「八幡山」です。

「八幡山」の懸装品。

左)新しい鳩さんと、右)古い鳩さん。
古い鳩さんは左甚五郎作だそうです。(鯉山の鯉と同じ作者。)

海北友雪筆の祇園祭礼図屏風の一部。
(すみません、ガラス越しなので全体だと反射がきつくて…一部です。)
十七世紀半ばの祇園祭後祭の様子が垣間みられます。
これは「大船鉾」。

屏風の上段には、後祭巡行の様子が描かれています。
先頭を行くのは「橋弁慶山」、そして「役行者山」。
下段には、神輿の還幸の様子や三条通の町家の様子が描かれています。
この頃は電柱もなかったり、寺町通もアーケードがなかったので、
巡行は三条通と寺町通を通っていたそうです。

これは去年いただいたつがいの鳩鈴。
(御朱印)


八幡山の帳幕。
<屏風祭>

さて、祇園祭の宵山の楽しみのひとつに「屏風祭」というのがあります。

それはこのように、各家の屏風が公開され、
窓越しに眺められるというもの。

この奥のついたては確かではないけれど、
さきの友雪の屏風になんとなく似ているような気もします。

説明書きがなかったので、屏風のプロフィールはわかりませんが、
いずれもため息が出るほど、美しい屏風ばかり。

こちらは八幡山保存会所有の「光琳百花図屏風」。

この屏風は、天明二年(1782年)に円山応挙がある人の求めに応じて、
尾形光琳の屏風の写したものだそうです。
光琳と思いきや、応挙の作品でした。
今回久しぶりのお披露目だったそうですが、きらびやかですね。^-^
(またもやガラス越しなので、全体図は映り込みが激しいので部分写真。^-^;)


こちらは「書」の屏風。

こちらの屏風はたしか源平の屋島の合戦の様子だったかと。

「吉田家」
屏風もさることながら、
中庭があって風が通り抜けるようになった町家の風情にも感動。


これだけの屏風を保存するのも、さぞかし大変なことでしょうね。

こちらは「吉田家」のお隣の「藤井紋」。



素晴らしい屏風の数々にうっとり。
「屏風祭り」を見ると、京の町家の底力を見る思いです。
長くなりましたので、「後祭・宵山」あともう1回だけ続きます。m(_ _)m
<関連エントリー>
↓ そしてこれは、去年の後祭復活・初の巡行の様子。