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わかっている不調

 

書けない理由は、やはりない

やはり自分は書かないと駄目なのだ。自分の気持をなにかしら書かないと不調である。
ここしばらく不調だとわかってても、書けなかった。書くことがない…と。

違う。書くことがないから、書けないんじゃない。
書いてないから、書けないんだ。それが不調なのだ。どこかで無理やり書くしかない。

 

運動不足が原因の体調不良は、どこかで運動しないとダメなのと一緒。
宿題は1秒でもいいからやろうと思えば、なにかしら進むのと同じ。

一文字でもいいから書いちゃえば、あとはだーっと書ける。

 

書くことは自分にとって最高のリラックス手段なのだ。
人と話すときよりも、自分自身と話すのはずいぶん落ち着く。

自分のペースで、自分の話を聞いているようなもの。
こう書いてみるとなかなか変人だな…

ゆっくり人の話を聞いて、自分の考えをゆっくりと巡らせ、書いて記録する。
一日の人との会話とか、仕事とか、様々に使ってきた脳を休ませる良い手段なのだ。
自分にとってはね。

 

書くことは自分との会話

自分が何に疲れたのか。何が嫌だったのか。幸せだったことはなにか。
一つ一つ、頭の中で丁寧に話を聞いて、話すようなもの。
書くことは脳内で聞くことと、話すことが両方働いている気がする。

 

自分の脳内だから、特別新しい情報とか刺激が生まれてくるわけじゃない。
本当に部屋の掃除と変わらない。散らかったものを片付けるようなもの。

 

仕事が忙しくて、自分のことを近頃おろそかにしていたけど
その時の気分は、心が固く、なにかが湧き出てこない感覚だった。

 

無駄なように見えるし、誰かのためとか、目的だとか…
生産性、お金を稼ぐとか。そういうのには疲れてしまう。他人が関わるから。

 

こういう日記を書いている時は自分の内側で、自分のために書いていたい。
自分にとっての最大の癒しだからだ。




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