長い文章を読んでくれる人は、たぶん確実に減っている。
解決策なんて、たぶんない。
読むべき文字が多すぎ?
SNSやショート動画を無意識にたくさん見る機会が増えた。
誘導されている気がする。中毒になるようシステムが設計されているから。
疲れているから、短いものをだらだらと与えられるがまま。
細切れの情報を大量に取得していて、長い文章を読む気がしない。
一日の読める文字量は大きくは変わらないはず。
だが、知らないうちに読める文字数が消費されているのではないか。
人の活動も読んでいる
情報発信する人が増え、企業が金をかけているコンテンツも増えた。
読むべき価値があると思わされる文章が大量にある。
SNSではインターネットの友人たちのDM、活動を見ることも多いだろう。
会社でも似ていて、Slack、Teamsを導入していると様々な業務連絡が飛び交う。
メールも大量に来るし、あちこちで質問や進捗が投稿される。
気づかないうちに読まされている文章が本当に多い。
これじゃあブログなんて読んでたらより一層疲れる。
もうすでに ”大量に読みすぎ” なのかもしれない。
一日に自分がどれくらい読んでいるのか、
自分の読める文字を計測する人はほぼゼロだろう。
行く末
結局、答えは自分にはない。
長い文字を読む人が減っていく時代、どうするべきか。
良い記事を書く。短く、絵も入れたり、興味を持たせるために頑張る。
けれど、それは果てのない競争の中で頑張ることになる。
どこかでAIが発達して、人間が取得する情報量を制限してくれるかもしれない。
なぜなら、人間が "読まない" と判断するのも疲れるから。
読む側の立場で考えると…
自分がなにを読んでいるかを考えられるか。
一日において、なにを読むか。読まされているか。
読みたいものを読めているか?
目に飛び込んできたものばかり見てないか。
一日どれくらい文字を読んでいるか?情報を取得しているのか。
最近長い文章を読めてないと感じるなら、もしかすると読み過ぎかも。