前回の記事: Pretixで領収書(インボイス対応請求書: PAID)を再発行する方法:購入者・管理者それぞれの手順
背景・課題
スクラムフェスは、東京(RSGT)を起点に盛岡、名古屋、金沢、神奈川など各地で開催されています。スポンサー企業から協賛金をいただく際の請求書は、当初はMisocaで発行していましたが、その後マネーフォワード(MF)請求書に移行し、東京の実行委員が一括で発行していました。

これは意図的な判断でした。スポンサー請求書は差分が金額くらいで、フローを一貫させた方が間違いが少ない。それに、銀行口座の入金確認は結局東京でしかできないので、請求書の作成だけを各地にオフロードしても、あまり手間が減らなさそうだと考えていました。
ただ、この運用にはいくつかの課題もありました。
- 一般社団法人に作業が集中する: 各地のスポンサーとやり取りしているのは現地の実行委員なのに、請求書の発行だけ一般社団法人に依頼していただく必要がある
- 入金突合が大変: 銀行口座のCSVを目視で確認し、会社名のカタカナ表記と請求先を手作業で照合していた。まとめ振込(複数イベント分を一括入金)のパターンもあり、突合作業が複雑化していた
- ツールが分散する: 参加者チケットはPretix、スポンサー請求書はMF請求書、入金管理はスプレッドシートと、情報が3箇所に分かれていた
「その人しかできない」はImpediment (障害物)
この課題を振り返ると、スクラムの基本原則に行き着きます。
スクラムの基本は、実務者が集まってチームになり、管理を自分たちでやるということです。チームが全情報を持つ。旧来の管理の仕組みでは、全情報にアクセスできるのはマネージャーだけ——だからマネージャーが管理「せざるを得ない」。その人しか握っていない情報があるのだから、その判断が効率的かどうかさえ検証できません。
請求書の発行が一般社団法人に集中している状態は、まさにこの構造でした。一般社団法人の担当者しか請求書を発行できない、銀行口座も一般社団法人でしか確認できない。各地の実行委員は自分のイベントのスポンサー状況を完全には把握できない。「その人しかわからない」状態は、スクラムでいう障害物(Impediment)です。
この課題はここ数年、ずっと気になっていて、色々な対策案を考えたのですが、いまひとつ決定打が見いだせないできました。
透明性がなければ、検査も適応もできない。だからキャッシュフロー情報はチームから見える場所に集めたい。これは信頼するとかしないとかの問題というより、もっと機械的なことです。でも同時に、やはりY理論で人を信頼している、ともいえます。

Beyond Budgetingとキャッシュフロー表
RSGT 2026では、Beyond Budgeting(脱予算経営)の提唱者であるBjarte Bogsnеsさんをキーノートに招き、年次予算とコントロールのサイクルを超える経営のあり方を考えました。
全国のスクラムフェスが赤字になれば一般社団法人の資金が尽きます。しかし黒字を積み上げることが目的ではなく、参加者の皆さんに還元することが目標です。実行委員・スタッフはボランティアですから、意思決定のたびに「節約しなければ」と委縮してほしくない。旅費などの持ち出しは避けたい。でも無駄遣いも嬉しくない——この「ちょうどいい」を全国で共有するための表がキャッシュフロー表です。
各地の実行委員がキャッシュフロー表に自分のイベントの収支を記録し、全体の資金状況が見える状態を作る。Pretixへの移行は、この設計思想を請求書発行と入金管理にも広げる取り組みです。できる限り各地の実行委員さんで自律的に!
なぜPretixか
転機になったのは、各地の実行委員がチケット販売でPretixを日常的に使うようになったことです。 pretix.eu
Pretixの操作に慣れているなら、同じ要領でスポンサー請求書も発行できるはず。MF請求書は使ったことがなくても、Pretixなら「いつもやっていること」の延長になります。これなら間違いも起こりにくいだろうと考えました。
元々使っていたEventbriteでは固定料率のため、チケットに比べて高額なスポンサー料を決済すると、利用料も高額になりそうでした。Pretixは料金に上限値があるので現実的になりました。
Pretixはもともとヨーロッパのカンファレンス向けに作られたプラットフォームで、請求書の自動生成、銀行振込への対応、多言語対応など、私たちに必要な機能がすでに揃っていました。
仕組み
スポンサー商品の公開方法は2パターン
各実行委員会の運用に合わせて選べます。現行、Google Forms を使ってスポンサー募集しているので、それを活かすならパターンA。それも飛ばして直接Pretixに応募してもらうのがパターンBです。
パターンA: バウチャー限定 — これまで通りGoogle Formsでスポンサーを募集し、実行委員がPretixに転記する方式です。請求書発行ツールだけをPretixに移す運用ができます。バウチャーコードを知っている人だけがアクセスできるチケットを作り、実行委員がアクセスして、Google Formsへの応募データから、請求書に関わる情報を転記していきます。
パターンB: ショップ公開 — そもそもスポンサー募集自体をPretixに統合する方式です。スポンサー商品をショップ画面に直接表示し、スポンサーが自分で申し込めます。趣意書に公開するURLを、PretixのショップURLにします。Pretixは購入時にアンケートフォームを表示できるので、Google Forms で集めていた情報を盛り込むこともできます。
申込から請求書発行まで
いずれのパターンでも、スポンサー企業の担当者(または代理で実行委員)がチェックアウト画面で「企業・団体顧客」を選択し、会社名・担当者名・住所を入力します。銀行振込を選択して注文を確定すると、請求書PDFが自動生成されます。
請求書にはリファレンスコード(例: 2026-UCVCJ)が付与されますが、実際にはスポンサーが振込時にこのコードを摘要に入力してくれることはほとんどありません。そのため入金突合は、会社名と振込名義の辞書的な照合で行っています。なお、支払い方法の選択画面では「銀行振込」を明示的に選ぶ必要があります(PayPalも選択可能です)。
やってみてわかったこと
実際に設定して運用してみると、いくつかPretix特有の注意点がありました。
価格は税込で入力する
Pretixの表示価格は内税です。趣意書でGold 20万円(税別)としている場合、Pretixには22万円(税込)で入力する必要があります。最初にこれを間違えると請求金額がずれるので、設定時に注意してください。
口座情報は「請求書のテキスト」に書く
Pretixの銀行振込設定には「銀行口座の詳細」と「請求書のテキスト」の2つの入力欄があります。「銀行口座の詳細」は支払い方法の選択画面に表示されるだけで、請求書PDFには印字されません。請求書に振込先を載せるには「請求書のテキスト」欄に口座情報を記入する必要があります。
イベント名が請求書に反映されないことがある
「請求書のカスタマイズ」の紹介文にイベント名を入力しても、PDFに反映されない場合がありました。設定後は必ずPDFのプレビューで確認することをお勧めします。
請求書の日付は遡及できない
Pretixの請求書の日付は注文日で自動発行されます。「12月付で発行してほしい」といった依頼には対応できないので、スポンサー企業にはあらかじめお伝えしておく必要があります。
電子帳簿保存法への対応
Pretix上にPDF請求書と注文データが保持されていますが、税理士さんに確認したところ、Pretixだけでは電子帳簿保存法の保存要件を満たさない可能性が高いとのことでした。発行した請求書PDFはMFクラウドBOXにも保存する運用にしています。
コストは増える
Pretixの手数料は1通あたり約2,000円かかります。MF請求書と比べるとコスト増になります。ただ、前述のとおりPretixは手数料の上限が2,000円なので、金額が大きくなっても手数料が膨らまないという利点があります。
各地の実行委員が自分で発行できるようになる運用負荷の軽減と、入金管理の効率化を考えると、十分見合うトレードオフだと判断しました。
インボイス制度への対応
適格請求書(インボイス)の要件として必要な記載事項は、発行事業者の名称・登録番号(T+13桁)、取引年月日、取引内容、税率ごとの合計額と消費税額、宛先です。角印や社印は法的要件ではないため、Pretixが自動生成するPDFでもインボイス要件を満たすことができます。
入金管理が楽になった — Claude Codeの活用
以前の入金突合は、銀行CSVのカタカナ名義と請求先の会社名を手作業で照合する作業でした。
名寄せ問題
難しかったのは「名寄せ」です。Pretixの請求書には「YesNoBut株式会社」と書いてあっても、銀行の振込名義は「ヤスノブ(カ」です。さらに、複数イベントのスポンサー料を合算して一括で振り込んでくださる企業もあります(手厚いご支援、大変にありがとうございます!)。単純な文字列マッチングでは解決できない、でも毎回人間が目視確認するのは非効率——そこをClaude Codeと一緒に考えながら解いていきました。
「APIの世界」と「まだCSVの世界」
Pretix移行後は、Pretix REST APIから注文データ(会社名・金額・ステータス)を取得し、銀行口座のCSVと突き合わせる処理をClaude Codeで一括処理できるようになりました。リファレンスコードが摘要に入力されていなくても、会社名と振込名義の辞書を使って照合できます。
一例として、4つのカンファレンス・18社のスポンサー入金確認という作業があります。手作業なら2〜3時間かかるところが、Claude Codeでの処理で30分に短縮されました。
ただし、銀行口座の入金データは引き続きCSVダウンロードです。「APIの世界」と「まだCSVの世界」が混在している——これが現実です。口座のトランザクション数はまだそれほど大きくないのでCSVでも十分ではありますが、手作業は減らしたいところです。
東京と各地の役割分担
入金確認の作業は以下のように分担しています。
東京の実行委員: 銀行口座(PayPay銀行)の入金明細を確認し、Pretix上で「支払い済みとしてマーク」を付ける
各地の実行委員: Pretix上で自分のイベントの入金状況を確認し、キャッシュフロー表に反映する。未入金のスポンサーにはリマインドの連絡を行う
銀行口座自体は東京で管理していますが、入金状況の確認と後続のコミュニケーションは各地の実行委員が主体的に行える体制になりました。以前の「一般社団法人→各実行委員→スポンサー」と何往復もする構造から、各地の実行委員が直接動ける構造に変わりました。
税理士さんに確認したこと
Pretix移行にあたり、顧問税理士さんに以下の点を確認しました。
売掛金の会計処理: MF会計上に売掛金を計上せず、カンファレンス開催時点で売上計上する運用で問題なし。
Pretix手数料の税務処理: Pretix運営元はドイツのpretix GmbHですが、当法人は課税売上割合が95%を超えるため、リバースチャージ方式の会計処理は不要。通常の取引登録で問題なし。
期を跨ぐ取引への注意: 請求書発行と入金が決算期をまたぐ場合は留意が必要(これまでと同様、来期分のスポンサー収入については前受金として、来期初に売上高に組み替える)。
これらの確認は各法人の状況によって異なりますので、移行を検討される場合は顧問の税理士さんにご確認ください。
スポンサー企業の皆様への感謝
今回の移行にあたり、請求書のフォーマットがMF請求書からPretix発行のPDFに変わりました。見た目や体裁が変わる中、スポンサー企業の経理担当の皆様には柔軟にご対応いただいています。スクラムフェスの運営は皆様のご支援で成り立っており、こうした裏方の変更にもご協力いただけていることに心から感謝しています。
まとめ — 完成していない実践
スポンサー請求書をPretixに一本化したことで、以下の改善が得られました。
- 各地の実行委員が自分で請求書を発行できるようになり、一般社団法人への集中が解消された
- Pretix APIと銀行CSVのClaude Codeによる突合で、手作業のカタカナ名義照合が大幅に効率化された
- チケット・請求書・入金状況がPretixで一元管理でき、情報の分散が解消された
- キャッシュフロー情報の透明性が高まり、各地の実行委員が自律的に動ける体制になった
一方で、1通あたりのコスト増、電子帳簿保存法への追加対応(MFクラウドBOXへの保存)、請求書の日付が遡及できないといった制約もあります。銀行APIはまだCSVの世界のままです。
これは完成した事例報告ではなく、「いまこうなっています」という進行形の話です。私たちのケースでは、運用負荷の軽減がこれらのコストを上回ると判断しました。同じような課題を抱えているコミュニティイベントの運営者の方に、少しでも参考になれば幸いです。
この取り組みの詳細は、Scrum Fest Kanazawa 2026向けに「アジャイルな経理と Claude Code と経営の未来」としてプロポーザルを提出しました。よかったらLikeをしていただければ嬉しいです。参加者の皆さんと一緒に考えたいと思っています。
操作ガイドは各地のスクラムフェス実行委員に共有しています。ご質問があればお気軽にどうぞ。




















