人と話すときに、自分と相手が話す割合を意識する。話を広げるために相手に聞くことはできるけれど、こちらが聞きすぎていないかを気にする。それならと自分のことを話していると、今度はこちらばかりが話していないかと心配になってくる。
たまたま隣になった初対面の人と話しているときの、話の終わりのころあいに迷う。話すことも浮かばなくなってきたからもう話さないようにと沈黙するが、さっきまで話していた相手との沈黙が落ち着かない。そもそもはじめから話さなかったのであればずっと沈黙なのだから何ということもないけれど、話をはじめたとなると、それは知り合って間もない人との沈黙ということになりそわそわしている。今から話すのはやめにして本を読みますとか、景色を見ながらぼんやりしますとか、いっそ宣言したくなる。沈黙を経て、会話の終わりはいつも暗黙の内である。
そして自分がその場を離れるとなると、お礼などを言って立ち去ることもある。しばらくして相手がおもむろにいなくなり、お礼を言いそびれると少しさみしくなる。とはいえ後に残る方が声をかけるのも、相手は何も言わずに行きたかったかもしれないと思い無言をつらぬいたりもする。
話すこと以外に、意識しなくてもいいかもしれないことに脳を使うから疲れるのだろうが、ここまでくるともはや確信犯である。疲れをどうこうしたいわけでもなく、疲れるとわかっていながらもあえて話しているということになる。もちろん楽しさがあるからそうするわけだが、楽しさだけ感じることが自分にはあまりないのだと思う。