人は生まれてからまず、自分のことを気にかけてくれる人を信じる。いろいろあるとは思うが、まずその対象は親である。それらは年とともに広がって、身近な人であったり友人、恋人などにおかれたりもする。はじめは親に注いでいたものが分散していくということでもある。その人たちが、親とは異なった対象に重きを移すときがいずれある。
自分もそうやってさすらってきたようだが、自分の空白をごまかすために人に依拠したとしても、それによって何もない部分がますます広まることもある。だから行く宛てはしまいには"自分"である。つまり"自分"に返るのである。そして自分の行く先はというと、おそらく誰にもわからない。