アスファルトに、どこからか運ばれた桜の花びら。動かない自分の目印のために、植物の花の色や香りがあるとすると、桜は花びらによって、その場にいながらその存在を広く感じさせる。舞っている花びらにも、離れている木から続くものがある。桜の木とその下を行く人の後姿が、一枚の絵のように据えられている。
言葉はなくとも、近づくという"言葉"がある。よってたかって危ういものには近づかないように、近づくということは友好の現れでもある。子どもなんかは、遊びたい相手にまず近づいていって、周りをうろうろしたりしている。大人であっても、関わりたくない人の近くには必要がなければまず行かない。だから、気を遣って少ししか話せなかったにしろ、近くにいることができただけで次につながるのだと思う。相手にもこちらへの親しみがあればの話だが。