何かこう通っていない反応というのがある。それは気持ちかもしれないし、感情なのかもしれない。「ありがとうございました」と言われて、それ九割九分「ありがとう」と思っていないはずだと取れるありがとうございましたに、通っていなさを感じながらその場を去る。
顔つきや語気などからのみで決めるのも個人的な判断で、ほんとうにそうなのかは不明である。実はありがとうと思っていても、抑揚がない話し方とかその日の体調とか相手にもいろいろあって、こちらの勘違いの場合もあったり、いちいち気にしていてもしょうがない。相手に通っているありがとうを強いるつもりもない。しかし、ありがとうの通っていなさをふと勘ぐろうとするのはもう癖である。
自分にとって"ありがたい"ことと"すまない"ことへの言葉は、できれば何かを通わせようとするもの、というだけだ。