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ひとまず句点。

自分が使わないようにしている言葉をかけられてたじろぎ、自分がその言葉を使っていたとき相手をたじろがせることがあったかもしれないと気づいた。

使わないようにしているのは自分の価値観に合わないからで、それを使っていたときがあるということは、自分の価値観が変わったからである。

誰もがかけられてうれしいはずだと、自分は良いことをしているのだと信じていたけれど、逆の立場になり、それは一つの価値観にすぎなかった。

自分にとって使いたくない言葉でも、相手にとっては使っているのだから使うことにした言葉である。「相手はそうなのだ。」と、ひとまず句点をつけて納得する。文章が終わるときに句点をつけるように。

普段思考している言葉を文字にしたときに、そこに句点があるかもしれないと意識はしない。ただ文章においても、句点をつけるから次の内容に移って頭が切り替わっていく。

自分はというと句読点のない散文を想像するばかりであったが、別にそこに句点や読点をつけないという決まりはない*1。相手はそうなのだ、の後に句点をもってきたら、文章のように調子が整い、いつもより少し思考が明確になる。

*1:鉤括弧や感嘆符、三点リーダーをつけることもできる




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