おそらくどちらでもいいことについて、気になって右往左往することが得意だ。しかし、それは身も心も暇にならないということだ。何もしていないように見えるかもしれないが、自分としてはそうでもない。知ることやふけることはまあまあある。暇を好むのもわるくない。
忙しいかと聞かれて、そもそもどうなってたら忙しいのか以上に、自分より忙しい人たちはいるだろうに私などが忙しいとは言えないと遠慮して愛想笑いをしていたが、混み入った話でもなかったのだから、忙しいんですよくらい言ってもよかったのではないか。次は言えるはずだ、忙しいですよと。
職場に悪態をついたとき、その職場に居る自分こそどうなんだと咎めていたけれど、それはあまりにも職場と自分を同一視しているということで、それはそれこれはこれで、怒りはあったという事実。働いていたときのわだかまり。
同じく職場で出会って方たちも、きっかけが"職場"だから悪というわけでもないとようやく思えるようになり、これからも自分が縁を繋いでいきたいのであればそうしたらいいと気づいた。その方たちとの新しい関係が始まっている。