「そういう考え方もある」とか「考え方は一つではない」と考えられないときは、だいたい疲れている。
頭ではわかっていながらも、自分は今一つの考え方に固着していると認めながらも、疲れの勢いが強くてもはや自分の疲れを乱暴に癒すために一つの考え方を猛烈に押している。
すぐ休憩できればいいけれども、状況はいろいろであるわけで、後になって少し反省する。あくまでも"少し"だけ。
「変に思われてたらどうしよう」と人とやりとりしてから気を揉むことがあったが、最近は「変に思われるかもしれないけれど、"面白い"と思われるかもしれない」と、自分の中でさらにもう一言を返すようになってきた。変に思われることが絶対あるともいえないし、絶対ないともいえない。面白いと思われることは少ないかもしれないけれど、まったく思われないこともない。少ないかもしれないけれど、面白いと思われるかもしれないと思っている方がこちらとしては平穏である。
これらは日常的な出来事についてであるが、落ち着いている方たちはこういう思考を何ら意識せずにやっているのだろうかと気づく。