以下の内容はhttps://katari-mata-katari.hatenablog.com/entry/2024/11/22/063606より取得しました。


返す矛先

やられてやりかえしていたら、またやられると考えていたわけではないが、やられてもやりかえさなかった。やりかえさなかったというか、やりかえせなかったのだろう。

相手にやりかえしたときの相手の気持ちを思うやさしさも、道徳に反したことはしてはいけないという正義感も、大人に知れたら怒られるという恐怖も、相手にはかなわないという小心もあった。

たまったエネルギーを内に向け、相手を反面教師にして自分は"そう"ならないようにしようと、"そう"ならないようにいることで自分を保った。それがどんどん行き過ぎてがんじがらめになっていたけれど、そうする以外のことがわからない。大人が言った「いつか相手を見返したらいい」ということだって、そこまでして相手と自分を結んでおくのは酷な話だ。

防げたかもしれないというのは、あくまでも可能性であって何かが起こってしまった以上、その事実の前にただ立つしかない。自分のことですら、思いのままにすることはむつかしい。




以上の内容はhttps://katari-mata-katari.hatenablog.com/entry/2024/11/22/063606より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14