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知らずに想像している

意外だと思うとき、ほとんどのそれは消極的なものだった。明るいはずが暗かった、甘いはずが苦かった、近いはずが遠かった。

そうなると、はじめの見立てがいかに自分の想像だったのかを実感する。そういう人もいるかもしれないけれど、だれもが「意外に思われる」ことを行動の指針にしている人ばかりではない。その人はあたりまえにやっているのだから、意外も何もない。

だから意外だという判断は、もうこちらの勝手な想像である。想像が一人歩きして、その想像がくつがえさたときに、「意外だ」となるのだ。

いかに、ある人の、あることの、自分の想像をつくっていることだろう。休日に職場の人に会ったときにも、そんなことを考えていたものだ。




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