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癒しのための言葉をつなぐ

同じようなことを表現を変えて繰り返し書いていると、ここ一年くらいの文章を読んで思った。

拝読しているブロガーの方が似たようなことを書いていて、自分は違うはず、とタカをくくっていたけれどそんなことはなかった。新しいものが書けたつもりでも、時間を置くとそうでもない。

自分の中心にあったのは、どんな感情も受け止めることと、感情を蔑ろにしないことであった。「感じてはいけない」と感情を見なかったことにせずにできるだけ文章にしてきた。

ある感情を持った自分を、もう一人の自分が見ている感覚はより強くなった。自分の感情を客観的にとらえることも少しずつわかってきた。

しかしその感情の根にあるものが何かについては、はっきり言語化できているわけではない。これからはその部分も書けたらと、役割は終わったと手放した本を再び読みはじめた。

ところで、より内向的になってどうしたいのかであるが、近ごろ、感情を文章にすることはひとつの癒しだと思うようになった。いやいや書いているだけではなくて、公開して読んでいただいているでしょう、はい、文章にして読んでいただくまでがセットだった。このウェブログ自体が癒しなのだと、やましい気持ちになってきたが実際そうなので本当だ。




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