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夢と現実の境界線なんてない

 

 

たとえばの話。

 

 

ゲームとか、ファンタジーの世界では、魔法や呪文というものを普通に「在るもの」として見ているのに、実際には「そんなものは無い」と思って僕らは現実を生きている。

 

 

きっと大昔はそうではなかったんだろうと思う。

 

 

きっと、もっと身近に、魔法や呪文的なもの、

僕は呪術廻戦を知らないけれども、呪術みたいなもの、

そういう類のものがあって、人はその叡智を活かしながら暮らしていたんじゃないかなって。

 

 

そのレベルには様々あって、そのめちゃくちゃ位の高いところにいたのがたとえば卑弥呼と呼ばれるような存在だったりとかして。

 

でも庶民にもその力はあったんだろうとも思う。

 

 

 

あるいは、今を生きる僕たちにも、おそらく自覚していないだけで。

それは「勘」とか、「第6感」とか、「虫の知らせ」とか、そんな風に呼ばれるもの。証明しようがないもの。

でも「信じれば」それは在るものになる。

 

 

 

何を言いたいかと言うと、夢と現実。

 

その境界線はもっと曖昧なもので、もしくは無いと言っても良くて。

 

 

 

だって夢を叶える人は、

「夢みたいなこと言ってんじゃねえぞ」

なんて言われながらそれを実現してきた人なんだから。

 

 

もちろん夢は見ているだけで届きはしない。

 

 

夢というものがあって、それに向かうために何をするか考えて、考え抜いて、感じて、そこへ向かって一直線に取り組んで、時には寄り道もして、迷いの森にも踏み込んで、自分がどこへ向かっているのかもわからなくなったりして、不安になって、やめて後戻りしてしまおうかと思う時もあって、進むか戻るか迷って、なかなか動けずに、それでも勇気出して足を前に踏み出して、そうやって進んでいくことを諦めないで、やがてその先に辿り着き、見えた景色があって。

 

 

 

 

その景色はもう、夢でもあって、同時に現実でもある。

 

 

そんなことを思いました。

 

 

 

 

 

 

 

早く推しと結婚したい。

 

(夢みたいなこと言ってんじゃねえぞ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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