祖母が亡くなった。
たまたま、狐火の「おにぎり」という曲と「また会えたら」という曲(どちらも狐火さんのおばあさんのことを書いた歌)を聴きながら昼ご飯を作った後の知らせだった。
その知らせは母からの電話だったのだが、その内容である。
まずは祖母のことからかな。
とある事情で、祖父と祖母は特別な許可が無いと入れない施設に入居していた。詳しいことはよく知らないが、長女である僕の叔母が親族を代表してその窓口になっていたようだ。
その叔母というのがなんというか、正直自分も直接会わなくなって20年とか経っているので伝聞の話でしかわからないけれども、簡単に言うと僕の母を疎んじていて親類が亡くなったなどの情報を一切シャットアウトしているというのだ。
今回にしても、数日前から施設から病院に移されてもう長くはないという状況だったようだ。
そして今日、息を引き取った。
ということを今日、その叔母の娘さん(僕から見ると従姉妹)が母に伝えてくれたとのこと。
ここまでが僕の「聞いた」話。
すべては母からの話なので真相がどうなのかは知る由もない。
しかし、同じような話はこの10何年と聞かされ続けてきたし、嘘ではないのだろうとは思っている。
そうやって聞かされ続ける中で、初めは義憤のようなものを感じたりもしていたが、結局自分に出来ることなどないと、ある意味聞き流してきていた。
だけど。
チャンスは何度もあったのかも知れない。
僕が何か行動を起こせれば、その行き違いの解消に一役買うことが出来たのかも知れない。
今年の5月。
心理カウンセリングへ行った時にも実はそんな話をした。
この辺りは家族(父)の話が絡むのでまたややこしくなるのだが、父も僕と同じくその状況に対して何をするでもなく、ただ話を聞くだけ、なんならちゃんと聞こうともしていなかったようである。
この父というのが実際どうかはわからないのだが、行動や言動から推察するにはおそらく軽度の発達障害のようなものがある人。他人に興味がないというか、なんなら自分にも興味がないのかも知れない。
そんな父と僕は10年以上対面もしていないしもちろん会話もない。
そういう話をカウンセラーの先生に話した。
すると、こんなことを言われた。
「お母さまは、お父さまに求めても伝わらないからあなたにそれを求めている。でもそれはもう拒否していい。それはあなたが背負わなくていいもの。」
「そして我慢を少しずつ手放して、無理のない程度に人と関わっていってください。」
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人との距離感は難しい。
特に親族、血族であれば尚更に。
しかし、そんな常識みたいなものもどんどん壊れていく、そんな時代になったのかも知れないとも感じる。
それでも、僕は思う。
救えるものなら救いたかった。
これはバッドエンド。
子どもの頃にはたくさんお世話になったな。
大人になって何も返せてない。
ごめんなさい。
そしてありがとう。
たくさん可愛がってくれた思い出が僕にはある。
ちゃんとあるんだ。それだけは絶対に言える。
環境に恵まれてたとは思っていないけど、思えないけど、
おじいちゃんおばあちゃんに良くしてもらった記憶があるから少しは良かったと思えるよ。
天国でも仲良くしてね。
いつか会いに行くからね。
【今日の一曲】
狐火「また会えたら」
https://youtu.be/C-Geds_ZV8A?si=gvdAtXiXt1wzj2DF