「五年住んだマンションを売って引っ越した」という連絡がきた。そいつはいいねとわたしは返信した。
わたしが彼から住居についての不満を聞いたのは三年ばかり前のことである。
わたしたちには食いしん坊という共通点があり、尖った飲食店に行く連れがほしいときに互いを指名する、いわば趣味友だちなのだが、その趣味以外の共通点はあまりない。
彼は難関大学を出て大企業に就職し順調にキャリアを重ねつつ結婚して二人の子をもうけ、タワーマンションの一室を購入した。食べることが好きだが常には節制し、身なりよく人あたり柔らかく、子育てにも熱意を注いでいる。
わたしとしては内心、「たまに趣味をともにする友だちとしてはいいけど、なんか、型抜きクッキーみたいな人間だよな」などと思っていた。
彼はタワーマンション自体が嫌なのではなかった。ただもっと好きな建物があることに気づいてしまったのだと、そのように語るのだった。
僕は知らなかったんだ、と彼は言った。旅行先で古い建物があると入りたくなって、都内にもいくつかお気に入りの古い建物があって、でもそれと自分の住居を結びつけて考えたことがなかった。ところがねえ、世の中にはヴィンテージマンションというものがあるんですよ。ほんとうは住めるんだ、うっとりするような建物に。
なのに、買っちゃったんだあ、とわたしは言う。ヴィンテージと正反対のやつを。わたしもああいうぴかぴかした外装や内装はぜんぜん好きじゃないけどさ、きみは好きで買ったんだと思ってた。
好きとかではない、と彼は言った。いろいろな条件を鑑みてもっとも良さそうな物件を買ったんだ。
その「良さそう」に建物の趣味とかは入っていなかったわけね。
わたしが訊くと、そう、と彼はこたえた。珍しくしょんぼりしていた。パートナーが満足しているならいいんじゃないと言うと、彼女はそんなにこだわりがなくて、とつぶやく。通勤時間だけが彼女の条件で、あとは僕に任せてくれた。
ほかに不満はないのか尋ねると、ないことはない、と言う。
第一に彼は、タワーマンションの敷地に入っている大型スーパーマーケットが気に入らない。魚と野菜が貧しい、と彼は断定する。ちょっと高級志向の定番、いつだってそれだけ、季節によって品揃えがほとんど変わらないのはどういうわけだ、とこぼす。
第二に彼は、徒歩圏内の飲食店が気に食わない。チェーンばかりで気の利いた店のひとつもないのだと言う。このあたり(このたびはわたしの住処の近くで食事をしていた)にだってこんなにいい店があるのに、と嘆く。
「このあたり」というのはどういうニュアンスかといえば、「住んでいる人間の多くは自分より所得が低そう」くらいの意味だと思う。ふん、貧乏くさくて悪うござんしたね。
第三に彼は、何年経っても自分の家の周辺に愛着が持てないことをうっすら不吉に感じている。休日に子を連れて近所を歩いていても、なんか、つまんない、と言う。ふだんの彼らしくない物言いではあるが、まあ合わないのだろう。
彼に「こんなところ」的なニュアンスで軽くディスられたわたしの居住地だが、わたしは気に入っている。さまざまなジャンルの個性的な個人店があり、銭湯があり、大きな公園があり、ミュージアムや学校が多く、しょっちゅう祭りをやっていて、ときどき道端に酔っ払いが落ちている。
わたしはそういう土地が肌に合うのである。建物はわりとどうでもいいので、何の特徴もない中古のマンションに住んでいる。
彼はたぶんすごく素直な人なんだよな、とわたしは思う。多くの人がいいと思うものをがんばって手に入れて、そうしたらいい目を見られるはずだと、疑いもなくそう思っていたんだろう。実際とても努力して成果をあげてタワーマンションに住んで、それなのに彼的には(住まいに関しては)さほどいい目を見られなかった。
かわいそうである。
でもまあしょうがない。タワーマンションに住む人はタワーマンション的なものが好きだから満足できるのに、彼はそうじゃなかったからだ。自分が何を好きかも吟味しないで何千万円も出すものではない。
そう思った。
しかし、そのあと三年で念願のヴィンテージマンションに住み替えをしたのだから立派なものである。見直した。そこいらの型抜きクッキーにできることではない。
わたしはスマートフォンに文字を打ち込む。よけいなお世話だけど、お金の面で損はしなかった?
メッセージが返ってくる。もちろん。なにしろ資産価値の高いマンションだから。五年前の僕だってなかなか利口な人間だったわけだよ。