お久しぶりです、檸檬です。わたしは自分のこと、もっと大事にしてあげられるな〜♪の気持ちになったので、2025年は「ご自愛level100」で暮らそうと決めて遊びまくっています。メモに溜めてたひとりごとを繋ぎ合わせて、嘘日記にしました。時期が曖昧なものはX月表記にします。

1月某日 HAPPYEND
映画『HAPPYEND』を観るために、数年ぶりにCINEMA Chupki TABATAに行く。バリアフリーや音声ガイドに真摯に取り組んでいる映画館。連れ歩いているWICHU(※わたしの好きなアイドルグループNCT WISHの公式キャラクターの名前。以下、ウィチュ)に「ここは、良い映画館ですよ」と念を送る。
いま観ることが出来てよかった。わたし達の生活は、少しずつ搾取されていますね。それを思い知る、痛みを伴う物語だった。諦めることに慣れたくないし、誰かを置き去りにしたくもない。楽しければそれでいいじゃん、今それに怒ったって自分達の境遇が良くなる訳じゃないのに、みたいな。そういう諦め悟りというか、期待すること自体を辞めて俯瞰している空気感が根付いている社会で暮らしてる。作中で、この社会が抱える問題が自分の生活と繋がっていることを少しずつ実感していくきっかけとなるのが"音楽"だったのも生々しくて。AIシステムが支配的な"管理"のために取り入れられていく点もまた、現実だなと感じるし 決してフィクションの話ではないよね。感想は、観たひととゆっくり話したい。
空音央監督のインタビューを辿ってみたところ、写真に映るお仕事の時にクーフィーヤ(※パレスチナの伝統的なスカーフ)やパレスチナ国旗モチーフのブローチを身に付けてらっしゃる様子だったので、心強かった。
渡辺真起子さんの説得力に圧倒される。素敵な役者さんだなと改めて思う。映された姿の、その前後の生活が目に浮かぶような演技をするひとが好き。
HAPPYEND公式サイトより
決して遠くないXX年後の日本。多種多様な人々が当たり前に暮らすようになっている一方で、社会には無関心が蔓延し、むやみやたらに権力が振りかざされている。それはまさに今の世の中と地続きであり、あまりにもリアリティのある未来だ。
1月某日 ウィチュの友達
小さなお子さんに、NCT WISHのことを「ウィチュの友達」と説明していた友達。その光景にも泣きそうになる。
1月某日 優しさの毛布でわたしは眠る
チャリティーイベントに行き、帽子や本やアクセサリーを購入する。友達が作ったネックレスに描かれたmy body my choiceの文字を眺めながら、大事に握りしめる。売り上げの一部をガザへの寄付金にあてているイベントだった。こういう空間やコミュニティにアクセスできる特権性を自覚しておこう、の気持ちで奥歯をギュッとする。環境に頼って寄りかかってしまう時や「自分は"ちゃんと"考えています」みたいな態度をとって誰かを軽蔑してしまう時がわたしにはある。未熟で傲慢な部分、隠さないように頑張ろうねと自分に対して思う。自分ダサいな〜と認めながら進むしか、大人になれないのかもしれないから。子どもの頃にお世話になったご家族が、地元で政治的な活動を続けていたら煙たがられてしまい他国に移住してしまった。数年前のことだけど、そのやりきれなさが消えない。
ひとあし先に友人達とバイバイして、滑りこみでニットブランドmouhenの展示へ駆け込む。直接見に/触れに行くのは今回が初めてだった。袖を通せてうれしい。京都の風景を落とし込んだニットは、表面と裏面で違う表情をしていて愛おしかった。作品の説明をしながら何着も着せてくださった。複数の糸を組み合わせて色味を調整してみたと何気なく話していた姿も軽やかで。

会場に居たひと達は、わたし以外はほぼ顔見知りみたいだったので少し萎縮する。そんなわたしを見かねてか、ひとりが「そのぬいぐるみって、anccoさんデザインのキャラクターですよね?わたしハロオタなので、愛ちゃんの親戚の子がいるK-POPアイドル(※NCT WISHのメンバー・リクさんは元モーニング娘。の高橋愛さんの従兄弟)がデビューしたって話は知ってたので、少しだけ分かります」みたいに話しかけてくださった。や、優しい……。アイドルオタクという共通点で話を進めていくわたし達を見て、スタッフさんが「アイドルオタクって素敵だね〜!一気に距離が縮まる共通点」と微笑んでくださって、その捉え方にもキュンとした。ハロオタさんが「でも、ちがうんです。すごいのはオタクじゃなくて、そうさせてくれる、アイドルなんですよ」と即答しているのを見て泣きそうになる。友達になってくださいと伝えたらよかったな、二度と会えないかも。
いつかもう少し穏やかに余裕を持てる時がきたら、mouhenのニットをお迎え出来たらいいなと思う。
同じ日の夜、2ヶ月くらい書き溜めてたブログをSNSで公開する。想像した上ではあったけれど、想像以上に強い言葉が何度も届いて少し傷つく。でも、現実で見たり聞いたりした言葉の優しさが残っていたから大丈夫だった。冬にわかれての曲『優しさの毛布でわたしは眠る』ってこういうことなのかもな、と納得する。毛布を集めておく。

試着させてもらったうちの1点。ため息が出る可愛さだった。
2月某日 河川敷でスクラム
終電ギリギリまで友達と遊ぶ。議論も対話もせずにインターネットで誹謗中傷を繰り返すようなオタク達は、いっそ正々堂々と河川敷とかで殴り合う方が建設的・合理的かもしれない……とブチギレていた(※一応、書きますが、暴力はダメです)わたしに「なるべく傷つかないでほしいけど、もしもの時には河川敷に駆けつけますからね。スクラムを組みますからね」という旨のことを言ってくれて泣きそうになる。よく泣くけど、友達の前ではなるべく泣かない。わたしも誰かのために駆け付けてスクラム組むよって言えるひとでありたい。
2月某日 ファミレスと天使の涙
話し足りなくてふらりとファミレスに寄ったりするのは幸せなこと。夜遅くのファミレスで、目に涙たっぷり溜めながらアンジュルムとINIへの愛について話す友達の姿が愛おしくて、わたしが何故かもらい泣きをする。誰か/何かのオタクで居るのって、素敵なことなんだよなと思い出させてもらえる。
同じ日、マームとジプシーの演劇『cocoon』に出演していた役者さんにたまたまお会いしたので、気合いを振り絞って声をかけてみるなど(※古着屋の店員さんで、雑談中だったから。街で芸能関係者に話しかけることは基本的にしない)。拙い感想だけど、ゆっくり真っ直ぐに聞いてくださってうれしかった。誰かに言葉を伝えるのは、本来は緊張することだよなと実感する。インターネットは簡単に伝えられてしまうから、温度感がわからなくなってしまうのかもしれないね。
2月某日 読書記録
『K-POPはなぜマイノリティを惹きつけるのか』を読む。頷ける部分もありつつ、また自分はどこにもいないように思えてしまい少し落ち込む。でも読んでよかったとは思うため、伝えるのが難しい。
2月某日 マイナス感情
NCT WISHがパーソナリティを務める日本のラジオ番組『CHAT WITH WISH』での会話に、また胸打たれる。本当に、大切なやりとりが多いため気軽に聴けないもどかしさがあるくらい、大切。
「マイナスな感情を出さないようにしている」と話すサクヤさんに対して、内側で感情がぐちゃぐちゃになっているの リョウには分かるよと言いながらも「だからお前は良いやつだよ」と返すリョウさんと、そんなサクヤさんのことを「よく我慢をする」と捉えているジェヒさん。全員のやさしさに涙出ちゃう。もっと出してもいいよと言いたくなっちゃう気もするけれど、そうではなくて。相手のことを変えようとしない関係を、ゆっくり慎重に築いていってる印象を受けるところに強く惹かれる。簡単なことではないよね。
いつかのインタビューで、ジェヒさんがサクヤさんに向けたメッセージの内容が「自分が大丈夫じゃない時はそれを隠そうとするし、平気なフリもうまいんですよ。僕はそれが少し心配です。頼る相手が僕じゃなくてもいいから、サクヤが安心して頼れる人がいればいいな、と願っています」だったことも心に残ってる。尊敬します。憧れる、わたしにとっての理想の優しさで、学ぶことばかりだな……と何度も思う。
個人的にね、アイドルの会話を"感動的な"解釈で文字に起こさないようにしておこうと、この数年は思ってる。けど、どうしても。物語消費しないために、わたしも日常を頑張るよ〜〜
2月某日 靴底ハプニング
CRAVITYのコンサートへ行く。初めての参加。造形の話をし過ぎてもあまりよくないというか 間違えそうなのであまりしませんが、ハムくんさんのお顔がストライクに好きなので(あとP1Harmonyのジウンさんもです)、ハムくん…………………………と思いながら観る。グループで「真ん中」というか、バランスを取る役割を担おうと頑張るひとが好きなので、そういう振る舞いにも惹かれた。声も踊りも主人公だった。
ヒョンジュンさんのステージでの華やぎにも心掴まれる。THE BOYZのキューさん・NCT127のジョンウさん・CRAVITYヒョンジュンさんは、推し的な感覚とはまた別の感情で「ステージでの全身全霊な姿が刺さる」存在として惹かれるんですよね。アイドルを好きでいるなかで、その"好き"にもたくさんの種類があるのを感じられて うれしい。
友人達との待ち合わせ場所だったカフェの10m手前くらいでいきなり靴底が取れる謎ハプニングが発生して焦ったけれど、明るい友人達がそのまま一緒に靴を買いに行くのに付き合ってくれてありがたかった。靴底、取れることある?そういう場面でわたしは、申し訳なさで居た堪れなくなりがちなんだけど「こんなシチュエーションないので♪」とウケてくれる友人達の明るさが眩しくて、憧れる。靴底が急に取れても笑ってくれる優しい友達。
BATTLE OF TOKYO2024鑑賞会兼クリスマスプレゼント交換会を開催。(※BATTLE OF TOKYOとは:芸能事務所LDHが創り上げた世界観および関連するコンテンツとコンサートの総称。小説・漫画・音源・ショートアニメ・合同コンサートなど、多種多様な形式で作り続けている。この世で最も面白い祭のひとつです。)
レンタルルームの玄関にHUNTER×HUNTERの軍儀のボードゲームが飾られていて、衝撃を受け、全員で「引き寄せている……」と感動した。ボードゲーム置いてあります系のレンタルルームはよくありますが……え、軍儀を?

玄関に飾られていた軍儀(HUNTER×HUNTERのキメラアント編に登場する架空のボードゲーム)。いや、なぜ?

BATTLE OF TOKYOコンサートの要とも言える、"パフォーマーバトル"の鑑賞中。湿度の高い振る舞いをするひと達が集まったグループ名がTEAM NIGHTなの、ずっと面白い。「夜やな」と掲げている友人。
クリスマスプレゼント交換タイムでは、わたしは"LAの古着屋で購入して、そのままPSYCHIC FEVERの公演を一緒に浴びてきた映画『twilight』のTシャツ"が当選しました。K-POPをきっかけに知り合いLDHで繋がった相互さん達との関係、ずっと愉快でうれしい。その半数がTwitterを離れている状態。寂しいけれど、分かるんだよなと思う。現実でまた会いましょう。
EXILEのI Wish For Youの歌詞は良過ぎる……という話になり、みんなで路上で朗々と歌詞を唱えながら歩くなど。幸せを願うことこそが愛。

翌週も会う予定があったので、さっそく着て行く。twilightを見せながら街を練り歩きたい気持ちと薄着したい気持ちと現実世界の寒さのぶつかり合いで、なんか不思議な格好になってる。
2月某日 カステラ×猫×リコーダー
「長崎のお土産です」と言って、カステラと猫のイラストが描かれたリコーダーのおもちゃをくれた。20代後半になって、リコーダーを貰える日がくるとは思いませんでした。𝑳𝑶𝑽𝑬
2月某日 インターネット・ラヴ!
一緒にモーニングをした後に「家近いので、せっかくなので、うちの犬と散歩します?」とご提案いただき、お犬様の散歩に同行させてもらう。インターネットで知り合った友達と朝ごはんを食べ、ご実家に寄り、ご家族からみかんをいただき、ご家族犬の散歩に同行させてもらう体験…………これがアタシの、インターネット・ラヴ!だ。
PSYCHIC FEVERのオタクとElle Teresaちゃんのオタクが「JIGGのビートが聴きたいなぁ」「エルいちばんかわいい♡」みたいなシグニチャーサウンド部分も歌うところが律儀で好きなんです、と話したら「やっぱりK-POPのオタクも、エンカミィ〜!まで言うべきかもしれません」と即答され、うれしかった。
2月某日 読書記録
『パレスチナについて考えた日の日記』を読む。楽しい話やふざけた投稿の前後に深刻な話題に触れることへの後ろめたさや不安が常にあるけれど、"真面目で正しい話をするひと"だけが話す/話せるものではないから。わたし頭良くないし、喧嘩腰だし、怠惰だし、基本的にふざけてるし。適当に呟いた投稿ばかりが伸びてしまうSNSが虚しくなるけど、大事なことを交互に挟んでおきたい。

デザインも素敵。オンラインで扱っている書店もいくつかあるので、ぜひ 。「経費を除く売上はすべてパレスチナ支援の寄付にあてます」とのこと (寄付先:UNRWA、JVCなど)。
2月某日 ビンゴ散歩withアイリーンスタンプ
好きなYouTuber(AWA TUBEというチャンネル。miumiuをこよなく愛するラブリーギャルなご夫妻)の真似をして、友達と「手作りビンゴ散歩」をした。3×3×3のマスを用意してお題を書いて、街中でそのお題に該当するアイテムや人物を見かけたら丸していくの。今回は特別に、丸を付ける代わりに(?)友人愛用アイテム・RedVelvetアイリーンさんの顔柄スタンプを押してもらいました。なかなか「お題:野生のクロムハーツ」が見つからなくて諦めかけた夕方頃、デッカいおぱんちゅうさぎを連れたギャルがクロムハーツのパーカーを着ているのを見つけた時には、それはそれは興奮しましたね。友人とハイタッチ。お題にはなかった「高橋メアリージュンの交通安全ポスター」に累計8回も出会った、8メアリージュンです。

手作りビンゴにアイリーンさん柄のハンコを押しているところ。楽し過ぎたので、定例行事にしたい。わたしが書いたお題「オープンカー」をクリアするために、オープンカーに出会えそうな道に移りましょうと言う友人も面白かった。
※参照動画- YouTube
3月某日 デカい音は最高
K-POPの音楽をデカい音で聴きましょうの会に行き、やっぱりK-POP楽しいな〜の気持ちに。幼い頃に聴いたことがあった『ガラガラGO』がBIGBGNGの曲だと初めて知り、衝撃でしばらく狼狽えた。K-POPアハ体験。前回はトルビョン(ぬいぐるみ)を連れて行ったのに、もう二度と連れ歩くことはないなと感じて ごめんよと心の中で呟く。

K-POP老人会を名乗っている数名と話す。謙虚で優しい。柚木麻子さんが老害になりたくない!と考えて練り出した方法「"長老"の喋り方にする」をぼんやり思い出す。
3月某日 キルア記念日
NCT WISHのシオンさんがHUNTER×HUNTERのキルアのフィギュアを頭の上に乗せた自撮り写真をweverseにアップした記念日。このキルアがいいねと君が言ったから(言ってません)、キルア記念日。そのフィギュアはメンバーのユウシさんが贈ったものだと知り胸がいっぱいになり、数ヶ月後に「僕は意味のないものはプレゼントしない」とユウシさんが言っていたのを見て、さらに胸いっぱいになる。これ以上いっぱいになれないくらい、いっぱい。
ただでさえ好きなひとが頭の上にキルアを乗せてたんだから、さらに好きになるしかなくて。皆さんはありますか?好きなひとが頭にキルアを乗せてたこと。わたしは、ない、初めて見ました。
x月某日 友達めっちゃ好き
わたしがロッタ・ヴォルコヴァのような爆イケギャルになりたがっていることを知っていてくれている友人が、ロッタの投稿を見て「ロッタが日本に居ますよ!!!」と報告してくれてうれしかった。何を好きかを知っていて、覚えていて、伝えてくれるひとのこと大好き。KID FRESINOかロッタ・ヴォルコヴァかマーク・リーか谷口蘭さんか菊乃さん(敬称バラバラですみません)のような肩肘張らないお洒落な大人になりたいんですよ。
傘が苦手なわたしが傘を持てるように、かわいい柄の晴雨兼用傘をくれた友達。ピクニックが好きなわたしが虫に刺されない(?)ように良い香りのアウトドアスプレーをくれた友達。うれしい〜
3月某日 High and dry(はつ恋)
モトーラ世理奈さん×松岡一哲さんの写真集『せりなが』刊行記念の展示を観に、恵比寿のsee you galleryへ。帰り際に「大事に見ようとしてくれているの、伝わっていましたよ」と声をかけてくださって、うれしくて涙声になる。写真を撮るのも映るのも苦手なんだけど、写真を見るのは昔からとても好き。誰かの眼差しを分けてもらえたような感覚になれて、その一連が好き。
吉本ばななさんの小説『High and dry(はつ恋)』の中で、展示空間に着いたらまずはきちんと作品達を観る、というひとの姿が描かれていて好きだったし 心に残ってる。だからなるべく、自分もそうしようと密かに決めてる。自分の中で決めている些細な約束が、誰かに伝わっているとうれしくなる。

see you galleryは初めて行ったけど、魅力的な空間だった。モトーラちゃんにひとめぼれしてから10年が経った。相変わらず、毎回、何度も、新鮮にひとめぼれの気持ちになる。
3月某日 記憶に残らない思い出
成り行きは忘れたけれど、YouTubeでたまたま観たヨネダ2000のコンビ愛確かめ企画で泣く。「初めて出会った場所は?」みたいなお題に同時に回答して、その記憶や認識が合致するかを確かめる企画。記憶力にあまり自信がない愛さんが「記憶力が…… でも思い出としては残ってるんだけど、記憶としては残ってないというか」と不安気に溢したら、隣に座っていた誠さんが「思い出だけに残ってれば、私はそれで嬉しい」と笑顔で即答していて。泣いちゃう。理想の関係だった。
友人各位、記憶に残らなくても思い出に残る変なこと、たくさんしましょうね。



愛さん「でも思い出としては残ってるんだけど、記憶としては残ってないというか」誠さん「思い出だけに残ってれば、私はそれで嬉しい」
愛おしくて泣けちゃうので、お時間あれば観てください。- YouTube
3月某日 散歩うさぎ
都会を散歩するうさぎと遭遇した日。友達とベンチに座って長話をする。いつも気付かないうちに写真を撮っていてくれる友達。わたしの支離滅裂さやランダムな部分を、雑誌を見てる気分になりますと言って肯定してくれる。いつも優しい。このひとと居る時の自分のことは好きだなと思える。誰かにとって自分もそうだといいな。
X月某日 全て偶然
たまたまYouTubeに流れてきた、柴田聡子さんのインタビュー映像に慰められる。なかやまきんに君の好きなところを話している映像。きんに君の「続くも続かないも、それは全て偶然」という考え方、すごく良いなとわたしも思う。なんというか、肩の荷が降りる。教えてくれてありがとうございます。
「きんに君は25年間くらい筋トレを続けているんですけど、"筋トレが続かないひととか、何か続かないひとも、それは全て偶然なんで。ほんとにいつか続くかもしれない。続かないかもしれない。そういうことなんですよ"って言ってて。それは全てにおいて大事な考え方だなって。かつ、"身体"っていう、自分のものなんだけど、多分自分ではほぼコントロールが効かないものに、ものすごい長い時間向き合ってやってらっしゃるということが……私はすごく尊敬していて。その驕りのなさというか。自分の身体とかマインドへの。それがすごく良いなと思って影響を受けています」
4月某日 雑感
ポッドキャスト『ラジオ屋さんごっこ』のメンバーが主催するイベントへ。お笑い・弾き語り・ラップ・DJ…と様々な演者さん達が集っていて面白かった。ママタルトのことは存じ上げなかったけれど、ママタルトのオタクが本当に優しくて素敵だったので、ママタルトの好感度が100000になった。後からプロフィールを検索したら、2人とも特技欄に「ぷよぷよ」って書いていたので、好感度が1000000になった。
わたしはvalkneeちゃんと柴田聡子さん目当てで行った訳ですが、もちろんどちらでも大泣き。特に、柴田さんの雑感を間近で浴びることが出来て幸せだった。身動きできなくなるまで大泣きして、昨年秋からずっと半年間くらい沈んだままだったメンタルが少し浮かびあがった。
終演のタイミングで出演者が集まって写真を撮る時、観客からいっせいにカメラを向けられて「えー凄い、生成AIの映像みたい」と言ってて新鮮&素直なリアクションだ……と感激。ですよね。

smtownくらいの長さがあった。ママタルトの肥満さんが目の前でドラム演奏を始めるなどして、不思議な体験だった。帰りの電車が一緒になり、普通に気まずかった。
4月某日 ケーキの上乗ったイチゴ
NCT WISHのpoppopのカムバックと自分の誕生日が近いことに喜んで楽しみにしていたけれど、JJJの訃報を受けて感情が溢れてしまい、しばらくうまく暮らせなかった。
あらゆる場面で思うことだけど、誰かの悲しい報せを受けてすぐに「あの人は大丈夫かな?」と名指しで"心配"をする投稿を見るのがつらい、それが"バズ"っていくところをもう見ていられない。すぐにリアクションを求められるのは怖くないだろうか。でも心配する気持ちもわかる。心が落ち着く時が、それぞれのタイミングであるといいなと思うし、別に全てを知らせてくれなくてもいいんですよとも思う。インターネット上の"悪意"だけが怖いんじゃなくて、無邪気な"期待や信頼"が個人に向けられている場面を見るのも年々辛くなる。life is難解ですよね。誰の代弁者にもならないように、わたしは「わたしは」で話すようにしたい。
大切なひとがまたひとり居なくなってしまって、ただ寂しい。『Kids Return』の「絶対に理解なんて出来ないね でも手を握る 妹の分とっておくケーキの上乗ったイチゴ1つだけじゃない」ってところがね、宝物です。悲しみや悼む気持ちが続いてもいいんだと思わせてくれたひと。たくさんありがとう
4月某日 ザラメの残った綿飴
自分の誕生日、おめでとう自分ありがとう自分。ザラメの残った綿飴がキラッと光るような感性が好きですよと連絡をくれた子がいて、うれしくて泣く。幸せ者だなと思う。
4月某日 時間をかけて
poppopのことは大好きだけど、teaserの公開のされ方/消費のされ方に違和感を抱いたため、しばらく悲しかった。その気持ちも大事にする。好きだからこそ、ちゃんと違うと思うことは無視しない。告白の相手が同性のメンバーだと"読める形"で切り抜いてteaserで発信をしておきながら、本編で観ると実際は「告白の"練習相手"でした」という物語として描くのは、それは釣りとして機能してしまう危うさがあるのでは?と不安になった。相手の性別・ジェンダーを断定しない余白を残した描き方と捉えることも可能かもしれないけれど、それなら切り抜いて発信するのは避けてほしかった。
無邪気なRPS(Real Person Slash)消費がたくさん起きている状態で、鍵アカでの棲み分けもままならないコミュニティになっていて、それも不安なんですよ。
SNSは、前提が共有されていないまま疑問や不安を溢すと瞬く間に広まって意図しない形の解釈がうまれたりするから、身近なひととしか大切なことを話せない。1つの疑問や指摘が、全てを否定することに繋がる訳ではないですよ。時間をかけて喋るようにしたい。
4月某日 まどろみラジオで「ない話」
2年ぶりくらいにお会いした相互さんが、NCT127とNCT DREAMそれぞれで"もしもバレーのチームを組むとしたら"のポジションとローテーションについて説明してくれて、うれしかった。Twitterやってなかったら出会えないもんな……としんみり。わたしが載せてた漫画を読んだよって伝えてくれたり、お優しい。
同日、1年半ぶりくらいにお会いする相互さん&ご近所物語な相互さんとロイホで会合をする。近況報告ではなく、終始「ない話」をしていたので現実の話が何だったか思い出せない。もしもポッドキャストをやるとしたらタイトルは何にしますか?とか。わたしは『檸檬のまどろみラジオ』にしますね。「シオンさんは、あの、"髪に芋けんぴついてるよ…カリッ♪"が似合いますよね」と言われ、納得して笑う。
4月某日 へへモンの大さんぽ(仮)
ATEEZを好きな友達とジブリ美術館に行ったところ、短編アニメ『コロの大さんぽ』を観たあとにヨサンさんとへへモンに想いを馳せて胸いっぱいになっている様子だったので、良かった。友達から「シオンさんは、細か過ぎて伝わらない物真似の"何気ない一言にも深みが出る真矢みき"に似てます」と言われ、納得して笑う。
4月某日 ニューオールドカリモク
YUKI FUJISAWA ×カリモク家具の展示『ニューオールドカリモクby YUKI FUJISAWA』へ。 ゆきさんが直接、作品の制作過程のエピソードや意図を説明してくださるツアー企画に参加した。
新たにデザインしてオリジナルの家具を作る訳ではなく、既にあるもの/古くなったものを見つめ直すプロジェクトだった。 古いまま新しくなる姿を見ていられてうれしい。曖昧さや揺らぎ、劣化していく過程を受け止めて肯定するようなYUKI FUJISAWAの作品は、いつも柔らかくて大好き。ゆきさんは「ウィチュだ〜!」と言いながらウィチュにも手を振ってくださる。お会い出来るとうれしくなる。

手を置く位置に施された馬は、いつかきっと塗装が剥げてしまうし手触りも変わってしまうことでしょう。それでも、その経年劣化ごと見守って愛していけるだろうなと感じられる。
友達との別れ際、しばらく立ち話をする。環境や労働条件やジェンダー観を意識しながら良いものを作っているブランドはたくさんあるけれど、そうすると結局は価格帯が上がってしまうから届く層には偏りが生まれる。そのことが悲しい。SHEINを買うひとを頭ごなしに否定するのは違うと思う。環境要因だってあるのだから。資本主義社会にあまり乗りすぎないようにしたいな……と思いながら、わたしはアイドルのランダムグッズとかを喜んで買ったりするし、これからも多分買う。矛盾しながら、折り合いつけられるラインを探そうと思う。
誘った友達は既に一度観ていたらしいけど、それでも一緒に見てくれて。うれしかった。合流する前に、下北沢B&Bで同時期にやってた『YUKI FUJISAWA制作日記』の展示ものぞいた。少しだけ開いた窓から ゆるやかに風が吹き込む店内に、淡い色合いの布が吊るされていて。その布に箔押しで書かれたテキスト越しに、たくさんの本が並んでいる光景が避けて見えるのがすご〜く綺麗だった。文字越しに本を眺められるの、不思議な体験でうれしい。これもまた、光るものの思い出。

"それぞれの人の胸のなかで輝く、人生で出会った光るものの思い出。光の記憶はしぶとく残り、わたしたちが生きることを助ける。ならば、いろんな光を覚えていたい。そしてその光にいのちを燃やす人がいたことを、今もいることを、忘れないでいたい。"/YUKI FUJISAWA制作日記
4月某日 自然の会
自然の中に行きましょう〜の会。奥多摩の川辺でだらだらと過ごした。川に入るひと、シャボン玉するひと、日陰で本を休むひと、昼寝するひと、それぞれのペースで好きに過ごしていて良い空間だった。
わたしはどうしても、多くて5人くらいとしか一度に話せない(過ごせない)人間なのだけど、この年齢になって急に「たくさんのひと」と遊ぶような状態になっている。人生は何があるかわからないね〜。せっかく岩場なので、落日飛車とHYUKOHのジャケ撮影ごっこしましょう!とか言ってもニコニコしてくれる友達。
松本大洋さんの漫画『sunny』の中に、定期的に街を離れて山に行かないとバランスを保つのが難しくなってしまう子の話があって。それが好きだったんだよなぁと思い出す。

全ての光景を「幸せ」にしてもらえる最高カード
X月某日
4月中旬、NCT WISHのラジオでの振る舞いをきっかけに、主に日本人メンバーへの強い批判が起きて炎上が続く (※ラジオ内で言葉数が少なくなり、積極的に発言をしなかった/出来なかった様子だった。その状況と振る舞いについて、厳しい声が寄せられる。詳細な理由は追いきれていないし、解釈には個人差あると思う)。
poppopで1位を取ったあとのスピーチで、咳払いをしてから「僕達はまだ足りないところがたくさんあるけど、これから全て改善して、良い姿だけを見せることが出来るNCT WISHになりたいと思います」と話すシオンさんの姿を観て、胸が傷んだ。思うところが多い。足りなかったことなんて、ただの一度もないですよ。(追記:足りないと本人が感じる部分があって、それを埋めたいと思うのであれば、それをそっと見守っていたいなとも思う。)
5月上旬、NCTドヨンさんのソロツアーの日程が公開された後、ソロツアーがあるからNCT127がグループとしてのアンコンを開けないのでは という文脈での批判が起きる。すかさず、ドヨンさん本人からの丁寧な文章がweverseにアップされる。擁護の反応も含めて、こちらもまた思うところがあった。「言わされている」訳ではなく、本人の言葉を持てる1人の存在ですよと胸に留めておく。テヨンさん不在の中、イリチルだけではなくNCT全体を支えて大切に繋ぎとめきてくださったのは、ドヨンさんだと思っていますよ。
庇護欲と自己顕示欲と支配欲は結び付いているように思えてならないし、それらが満たされなかった時になぜか"自分"が被害意識を抱いて、反転して加害にまわってしまう……という流れが生まれてる気がしてるし、その頻度が上がっている印象を受ける。なので、K-POPアイドルを観る時間を減らそうと思っている。でも、かわいいし好きだから観ちゃう。割り切れないからもどかしい。
アイドルオタクが、アイドルを神様のような清く正しい存在と捉えて期待しておきながら"お客様は神様"精神で関与するところ、怖いんですよ。神様が言ってるんだから神様で居てよ、みたいな態度に見えてしまう。個人的に、なるべく「〜してあげた/あげたい」って言わないようにしてる。「〜してあげたのに」って言いたくなるだろうから。"作品"として見せてくれている"本人の見せたい姿"って、結局はステージ上での出来事だよね の気持ちに着地したので、チッケムの話をたくさんすることにした。あとはただの文字起こしと感想。人間性分析みたいなこと、誰に対してもしたくない。関係性オタクな自覚があるから、気を付けたい。
少し逸れるけれど、オタクが事務所のみに強く当たるのも違うよなと常々思う。だから個人的な決め事として「カムエム(※韓国の芸能事務所SM entertainmentを批判する時に使われる蔑称)」呼びを絶対にしないことにしている。中傷になってしまう可能性があるから。"批判"にするために、中傷にしない努力をする。まあ、普段は悪口ばっか言ってますけどね。
5月某日 会えない友達
友達のお子さんがNCT WISHのことを「会えない友達」と呼んでいて、眩しかった。会えない友達、いいな。
5月某日 オタクBBQ
K-POPオタク先輩達とバーベキュー。バイタリティと知識欲と探究心に満ちた素敵なひと達。頭の回転がはやく言語化がうまいみんなと同じペースでは話せないため、周回遅れになってしまう。でも、無理に答えを急かないでくれるところも優しい。そのひとを好きな理由、そのひとを「好きだと自分が思う」理由、をこんなに真剣に向き合って深めていけるひとがいんるだな……と感動する。
全く違う視点のひとと話すことで、自分の「好き」の輪郭が見えてくるとうれしい。1人じゃ絶対に辿り着けないから。わたしは歌詞重視派なんですよね。感覚的な好み(音と声を聴く)が大前提にあるけど、それらが集まって音・感情・意味が繋がるような瞬間が楽しくて好き。もちろん、意味なく好きでいられるものも好きだよ〜
5月某日 おとぎ話みたいみたい
姉が泊まりにくる。「部屋の大きさに対して物があまりも多過ぎる。部屋を大きくするか、物を少なくする必要があるんじゃないかな」との冷静な指摘を受けて、ぐうの音も出なくなる。ぐう。姉はいつも正しい、だからいつも負い目を感じる。でもマジで賢くて明るくて人気者な良いひとなんですよね。映画『おとぎ話みたい』の、親身になってアドバイスをくれる卒業生を冷たくあしらってしまう光景に、身に覚えがあるというか……。身内ではあるけど、姉のことを思うんですね。
5月某日 嫌で解ける日々を編む
三軒茶屋のtwililightで行われていたgrandma's gangの展示『偶然の浜辺を遊覧する』を最終日ギリギリに雨のなか滑り込みで観に行く。わたしはいつもギリギリだな。grandma's gangは、編集者・ライターなどをされている野村由芽さんの編み物プロジェクト。ウェブメディアshe isをきっかけに由芽さんの存在を知って、その後もme and youの記事やポッドキャストの言葉に救われてる。
店内の壁に飾られた、由芽さんのおばあさんが編んだニット達と由芽さんが編んだニット達をゆっくり眺める。よく見ると、編まれてから時間が経っているニットには毛玉がついたままだったりして。そこも好きだったな。ああ、このひとは展示するからと言って、勝手におばあさんのニットの毛玉を取ったりしないんだな と思ったら泣けてきてしまった。別にそんな意図はないかもしれないけど。

カネコアヤノちゃんの『窓辺』にある歌詞「嫌で解ける日々を編む 少しずつよくなってゆけばいいね」を思い出すような空間だった。
5月某日 愛が花束になる
シオンさんのお誕生日お祝いを兼ねて、ビーズ花束づくりの会を2日連続で開催した。デビュー1周年を迎えた時期、NCT WISHの自主コンテンツの中で「授賞式」企画があって、それが本当に好きだったんですよ。全員に賞と花束が贈られるところを見ていられてうれしい。

poppopのteaser写真をイメージしながらビーズと写真で作った花束。カネコアヤノちゃんの『とがる』にある「あなたの花は枯れない 一生枯れさせない」「愛が花束になる 一生枯れないやつ」って言葉が大好き。(もちろん、枯れる花も好きだよ。)
下北沢のボーナストラックに寄ったところ、昨年の12月に韓国で起きた「戒厳令」への抵抗や弾劾デモのために作られたグラフィック類が展示されている空間があったので、みんなで黙々と眺める。あの時、日本のインターネットでの「羨む」空気感に耐えられなかった。絶望に慣れない練習と、誰かの「怒り」を遠くから感動消費したり羨んだりしない努力が要る。頑張ろうね。映画『HAPPYEND』が韓国でも上映され始めて、特に若者達の間で大きな支持を得ていると知ってうれしくなる。友人達と、ドラマ『二十五、二十一』のスンワンとお母さんの会話が大切だったって話をしてうれしくなる。

「輝く存在たちは一緒に歩く方法を知っている」
5月某日 元・ご近所物語
かつて ご近所物語な関係を過ごした友人と、久しぶりに会う。爪と靴下と鞄の色をパチっと合わせている姿に惚れぼれする。誰かのこだわりを知ると愛おしくなる。ウィチュ色のニットポーチを編んでプレゼントしてくれて、うれしくて目がハートになる。凛とした佇まいと言葉選びが、何年経っても変わらずに素敵。いつも光っていますね。
5月某日 繊細70%
憧れのひとだなといつも思う。

5月某日 よろこびをともに歌おう
NCT127のTHE MOMENTUMツアーのラスト2日間、東京ドーム公演を観に行く。イリチルの音楽と表現はイリチルだから成立できるのだと証明してもらえて、慰められる。
すごく大切に想っているからこそ、音源を聴き返すのが苦しくて。距離を保つのが難しくなってしまい、コンサートへの参加自体をしばらく躊躇っていた。それでも、大切な友人達と一緒に行けて本当に良かった。「ドヨンに感謝を伝えたいよね」と言う友人の言葉に頷く。本当にね、そうなんですよ。言葉にしなくても伝わるほどの誠意が溢れているのに、その上で、さらに言葉にして伝えようと努力する姿が美しかった。信頼関係にただ頼るのでなく、それを続けようと努力して言葉にする姿が心に響く。
わたしは、ドヨンさんが居心地が良いと思える場所でやりたい音楽をやっていてくれたらそれが何よりうれしいですよ。多分ずっとこのひとのこと好きだなと確信できたから、安心して距離を保とうと明るい意味で思えた。美味しいもの食べてよく寝て良い香り集めて、なるべく穏やかに過ごしてほしいなと願ってる。イリチル、大好きだよ〜

意味のないことを思いついたままに言ってしまいがちなので「えっ、ステージが漢字の"土"の形してますよ」とかマジでどうでもいいこと口走ったけれど、愉快で優しい友達が「開脚をする大橋くんみたいです!」と即答&説明してくれて最高だった。日常会話でTwitterをやるんよ。
5月某日 輝くSHINee
SHINee先輩達のコンサート配信を友人達と観た日。少しお茶してからレンタルスペースに移動する予定だったけれど、どこのお店も混んでいてしばらく彷徨う。都会、こんなにたくさんお店があるのにどこにも気軽に入れない。
移動して鑑賞スタート。ずっとあり得ない(凄すぎるという意味)曲順で演っていて、ずっと狼狽えながら観た。グループを存続させていること自体がありがたいと思うけど、最前線を全身全霊で駆け抜け続けてくださるの涙でちゃうな。友達に「わたしSHIFTのパフォーマンス初めて観た気がします……」と確認したら、今回初めて振りを付けたみたいだよ〜と教わり、感動でまた狼狽える。作品への愛と信頼を感じますね。
キャッチーであることや流行にアンテナを張るのはもちろん重要だけど、この移り変わりの早い世界の中で、着実に「長く愛されていく」「自分達の色が出ている」ものを届けてくれる姿を観る/聴くとうれしくなる。ドヨンさんのソロアルバムに対して抱いた気持ちも少し重なる。
配信の前に、みんなで編み物の練習をした。良い時間。長く長く、ゆっくり見届けていたい。
5月某日 キラキラフォントのショートケーキ
バラエティ番組『夜のブランチ』に出演することになったNCT WISH。ブランチが という意味ではないけれど、日本のバラエティに根付いているホモソーシャルな空気感が苦手で、どうしても身構えてしまうため、番組系はいつも時間差で観る。
胸キュンときめきワードを披露♡みたいな場面で「ショートケーキ大好き」と言ってるシオンさんの清々しさがうれしかった。君を好きでいて、わたしはうれしい。胸キュンはね、多岐にわたる。キラキラフォントがこんなに似合うこと、ありますか?あるんです。いつか、オシオン・中島健人・及川光博のユニットステージをお願いします。

ショートケーキが大好きなシオンさん
5月某日 話すことをやめない
Le Makeup×Khakiのツーマンライブを観に、数年ぶりに新代田FEVERへ行く。いいライブハウスだよな〜と行くたびに思う。渋谷のWWW XとFEVERは程よく他人のままでいられる距離というか、ちょうどよくバラバラで居られる感じがあるので居心地が良い。柴田聡子さんと古着屋BOYの奥富さんの2人がキュレーターを務めるイベントだったので、あわよくば柴田さんのステージも……♡と淡く期待したものの、天の声としてのみ参加されていた。それもまた素敵。
Le Makeupが淡々と、鬱々とした感情も隠さずに、静かな佇まいのままステージに居てくれるところに慰められる。ガザの話を音楽の中でしている日本のアーティストの存在、大切に見届けていたいんですよ。わたしは『雨上がり』と『26』がとても好き。
LeMakeup/雨上がり
きっと僕ら 見てる全ては きっと誰も 見れない 見れない だからずっと 僕はずっと 話すことをやめない やめない ひどいニュース ガザの話*歩きながら思い出してた 周り見たら 自分だけが傘をさしてる 傘をさしてる
(*歌詞表記上は「ひどいニュース ガザの話」は「前のデモで聞いた話」になっている。)
6月某日 友情メリケンサック
HiGH&LOWを愛する友人から「メリケンサックに入れたい文字は何ですか?」という旨の連絡が届く。次のクリスマスプレゼント交換会でもらえるらしい、うれしい。メリケンサック(おもちゃ)をくれる友達に出会えた人生、うれしい。友情リングならぬ、友情メリケンサック。冬に会う約束を春にもらえるの幸せだな。
6月某日 志(こころ)レーン
PSYCHIC FEVER from EXILE TRIBEの公演を観に、宮城県へ。小波津志さんが絶唱しながら爆踊りしていて、君は世界になる……ジヒョ先輩とタイマンを張れます、と思いました。いつかのラジオで、韓国の授賞式に参加した時に抱いた"悔しさ"を真っ直ぐ言葉にしていたのが印象に残ってる。Just Like Datがバズる前のことだった。取り巻く環境の変化や速度感への戸惑いもあるだろうけれど、地道に進む堅実さが身を結んでいくところをリアルタイムで見ていられて、いち視聴者としてうれしい。
翌日は松島に立ち寄って観光をする。途中で『ハチミツとクローバー』に出てきた場所だ……!と理解して感動した。竹本くん、お元気ですか。東北の銘菓は美味しすぎる。『呪術廻戦』で五条先生が食べていた喜久福を初めて食べた。美味しい。

小波津志(こはつ・こころ)さんのチェキレーンの名前が「志チェキ」なの本当に良い。志 こころざし こころ
6月某日 伝説の三日坊主
編み物をはじめよう!と決意して、一式を購入する。YouTubeの説明動画を観てもなかなか理解が出来ず、途方に暮れる。スローにしても何を言われてるのかちっとも理解が出来ず、ものすごい愚か者かもしれないと落ち込む。3日間、過集中して取り組んだところ背中を痛めてしまい……絵に描いたような三日坊主になる。なかやまきんに君が言ってくれた「偶然」を胸に留めておく。いつか偶然再開しようね。理想は、NCT WISHのsongbird衣装のサスペンダーみたいなモチーフで、ペンライトホルダーを作りたいんです。未来の自分に期待!夏はね、暑すぎるから……。わたしと、ウィッシャー編み物部になりませんか?

あり得ない可愛さ。それが、あり得るんです。ありがとう…可愛くて…………ちゃおのロゴも似合います。
「Songbird」が発売中! 今いちばん輝くボーイズグループNCT WISHに聞いた新曲のこと♡ - ちゃおプラス
6月某日 æspaは、滝
わたしが真剣な顔で「æspaのことは滝とか山とか崖のように思ってる。ただそこに在って、圧倒してくれていることが有り難くて……æspaって、滝なんです。」とか言っても頷いて聞いてくれる、優しい友達。いつもありがとう。æspaがわたしにとって滝でいてくれるからK-POP面白くないはずがないと言いますか、少なくとも、わたしにとってK-POPはずっと面白い。どうしても"意味"を求めすぎてしまうわたしが、必ずしも意味を求めなくても大丈夫だと思えるような部分がある。
数年前、わたしにSMエンターテイメントを勧めてくれた友人が、大衆に迎合することなく"虚構"を貫いて見せてくれるところが好きだと言っていたこと、時間が経つにつれて沁みます。イリチルとæspaへの信頼はそこです(補足:これを書いてる9月時点は、æspaがここにきて"Rich Mam"と歌ってくれていることの有り難みを噛み締めています) 。その虚構に呑まれることなく貫けるような強度と柔軟性があるからすごい。やりたい放題やってほしい。
6月某日 雀の涙
雀の涙のボーナス支給。雀の涙って表現、すごいよね。心身の調子がいい感じになったらボーナスのタイミングで誹謗中傷への対応を進める気だったけど、匿名悪意の集約場みたいにされているのを見て不憫に思えてしまい、手放すことにした。マシュマロみたいな匿名サービスで"悪意を代弁する"役になってるひと、を利用している人達のことがいちばん苦手。河川敷(※概念)にもきっと来ない。わたしのためにお金を使おうと思ってかわいい服を買った。服がかわいいとうれしい。まだまだ涙は続くよね、雀もびっくり。ヘルシーな抵抗として、fabulous現実生活を送るぞ〜
6月某日 波瀾万丈博士/夜のピクニック
夜のピクニック・ウォーキングをしましょうの会を、都議選投票日の前夜〜当日にかけて開催した。終電くらいの遅い時間に集まって、朝まで歩いてファミレスで朝ごはんを食べるのを目標に進む(これはポッドキャスト『Y2K新書』でのエピソードを参照、というか真似っこ。真似たくなるような愉快な大人がいてくれてうれしい)。トータルで20kmくらい歩いた。企画者であるわたしのうっかりおとぼけ計算ミスで、日の出を見るのは失敗しちゃった。申し訳ない、リベンジさせてほしい。
明け方、みんなで眠たい目をこすりながらよろよろとファミレスで朝ごはんを食べる。頭も口もよく回らない状態だったけれど、いま抱えている不安や怒りをシェア出来て慰められた。静かに呟くような、そういう怒りだってわたし達の生活には溢れてる。
わたしは、期日前投票をしてからanccoさんの展示に行き、移動して、summer eye達がやってたDJイベントをゆるっと観てから、また移動して、夜のピクニックへ。たくさん動いた。シャムキャッツが居ないこと、まだまだ寂しい。夏目さんはずっとかわいい。summer eyeの『人生』にたくさん励まされている。だせー大人になりたくないって思ってるから、勉強します。
summer eye/人生
俺は波瀾万丈博士 魂よ、胸の深くを刺せ だせー大人になりたくないって思ってるなら 勉強さ 変わるにはいい時期さ ペースを落とそう- YouTube
6月某日 読書記録
トイ・ヨウさんの『多聞さんのおかしな友達』と高妍さんの『隙間』を読む。うれしくて、みんなにお勧めをする。でも感じ方は揺れ幅があると思う、それはみんな別の人間だから。隙間のように、加害の歴史から目を逸らさない物語にこのタイミングで出会えたことは大きな支えになった。
7月某日 短冊
回転寿司にシオニンバッグ(※NCT WISHシオンさんの個人キャラクターこと「シオニン」の形をした、巨大なバッグが販売された)を連れて行く会。ゲームセンターの端っこに置かれた短冊コーナーに、それぞれの切実な願いを書く。賑やかな店内の中で、少し浮いてしまうかもしれない。願い事たくさんある。
数年前に観たドキュメンタリーのなかで、"未来への展望は?"と聞かれたピナ・バウシュが「世界には大きな問題があるから。自分に何を望むか聞くのをためらうような。……たくさんの強さと愛、どうだろう。たくさんの強さだと思う」と躊躇いながら答えていたことを思い出す。
7月某日 真剣ウィッシャー
わたしが真剣な顔で「ユウシさんは、にゃんにゃんにゃんこでもあり、ニャニィニュニェニョンでもあるんです」って言っても、わたしがアンパンマンを見るたびに「赤ちゃんパンマン♡(※NCT WISHサクヤさんが裏声で「赤ちゃんパンマン♡」と言うところを愛でるシオンさん、というやりとりがあった)」と言っても、受け入れてくれる友達。
7月某日 カチカチしてるネイルの音
わたしが「Elle TeresaちゃんのNailSoundsごっこしませんか?」という誘い方をしても乗ってくれる友達。ロングネイルチップを購入して、爪をカチカチ鳴らすことを目的とする遊び。カチカチしてるネイルの音♪よく言われる「それウルヴァリン?」♪になりくて……「それウルヴァリン?」ってよく言われるの、それ、まわりの人間も愉快ですねとしみじみ思いますよ。
長い爪のまま海底撈(ハイディラオ)火鍋に行き、長い爪の暮らしを体験する。ハイディラオは初めて行ったんですけど、全ての出来事が15分前くらいに起きる爆速空間だったので、友達と「ここは『時効警察』の早め亭なのかもしれない」と話し合ったり。早めにね。

爪をカチカチ鳴らすのは素人には難しかったので潔く諦めて、汚ねぇ仕事(æspaのDirty Work)〜♪って言ってる場面。
7月某日 うさぎの紙吹雪
NCT WISHの写真展One Summer Wishを観に行ってから、横浜のぴあアリーナでのドヨンさんの単独公演を観た日。ドヨンさんへの感情が「恩」なので、わたしなりの正装をしようと思って、いつもより少しキリッとした格好をした。
One Summer Wishの写真展は、もう少し混雑を避けられる広さ+動線だったら落ち着いて見られた気がするなぁ……という歯痒さが残った。でも展示内容は好きだった、写真に映っているメンバー達の目線を拾うような並びで微笑ましい。昨年の春頃に撮影したものを、約1年間も寝かせておいてたところも新鮮に感じた。K-POPの速度感ってすごいから。本人達にとっても見る側にとっても、どこか懐かしい気分になりますね。
まだ年齢的にも幼い方達を"アイドル"として眼差すと、どうしても「大きくなったね」みたいな心境になる時がある。でも、その感覚が庇護欲のようなものに転びそうで不安になる時も多い。変化や成長を懐かしむような感覚を、一方的なものではなく、本人達とも共有できる(まぁ、それも差はありますが)距離感に思えたので、このOne Summer Wishの企画全体がとても好きだった。重なることのない思い出、そっとお裾分けしてくれてうれしい。

少し高めの位置に飾られていた、こちらが好きだった。屋根まで飛んで弾けて消えるまで、見届けそうな感じで。
ドヨンさんの公演は、ちょっともう胸がいっぱいだったので言葉では追いつけない。2日間とも行ったけど、どちらの回も会場のみんなが"ドヨンさんのための優しい嘘"をつく時間があったりして、その関係が居心地よかった。全員が「初めて来たひと」にもなるし、全員が「また来たひと」にもなる。きっと嘘なんだけど、それは優しい嘘だった。明確に言葉にしなくても、今回がきっと兵役前に会える最後のツアーであることは理解してるから。別々のタイミングで、知らないひとが3人、親切にしてくださってうれしかった。そんなことあるんだな。優しさは連鎖するものだなと思えて、幸せだった。
日本語の「大事にしてください」という表現が気に入ったと話すドヨンさんが、一生懸命にその理由を説明していたところも素敵だった。韓国語におきかえると「大事」が"소중한"で、その「大事」を含む言葉の「大事にしてください」が"아껴주세요"の意味になるのが素敵だと思ったとのことで。通訳さんがその場で訳すのは難しそうだった(※直訳すると「大事にしてください、が、大事にしてください、になるんです」みたいになるため)けれど、その言葉の間で揺れる感じも魅力的だった。誰かを労わる意味の「大事にしてください」のこと、"大切に"の意味で大事にしていたい。こういう表現をもっと他にも知りたいんです、と明るい声で話すドヨンさん。ずっとずっと追いつけない。
ジャズアレンジパート最高!大好き!音源化を願って、感謝の正拳突き!

空を見て連想するドヨンさんの写真、みたいな感覚を分けあえるひとと過ごせてうれしい。

アリーナ前方までしか届かなかった(それは仕方ないこと)紙吹雪を、手にいっぱい抱えてスタンド席まで配り歩きにきてくださったひとがいた。「うさぎの形なんです!」と言いながら渡してくださって、その優しさにまた心が温かくなる。優しいひとでしたね、という話で、隣の席にいた知らないひととしばらく話す。覚えておきたい会話だった。ドヨンさんを好きになったから出会えた知らないひと、二度と会えなくてもうれしい。
7月某日 日記屋 月日
選挙割引キャンペーンを活用しましょうの会。お互いの地域の投票証明証を見せあったりする。選挙のたびに、投票証明証のデザインを統一にして欲しいな〜と思う。住んでるエリアを公開したくないけど認証ショットは撮ってシェアしたいから。難しい。……そもそも投票のシステム自体が、限定的すぎるよとも思う。「限られた短い期間の中で、心身ともにタイミングが合って、その場所まで行って、名前を記入することが出来る」という前提って、簡単なことではないはずだから。
お互いの不安を言葉にして共有する。「差別をしない/したことがない」と断言できるひとなんて居るのだろうか、という不安がついて回る。だからこそ、糾弾や分断ではない方法で話し合えないかなとため息混じりに話す。誰かへの信頼が神格化に繋がらないように、自分のことを見張っておきたい。
まず、差別的な表現を含む言葉を放置しないのが大事なのは前提として。「こういう思考を持ったひとは差別主義者だ」と批判してしまうと、反発は強まるだろうなと感じる場面がたびたびあった。また、一度でもそういうことをした人間は「そういうひとだ」と捉えたり馬鹿にしたりすると、孤立を生んでしまう可能性があるから……もっと話せないのかな。もちろん、ライン超えになる言葉を使っている場合もあるし、生き死にに関わることだから悠長に言っていられないのも現実なんだけど。
参政党や日本保守党の街宣に遭遇するたびに、息を潜めて目の前を通り過ぎる。6〜7月はそういう場面が多かった。インターネットの動きをなるべく把握しておきたかったけど言葉の強さと速さに疲弊してしまい、メンタル保つのが難しい期間だったな。

店員さんがウィチュのことを愛でてくれる。選挙結果、不安ですよねと言いながら飲み物を渡してくれた店員さん。
7月某日 読書記録
とれたてクラブさんの『祈りとスキンケア』を夜中に読んで、大泣きする。わたしは選挙権を持っている人間だから、やるべきことをやれるだけやる。
7月某日 滅亡しなかった世界線
高校生くらいの子達が「7月5日に世界が滅びなかった時点で、わたしの人生はもう終わってるんだよ」と自虐のように笑いながら話していた。
7月某日 参院選当日、ウィシペンミ
参議院選挙の投票日、NCT WISHのファンミーティング1部に参加。会場でAOIchiさんの停戦パッチを着けている方を見かけてうれしくなる。声をかけたらよかったなと後悔してる。
あり得ない暑さのなか、室外機の温風を間近で浴びるような場所に待機列がつくられて内心ブチギレていた。スタッフさんも大変だよ。整理番号の呼び出し方法が、全て"日本語の肉声のみ"で行われていたので、ハードルが高いなと感じた。いま何番くらいまで呼ばれているのか?あなたは何番なのか、わたしはどの辺にいたらいいのか?と声をかけてくれた韓国人の方がいたけれど、わたしの語彙力が乏しくてうまく説明できなくて落ち込む。オタクが知識を持ち寄って、最高にスムーズなオペレーションを決める会議とかして「俺たちが考える最強のイベント運営」を文章化するのがいい気もしてくる。
個人的にペンミのトークコーナーに対して苦手意識があるため、身構えながらの参加だった。でも「好きな屋台の食べ物は?」とかそういう穏やかで微笑ましい内容ばかりだったので安心した。不安がってばかり居るのも、信頼に欠く行為かもしれないから失礼な場面もあるよな〜……と反省する。リクさんが居る状態でのNASAフルver.を初めて観ることが出来て心からうれしい。
2部に参加する友達のことを待つ。開票結果をひとりで見るのが心細かったから、誰かと過ごせることに安心する。合流して感想をウキウキと話しながら、選挙への不安も言葉にする。ペンミ参加者に配られた、メンバーからのお手数を読みながら帰り道にまた少し泣いたりした。ユウシさんが「今日はどんな日だった?」と書いていて。不安で眠れない日が続いたし、これからも続くけれど、今日はいい日でしたと思える。ありがとうね。
可視化されてしまった暴力や排他的な考えは余波を生むことでしょう。良くなることを願っていたいのに、悪くなるのを防ぎたい気持ちでいっぱいいっぱいになる。絶望せずに手を繋いでいようね。
Future's in my hands,it's my wish(all my wish)

anccoさんのVOTEイラストをプリントアウトして、友達に渡す。ウィチュが発光しててかっこよかった。
7月某日 生活が難しい
今日は身体が軽い♪とご機嫌に退勤したものの、最寄駅に着いてから会社に鞄を忘れてきたことに気がつく。5マス戻る。
7月某日 生活が難しい
ハンディファンを購入。翌日、ハンディファンを紛失。ハンディファンデビューに今年も失敗。
X月某日 Motiv
今日好き(恋愛リアリティ番組『今日、好きになりました。』)とスウパ(Mnet主催のダンス番組『WORLD STREET WOMAN FIGTERS』)とダンバド(LDH主催のオーディション企画)を同時期に観ていたため、会うひと達に「3つの地獄に堕ちます」と宣言していた。リアリティやサバイバルオーディションは誰かの人生を消費してしまうから避けたいのに、観たら結局ハマってしまう。
スウパに出場していたアメリカ代表クルー・Motivに出会えたこと、2025年を生きていて良かったな〜と思える大きな出来事だった。メガクルーミッションの作品、お時間あれば観てください。





HIPHOPの音楽と文化が持つ意味について、慎重に言葉にしていたMarlee。芸術としてHIPHOPを使いながら、ただ"happy go lucky"な表現のためだけに扱うことは出来ない。日本語字幕だと砕けた感じになってるので、本人の声で観てほしい
"カルチャー"にはどのような背景があり、どのような意味を持つかを発信してくれたMotivの誠実な姿に胸を打たれる。Hearts2Heartsのteaserコンセプトを巡って起きた"文化の盗用"の言葉の誤用、NENEのビーフがかわされて宙ぶらりんになったままメッセージの意図が重要視されなかったこと、その一連に怒りと虚しさを抱いていた時期だったから尚更、Motivの表現と揺るぎない姿勢に惚れ惚れした。Motivのディレクター兼リーダーのMarleeが、ゆっくり確かめるように話してくれた言葉を大切に覚えておく。
自分の好きな存在が批判された時に、条件反射みたいに攻撃的にならないための練習をする。でも自分の喧嘩っ早さを自覚してる、一度飲みこむ練習をする。手のひらを眺めてグーパーをする。映画『はちどり』の、何も出来ないように思えても手を動かすことは出来る、という台詞を心の中で呟く。
7月某日 木々達
今年もフジロックには行けなかった。夏の昼間にね、外に長時間いられる体力と覚悟がないから、夏フェス全般に参加できない。
DYGLの秋山さんが「あらゆる差別と、あらゆる区別と、あらゆる構造的差別と、あらゆる植民地主義に反対します。でも差別は普通の人もしちゃうから。俺も気をつけるし、みんなも気をつけよう」と話していたと知り、グッとくる。そうなんですよね、誰だって差別をする可能性があるから、お互いに気をつけてようね。わたしも気を付けます。
8月某日 誰かのバーター
演劇『きみは一生だれかのバーター』を観に行き、満身創痍になる。個人的な感情や経験と重なる部分があまりにも多かったため、書けることが少ない。ミスiDオーディションに悪態つきながら結局は何年も見続けていたこととか。何者にもなれないのに、心のどこかで"誰かの特別さに気付けるモブ"ぶってしまってたこととか……今もかも。瘡蓋は簡単に剥がれて、傷が剥き出しになってしまうなと思い知る。芸能の話を始めるために作ったインターネット空間に居場所を見つけたのに、芸能業界への違和感で何度もボロボロになっていることとか。
人生の節目のような出来事だった。小西桜子ちゃんは、ずっとキラキラ眩しい。

会場が浅草だったため、帰りに浅草寺のおみくじを引いてみる。人生の節目みたいなもの浴びちゃったから、何かにすがりたくなって。そしたら、そこまで言う?ってくらい最悪な結果が出たので、むしろ清々しかった。
8月某日 めでたし、その後
Christopher.Londonさんの展示を観に行く。展示作品のアクセサリーは試着可能だったので、何度も勧めてくださったけれど、暑過ぎて『ハウルの動く城』の荒地の魔女がサリマン先生に会いに行く場面くらい汗だくの状態だったから、試着は躊躇う。
小さな頃に観たり読んだりした、プリンセスの物語に対してずっと納得が出来なかったんです。と話を聞かせてくださって、うれしかった。「恋人になりました、結婚しました、幸せに暮らしました」で物語が終わることに納得が出来なかった、日々は続くのに?と。個人差はあるだろうけど、わたしも結婚が物語の定番HAPPYENDなことが居心地悪かったから、うれしい。幼い頃の自分にも見せてあげたい。いつか忘れられてしまうかもしれないお城だとしても、確かに在ったよねって言えるとうれしい。


8月某日 お土産
「北海道のお土産です」と言って、木彫りの熊のキーホルダーをくれる友達。「オランダのお土産です」と言ってミッフィーの缶をくれる友達。「京都のお土産です」と言ってミッフィーのお茶をくれる友達。
8月某日 SMTOWN
チケットをお譲りいただき、SMTOWN初日に参加。ありがとうございます。喜怒哀楽の全てを駆け抜け続けて百面相みたいな状態になり、心身が忙しかった。スンハンさん、またステージに立ってくださってありがとうございますね。
スンハンさんの脱退後、同じ空間に居るところを初めて見た。あらゆる"リアクション"が期待されながら全方位から視線を向けられる環境/状況が、舞台に立つみなさんにとって心的負担になってしまわないだろうかと心配になる。関わった場合には強い誹謗中傷がまた起きるのが目に見えていたので、不自然に見えてしまうほどの無反応を貫くしかなかったと感じるんですよ。悲しい現実だった。
久しぶりに観た、かつて大好きだったグループのこと 今みても素敵だなと思えたことが救いだった。本人達の魅力は、いつだって"本人達のもの"だから。感情が入り乱れて涙溢れてしまい身動きとれないわたしのことを、友達がずっとハグしていてくれた。
SMが作る音楽と世界観が大好き。でも、ビジネスとしても倫理的にも疑問を抱く部分は多い。その感情をずっと抱えてくんだろうな。こんなに書いておいてなんだけど、公演自体は本当にめちゃくちゃ楽しかったんですから。
スムコンかSMTかエッセムタウンか、オタク間の"呼び方"で新規/古参の振り分けのようになり荒れたことを知らずに、おとぼけ芸として「スムコン?」みたいなこと言ってふざけてたら望まない形で投稿が伸びてしまい、反省。エチュードをエチュードハウスと呼び、XをTwitterと呼び、スムコンをSMTOWNと呼び、やがて死にますから……みたいな気持ちでした。好きに呼べばいいと思います。
8月某日 WICHUとしゃべるひと
大切に連れ歩き続けていたぬいぐるみキーホルダーのウィチュをSMTOWNの会場で紛失してしまい、しばらく落ち込む。号泣。呆然としてうまく喋れなくなってしまったわたしのことを、友人達がたくさんサポートしてくれて慰められた。本当にありがとうございます。ウィチュはallways be with youですからねと連絡をもらい、また泣く。
好きなひと達と会っても暗い話や重たい話をすぐにしてしまうため、申し訳ない気持ちになる瞬間が多い。大前粟生さんの小説『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』に出てくる"ぬいぐるみサークル"の子達は、話を聞いてもらった相手が その痛みを引き受けて傷付いてしまうかもしれないのを配慮して、ぬいぐるみに話を聞いてもらって過ごしてる。わたしもウィチュにもたくさん話を聞いてもらっていた。カネコアヤノちゃんの『燦々』にある「日に焼けたぬいぐるみ達 この暮らしの事情を誰よりも知ってる」みたいな状態だったんですよ。
ぬいしゃべは、唯一人ぬいぐるみと喋らない白城のやさしさが心に残ってる。自分の側にいるかもしれない、白城みたいな存在をなるべく傷付けたくない。難しい。

ウィチュを紛失したショックでトボトボと駅に向かってたら、音符型の跡を見つけた。
8月某日 伝説のペーパードライバーの森帰省
実家の森に帰る。車がないと空港から辿りつけない森。60歳を過ぎた親が、自虐話のように「いつまで運転できるかな〜」と言うのを切ない気持ちで静かに聞く。何も言えない。筋金入りのペーパードライバーではあるものの、マニュアルとオートマの両方で近所を運転してみる。親に頼ってばかりで申し訳ないから。
何年も前から、家族はわたし個人に恋愛話を振らないでいてくれる。大切にしていたぬいぐるみを失くした話を母が真剣に聞いてくれる。参院選で抱えた不安を話しながら、父が参政党を批判していると知って安心する。お腹が空いて泣いてる子どもがいるのに大人が何も出来ないどころか何もしない世界なのはおかしいと言う父に安心する。いいひとだよな、と身内ながらに思う。それでも、何気ない会話の中で抱く価値観のズレや些細な言い回しにいちいちピリついてしまう自分がいて、伝え方がうまくなれなくて自己嫌悪に陥る。車が描かれたオモチャを見て「(姪っ子が)男の子だったら好きだったかもね」と言う親に対して、また冷たい言い方で批判してしまい、自分のガキっぷりを反省する。
帰省中にNCT WISHのSurfが公開される。め〜っちゃうれしい。サクヤさんのラップパートが大好き。感情にup&downがある前提の話なことがうれしいから。他の作品でも感じることだけど、NCT WISHの音楽は誰かの燦きを眩しがるだけではなくて 一瞬の躊躇いや不安、別れや変化への戸惑いや寂しさ、そういう感情も描かれている(ように感じる)ところが好き。過ぎ去る寂しさというよりも、様々な感情と並走しながら日々が続く感じがして好き。デビュー曲WISHの中で「笑顔や涙、大切な全て」と言ってるところも好き。大切な全てに涙も入れてくれるグループ。FAR AWAYでの「きっと涙さえ煌めくさ」とかも好き。〜好き、の連打!
先行リリースて何なんよ、2回連続でカムバックしますってことよね、過酷な……の気持ちは今もあります。でも2025年の抱負を漢字一文字で表す時に「忙」を選んだリョウさんが、その理由として「忙しく過ごしたいから」と答えていたことを忘れないでおく。



8月某日 DIM
Yvesさんの公演を観に行く。今年観たコンサートの中で、特に好きだった。アイドルとして眼差され期待に応えることと、自分自身の音楽性およびアーティスト性を持ち発信すること、そこに何のズレも無くて。特別な時間だった。『DIM』の終盤、音だけになるパートを聴きながら 安心する。世の中にある「もはやアイドルじゃなくてアーティスト」みたいな"褒め"言葉は、多方面へのリスペクトに欠ける表現だと感じた。いい公演だった!
8月某日 君はMiracle特待生
NCT WISHの振付・構成への不満が散見され始める。6人編成のため、ピラミッド型になる"センター"を作る場面では前列/後列のセンターの位置が重なるので、カメラに正面から抜かれると後列側は見えにくくなる。その位置になる機会が多い子が「隠されている」と捉えられ、振付師さんに厳しい言葉が向けられていた。配分に偏りがあるのは確かに理解できる、顔を見せて〜と思うのも理解できる、ただ、それらはプロである振付師・ディレクター・そしてアイドル達が理解していると思いますよ。デビュー曲からずっと参加して、歌謡祭でのアレンジも手掛けていて、メンバーとの年齢も近くて、楽しそうに関係を築いている振付師さんの作品だった。厳しい言葉で批判されているのを見て胸が痛む。もう少し慎重に話せるといいなと思う。
大切に想っているからこその不満や心配なんだなということは痛いほど伝わる(プロモーションへの参加数とかを気にかけるのとかは理解できる)ので、伝え方がわからなくてまた悩む。出来ることがあまりないから、全員分のfancamをコツコツと真剣に観る。
ダンス未経験のところから、歌声がSMに気に入られ過ぎてデビューメンバー決めるオーディションに途中参加する運びになっている時点で、Miracle特待生・Special優等生・期待のスーパースターだと思いますよ。
8月某日 めにみえないみみにしたい
マームとジプシーの演劇『めにみえないみみにしたい』を6年ぶりくらいに観た。2019年に観た以来かな、観るのは3回目(多分)。大切に思っている作品のひとつなので、この先もまた何度か観たい。祈るような作品だなと思う。
客席の子ども達とコミュニケーションを取りながら進めていくような作品なので、小さな子達の素直な反応や、見栄とか、褒められたがる愛らしさにも心が動く。演者から最初に言われた「こんにちは」に「こんにちは」と返して、「でも、今ここ(会場)は、夜です。こんばんは」と続けられたら、一瞬の躊躇いもなく「こんばんは」と答える子ども達。敵わない。そういう微笑ましさと、作中で繰り返し扱われる反戦のメッセージが切り離されていないところが好きだ。歴史の教科書の中だけで語られることじゃないから。わたし達は"戦後"を生きてるとは言えない場所に居るんですよ、と思ってやりきれない気持ちになってまた涙が出る。
めにみえない〜は、隣の森で始まる戦争に怯えながら森の中を彷徨う時間が描かれているけれど、数年前よりも「隣の森」が近くて苦しい。自分の、当事者意識が薄かったというのもあるかもしれない。

会場のいたるところに、藤田貴大さんの手描きメモと一緒におもちゃや絵本が置いてあった。
<あらすじ>
おねしょに悩むおんなのこは、飼い猫のにゃあにゃあちゃんから聞いた古い言い伝えを叶えるため、夜の森へ出掛けて行きます。おかあさんも子どものころに出かけた森には、たくさんの動物たちや不思議な生き物、妖精たちが住んでいました。森で出会った狩人に案内されて森の奥へ進むおんなのこ。やがて辿りついた古いおうち。となりの森と戦争が始まろうとする中、おんなのこが古いおうちで見たのは……。
8月某日 砂に描いたウィチュ
最終日、友達とNCT WISHのOne Summer Wishのロケ地巡りの聖地巡礼ごっこをした。ポッドキャスト『Y2K新書』を聴くと、柚木麻子さんの真剣な聖地巡礼への心意気に圧倒される。好きなひとがそこに居るわけじゃないのに、そこに「居た」こと確かめるだけでもうれしくなれるから、やっぱりオタクで居るのは自分にとって幸せ。
Surfの歌詞にある「砂に書いた僕たちの名前が新しい波に流されてしまったとしても、今僕達が抱いた感情は消えない」は素敵よねと話しながら、波に絵を描いたり名前を描いたり。いい時間だった。
a-nationにNCT WISHが出演する日だったから、そちらを観る方がファンなのかもしれない。でも、こんな異常な暑さの中で歌い踊る姿をただ明るく観るのは難しい。でも、結局は後から楽しく観た。過度な心配がより負担になる場合もあるだろうし、頑張りたい本人達の感情は守られてほしい。だから尚更、環境がもう少し穏やかであってほしい。すぐに韓国へ帰ってカムバック活動を開始しているのを見て、また複雑な気持ちになる。でも、喜んでカムバック活動をウキウキと毎日観ている。でもばかり。矛盾を抱えながら反復横跳びしていて、歯痒くなる。
日が沈むところをゆっくり眺めて過ごす。シオンさんが「あれがユンスル(※水面に映った光が反射してキラキラすること。日本語に当てはまる言葉がない単語)だよ」と柔らかい声でユウシさんに教えてあげていた映像が大好きなわたし達は、海辺でもそのやりとりを観る。

ペットボトルに海水を汲んで、砂にかけて、湿ったところで素早く枝でなぞるように描いた、砂ウィチュ。
9月某日 シルバニア
友達の音楽イベントに遊びに行く。K-POP楽しいな〜と改めて思う。MONSTA XとTHE BOYZのコールに全力な人達の姿にグッとくる。スンハンさんの曲で盛り上がって踊る人達を見て安堵する、けどわたしはまだ怖くて立ち尽くすことしかできない。
また別の友人達が、荒川で行われていた「ほうせんか」のイベント(関東大震災102周年 韓国・朝鮮人犠牲者の追悼式)に参加していたのをInstagramで見て、後ろめたいような申し訳なさを感じる。日本が抱える歴史的な問題を矮小化してしまうようなことを言ってる知らないひと達をTwitterで見て、居た堪れない気持ちになって静かにアプリを閉じる。もう少し話がしたいなと思う。勝ち負けみたいな形に着地させてしまう状況から抜け出す場所になってほしいな、と祈るように思う。
早く過ぎ去らせようとして、強い言葉で批判して「終わらせよう」とするのは危ういのかもしれない。炎上がよくない方向に加速して、韓国にルーツを持つ方に偏見込みのヘイトが向けられているのを見て、繰り返してしまうなと危機感を抱く。
日本人メンバーがラジオ内で何気なく口にした「日本海」という単語が問題視され、一部で炎上が起きた(※経緯や詳細はもっと複雑だと思うので、こんな数文字で説明すべきじゃない)。個人の発言を意図的に切り抜いて、扇動するような形で批判・拡散するのも、ましてや人格否定したりアイデンティティごと蔑むような表現で誹謗中傷するのは問題がある。ただ、"誹謗中傷"への批判が必要なのであって。属性に紐付けて罵り合うのを辞めてほしい。K-POPアイドルを巡って日韓の政治的な意味での問題が起きると、ものすごい勢いで湧いて出てきた人達にインターネットのおもちゃにされてしまうこと多くて、歯痒くて耐えられない。だからアカウントの鍵を外すのを躊躇い続ける。
学校教育の中でも日常生活の中でも、"日本海"という呼び名に疑問を抱いてこなかった自分自身に気が付いて、学ぶべきことがたくさんあるなと思い知る。「日本海呼びは"その海が日本のもの"という意味ではない」と感じるのはわたしもそうだったけれど、それを「じゃあ○○海はあの国のものなのか」みたいに煽ったり、相手を馬鹿扱いするのは別の問題がうまれてしまう。少なくとも、植民支配をした側の歴史を持つのだから慎重過ぎるくらい慎重になりたい。 たとえ一つの単語だとしても、それが意味を持つ場合や その背景に大きなものがある場合もありますよ。
自分にとっての「正しい/正しくない」の価値観や感情を守るために、そこから外れた相手を「悪いやつ/馬鹿」みたいな捉え方に直結させるのは控えなきゃと思う。念のため書きますが、誰か個人のことを責めたい訳ではないです。酷い言葉で未成年の子が誹謗中傷されたり断片のみの情報で否定されて矢面に立たされていることに、心から怒って守ろうと動けるような優しさがあるひと達なのだと思う。お互いに、誹謗中傷をせずに問題点の話をしていきたいですよね……また理想論だと言われるかもしれない。「正論は要らないです」と知らないひとにインターネットで言われてから、もうよく分からないんですよね。ぼく達は平和なシルバニアン家族なのだから、と思っていたいんですよ。
久しぶりに会えた友人達と楽しく過ごした愉快で愛溢れるいい日だったけど、また落ち込む。情緒の振り幅を自分でもう少しコントロール出来るようにならないと、って何度も思う。イ・ランさんの『イムジン河』カバーを聴いて寝る。

우린 평화로운 시르바니안가족이니까(ぼく達は平和なシルバニアン家族なのだから)
9月某日 ショートケーキと暗算
久しぶりに祖父に会いに行く。挨拶くらいのテンションで気軽に「今年の夏も暑かったね」と言ってしまい、すぐに後悔する。祖父は部屋の外に出られないから暑かったことを知らない。対面のコミュニケーションは削除も修正もできないから、難しい。インターネット思考だと自分でも思う。会話をうまく続けられないわたしを見かねて、母が助け舟を出してくれる。前後の会話の流れを突き破って「ケーキの中では何がいちばん好き?お母さんは、ショートケーキ!」と言ってて、いいひとだなと思って胸が痛む。箱の中にあるケーキの種類が偏らないように、ショートケーキじゃなくてチーズケーキを選んで食べる母を見て、また悲しくなる。
暇な時には、頭の中で100から3ずつ数字を引いていくんだよと言うおじいちゃん。
9月某日 人生ソング
KIRINJI・MIZ・柴田聡子・小山田壮平という、わたし大喜びラインナップなイベントがあったので観に行く。八丈島出身のMIZのふたりが、話者が居なくなってしまうから いつか無くなってしまうかもしれない島の言葉を扱った曲『パレード』をゆるやかに披露してくれた。心がほどける。
わたしの人生の中でいちばん特別な曲『16』から歌い始めていた小山田壮平さん。結局andymoriが自分にとって軸なんだとなと確信する。「空がこんなに青すぎると何もかも捨ててしまいたくなる」こともある。"暗い"とされてしまう感情を、明るく柔らかい音で届けてくれて、ずっとありがとうございます。
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9月15日 磯野への報告日記
嘘日記おわり、内容は本当。その日に書いてないものが多いから嘘日記。思ったことや感じたことを書いてる訳だから「〜思う」って書かなくてもいいんだけど、個人の感情の範囲のことを断定形で書くのをなるべく避けたいんですよね。言い切れることなんてほとんどない。平凡な日常を送ってるオタク気質なただの会社員による、ただのインターネット上の文字列に過ぎないから。
吊り橋を叩いて渡るような性格のまま、叩くための道具やタイミングや匙加減に迷っていたら、気付いたらもう周回遅れになっていて「あっもう遅いです〜!吊り橋は降ろしましたす。え、再開?いや未定です」な状況になってることがある。何も言わずに気にせずさらりと受け流していける方が賢い対応、みたいな風潮に馴染めないため、もうインターネット向いてねぇな自分……と思う。時間をかけて考えたいけれど瞬発力が必要な場面が多くて、その噛み合わなさに擦り減っていく。
Twitterはもうダメ、死の庭です。の気持ちではあるけれど、TLを通じて知り合った方達との関係はいつも愛おしくて宝物だから手放すのは難しい。映画『マッドマックス〜怒りのデスロード』に出てくる、砂漠で暮らすおばあちゃん達がさ、枯れてしまった土地の中でも種を手放さずに握りしめて戦って生き抜いてたところ好きなんですよね。セーフスペースとして機能する場所に戻したい。羊文学の『光るとき』を聴いて慰められる日が何度かあった。世界は美しいよ/君がそれを諦めないからだよ。
自分との約束事を少しずつ増やしていきたい。
完璧を目指すのは難しいから、ハードルを下げる練習をする。完璧には出来ない。「完璧に出来ないならやらない」よりは「出来る部分はやる」をやろうねと自分に対して思う。ボイコットの話をすると「全てを断つことは出来ないのに」みたいな言い方で非難される場面があるけれど、生活に10あったものを7に減らすのを続けて その差分3が積み重なるのを目指すとか。そういう単位でもいいと思う。最近は、完璧じゃなくてもいいからALT機能を使おうと思っている、けど客観的な文章を書くのが苦手なのでなかなか慣れることが出来ない。少しずつ頑張りたい。自分のことめっちゃ応援してる。
なんかさ……概念の磯野〜!俺と、愛の話をしようぜ、でも別に話さなくてもいいよ、気が向いたらたまにお気に入りの曲でも送り合ったりしよう、山手線ゲームみたいな会話をしながらゆるやかに過ごそう、人生のペースを少し落とそうね、になる。また意識の流れではちゃめちゃ情緒up&downしている激長日記になってしまった。最後に読み返してたら、友達ほんとみんな優しいなと改めて思って泣けてきた。本当にね、ありがとうございますね。
読んでくださって、ありがとうございました🌿