一富士、二鷹、三茄子と来れば、初夢で見ると、縁起のいいものと決まっています。
どんな初夢だったのか、鮮明な記憶はありません。
私の夢は、映画で言えば、日に5本~7本と言った感じです。
多過ぎて、記憶していないことも多いです。
どんな初夢だったのか、鮮明な記憶はありません。
私の夢は、映画で言えば、日に5本~7本と言った感じです。
多過ぎて、記憶していないことも多いです。
今年もいい年で、あって貰いたいです。
その願いに変わりはありません。

昨日は、梅田の帰り、家で嫁がお薄を点ててくれました。
正月と言うと、やはり、富士山の茶碗です。
何となく家の一服は、落ち着きます。
今年もいい年になって貰いたいものです。
その願いに変わりはありません。

昨日は、梅田の帰り、家で嫁がお薄を点ててくれました。
正月と言うと、やはり、富士山の茶碗です。
何となく家の一服は、落ち着きます。
今年もいい年になって貰いたいものです。
3歳児のゆうゆうには、菓子だけでお薄は飲ませていません。
何を飲んでいるのか、興味深々の様子です。
その内に、飲ませてもらえるようになりますよ。
何を飲んでいるのか、興味深々の様子です。
その内に、飲ませてもらえるようになりますよ。
正月ですから、いろいろといつもと違う雰囲気に、それなりに子供も楽しんでくれています。
正月の一服を頂くなら、床の間に、お軸は、何が良いでしょうね。
茶の湯の道に暗い私的には、やはり、正月の門松のように、松の入ったモノがいいのかと、勝手に思い描きます。
正月の一服を頂くなら、床の間に、お軸は、何が良いでしょうね。
茶の湯の道に暗い私的には、やはり、正月の門松のように、松の入ったモノがいいのかと、勝手に思い描きます。
「松樹千年翠」(しょうじゅせんねんみどり)などは、いいかと思っています。
それとも、松と来れば、「松無古今色」(まつにここんのいろなし)が一番に思い浮かびます。
それとも、松と来れば、「松無古今色」(まつにここんのいろなし)が一番に思い浮かびます。
本来、「松無古今色 竹有上下節」の対句ですね。
仏の世界では、老若男女、貧富貴賎、の区別なく、皆平等です。
仏の世界では、老若男女、貧富貴賎、の区別なく、皆平等です。
でも、現実社会では、貧富上下の差はあります。
不平等な社会が現実です。
それが悪いと言っているのではありません。
平等即差別、差別即平等と言う真理だと言う事なのでしょう。
不平等な社会が現実です。
それが悪いと言っているのではありません。
平等即差別、差別即平等と言う真理だと言う事なのでしょう。
それでも、どんなに社会的立場の有る方でも、大金持ちの方でも、そうでないかでも、同じモノがあります。
例えば、時間ですね。
同じ24時間を暮しているのです。
これは皆平等です。
例えば、時間ですね。
同じ24時間を暮しているのです。
これは皆平等です。
それに、どんなに社会的立場の有る方、大金持ちの方が、悩みが無く幸せかと言えば、それも違うことも多いです。
多くの財産を残した方も、その死後、遺産相続をめぐって、骨肉の争いは、あるものです。
それに、子供なく、継ぐ者なく、その残された膨大な財産の行方に翻弄されることもあります。
多くの財産を残した方も、その死後、遺産相続をめぐって、骨肉の争いは、あるものです。
それに、子供なく、継ぐ者なく、その残された膨大な財産の行方に翻弄されることもあります。
金持ちは金持ちで、そうでない方では考えられない悩みがあるものです。
株価の下落・暴落は、ない者にも辛いですが、あるものには、更に辛い出来事です。
一夜にして、数億円、数十億円の損失かもしれません。
株価の下落・暴落は、ない者にも辛いですが、あるものには、更に辛い出来事です。
一夜にして、数億円、数十億円の損失かもしれません。
人間には、程良い「分」と言うのがありますよ。
分相応の分ですね。
上を見てもキリがないですし、下を見てもキリがないです。
今あることに、満足できるように暮らすのが、一番いいかもしれません。
分相応の分ですね。
上を見てもキリがないですし、下を見てもキリがないです。
今あることに、満足できるように暮らすのが、一番いいかもしれません。
今あることに感謝して暮らせば、見えて来る幸せも変わります。
少しだけ目線を下げた所に、意外な幸せを発見できます。
私の提唱する「よかった探し」「幸せ探し」です。
ポリアンナじゃないけれど、どんな状況の中でも、幸せは見つけられるモノだと教えられました。
少しだけ目線を下げた所に、意外な幸せを発見できます。
私の提唱する「よかった探し」「幸せ探し」です。
ポリアンナじゃないけれど、どんな状況の中でも、幸せは見つけられるモノだと教えられました。
『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』などは、小学生のリアルタイムに見ていた世代です。
そんな名作のアニメの中で、私が好きなのは、『劇場版 じゃりン子チエ』(1981年)かもしれません。
複雑な環境の中で暮らしたチエちゃんの大人みたいな気の使い方は、子供の目線ではありません。
そんな名作のアニメの中で、私が好きなのは、『劇場版 じゃりン子チエ』(1981年)かもしれません。
複雑な環境の中で暮らしたチエちゃんの大人みたいな気の使い方は、子供の目線ではありません。
環境が人を育ててくれると思っています。
孟母三遷みたいに、移動できる場合ばかりではありませんからね。
その地で生きると言う事を考えれば、チエちゃんの心の成長は、見えている風景が、同じ世代の子供たちと違っていたと言う事でしょう。
孟母三遷みたいに、移動できる場合ばかりではありませんからね。
その地で生きると言う事を考えれば、チエちゃんの心の成長は、見えている風景が、同じ世代の子供たちと違っていたと言う事でしょう。