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ルナのバニラヨーグルト その香りより見える世界。

痛風発作のリポートを続けてきましたが、痛みはだいぶ取れて緩和されました。
しかし、発作の起こったあたりには違和感があります。
若干の腫れも感じます。

過去の発作は、5日ほどで発作も終了します。
今回の発作は今までで一番長いかもしれません。
日常生活に不自由はありません。
優しいお見舞いの言葉に深く感じるものがあり、感謝の気持ちでいっぱいです。

それ以上にヨーグルト続けています。
ヨーグルトが痛風に効くと信じて実践しています。
同じものをたべるのも一案ですが、せっかくならといろいろなものを食べてみました。
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京都市と隣接する八幡市にある日本ルナ株式会社の「バニラヨーグルト 生クリーム入り」です。
寒天の入っているタイプの割には、クリーミーな食感です。
一口、口中に投じると絹のようなしっとりとした口当たりです。

それ以上に香りがいいです。
そうバニラの香りです。
バニラアイスを食べているあの高貴な香りです。
甘~いです。

それに続いて、生クリーム仕立てのまろやかさと、ヨーグルト本来の優しい酸味が口いっぱいに広がります。
「幸せ~」です。

滅多に食べないバニラアイスを食べた感覚です。
子供の頃はよくバニラアイスも食べました。
バニラとは、メキシコ原産でラン科の「バニラ豆」の未熟なさやを乾燥させたものがバニラビーンズらしいですね。

子供の頃、ケーキ作りの時にこのバニラビーンズ見て知っていました。
シナモンスティックを見たときの驚きと同じものがあります。
こんな小さい豆からこんな甘い香りが出ることに驚きました。

食べたルナのヨーグルトは人工香料でしょうからね。
でも、バニラビーンズを使った本物も口に入れたことがありますが、やはり本物とコピーには大きな隔たりがあります。

それが本物の凄さです。
似て非なるものです。
安価に楽しめるなら、人工香料も、それもありです。

モノには値段に比例する価値観があります。
安いからダメで、高価であるからいい物という論理にはなりません。

ものの価値観は相対的です。
何かに比べて、いいか悪いかそれだけです。
ものの価値観は、数の論理ですね。

多いか少ないかそれだけです。
食べ物がそのいい例です。

今年は秋刀魚が安価です。
豊漁です。
塩秋刀魚生秋刀魚も大変お求め易くなっています。
漁獲量が少なく、値段が高いと、秋刀魚も大切に珍重されます。

でも、秋刀魚は秋の旬の食材です。
脂も乗っています。
今が旬です。
美味しいです。

昨日も秋刀魚でした。
この美味さは、マグロや鯛にも劣りません。
うまいです。

でも、生の本マグロの中トロや背トロの美味さとは違います。
鯛の腹辺りの造りとは違う種類のうまさです。

それでも秋刀魚の塩焼きは美味いですね。
煮付けてもいいですね。
山椒と焚いた有馬煮も私の好物です。

それでも秋刀魚のど真ん中のストライクは、秋刀魚の塩焼きです。
熱々を頂く、皮のばりっとした感覚もいいです。
この美味さは普遍なものです。

これを美味いと言わずして、秋刀魚の醍醐味はありません。
鰯(いわし)、鯖(さば)、秋刀魚を含めて、青背の魚は下魚の扱いです。
それは漁獲量が多いだけで、魚の美味さとは関係がありません。

秋刀魚にしかない持ち味を、秋刀魚でで楽しむ。
そんな楽しみは秋刀魚にしかありません。

金銭の多寡(たか)に関わらず、食べ物の美味さは分かりやすいです。
後は、数と手間隙の問題です。

本物のバニラビーンズを使ったお菓子は香りも豊かです。
しかし、コピー商品はその商品の特性のエッセンスを誇張しています。

本物を口にしたとき、何か物足りなさを感じることがあります。
科学調味料の入っていない漬物を味が薄いと感じるみたいなものです。
人の味覚まで、勘違いさせられてしまいます。

チャイニーズレストランシンドローム現象ですね。
ラーメンに中華料理も多量の科学調味料が入っています。
店では入れないと客に「まずい」とか「味が落ちた」と言われます。
人の口はいい加減なものです。

食は人の根幹です。
物食わずして人は生きていけません。
悲しい人のサガです。

食も人の生きる上での修行です。
人は自然の中にいます。
いくら科学が進歩しても自然を作ることは出来ません。
逆に壊すことは意とも容易いですね

それを今年の季節で感じることになりますね。
毎年毎年、異常気象とニュースで飛び交います。
今までツケの代償かもしれません。

食と異常気象も大きな関係があります。
作物の収穫量に直結します。
そのうち茄子や胡瓜が「○○のダイヤ」と呼ばれる日も来るかもしれませんね。
そのとき、高額な商品として陳列台に並びます。

亜熱帯になって、庶民の庭先にマンゴーがなるかも知れません。
1かご、10個100円というかもしれません。
12000円もするマンゴーあったよね、と昔話です。

そんな時でも、秋刀魚の塩焼きの美味さに変りはありません。
ただ悲しいのは、毎日続くと飽きます。
この飽きさえなければ、ありがたいですね。

めちゃくちゃ美味いものは宿命があります。
いっぱい食べられないこと、すぐに飽きることの2つです。
多く食べられるような気はしますが、体はそんな風には出来ていません。

仕事関係で、お呼ばれしてすき焼きを頂ました。
牛肉は100gで2~3000円はしそうな霜降りの肉です。
こちらも3~4kgご用意です。肉というより網目の模様です。
松茸を2kgほど用意されていました。丹波から直でお取り寄せです。
松茸のすき焼きでした。豪勢でした。

これを13人ほどで頂ました。
ご自宅に招いて下さっての食事です。
この他に、箸休めのご馳走が用意されています。

一生分の松茸とすき焼きを食べた思いでした。
でも、美味しいと感じたのは最初のうちだけです。

脂にまみれた匂いと松茸の匂いが脳裏に焼きついています。
それ以来あえて、高級な霜降りの肉食べたいとは思いません。
松茸もあえて買いたいとも思いません。
洪自誠の『菜根譚(さいこんたん)』の一節を思い出します。
http://blogs.yahoo.co.jp/kantoshoue/4422162.html

私の高級肉と松茸の摂取量が限界を超えたのでしょう。
「終了」です。打ち止めです。
安い牛丼なら頂けます。
私のご紹介した安価な牛肉を使った「牛すき鍋」なら食べられます。

シイタケやマイタケやシメジを使った料理なら美味しく頂けます。
もともと安っぽいものが、私の口にあうのでしょう。

美食家としてのDNAは私にはなかったようです。
「食は三代」ともいいます。
自分、子、孫の代にならないと、本当の美食に到達できないと言う意味です。

値段の高いものを美味いと思い込んで、自分の口に合う美味さかを自分の舌で調べる能力は低下します。

外でもいろいろ安いものばかり食べますが、家でもいろいろと作ります。
食は食べるだけでなく、作ることにも楽しさを覚えます。
男の料理でいい加減です。

でも自分の口にはあうみたいですね。
失敗してもへっちゃらです。
すぐに味を調整します。

料理は食べるだけでなく、自ら作って、料や理を覚ります。
旬のものは安いです。
旬のものは美味いです。

同じものは飽きます。
飽きないように工夫が必要です。
人として知恵が働きます。
食をとして季節を知り、自然の中での自分を感じます。

生きているということが不思議です。
そう、何かの力で生かされています。
食あることも、元気で暮らせることも偶然の偶然、つまり必然です。
生かされているのですね。

そう感じたとき、心の底から「感謝」の気持ちが沸いて来ます。
体も心も穏やかに過ごせます。
見守られていると感じることがあります。
そのことに、やはり感謝です。

ヨーグルトの容器のそこを突付いて見ましたら、「当たり」の文字とか思えば、「感謝」の気持ちでした。
見えない文字をじっと見つけます。

今日も一日健やかに穏やかに過ごすことが出来ますように祈るばかりです。

最後まで仙人の四方山話にお付き合い下さいまして、心よりお礼申し上げます。



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