昨日は、バレンタインデーでしたね。
最近は、悲喜交々です。
また、突然の足の痛みに悩まされます。
昨日も、天気が良かったので、少し散歩に行きました。
もちろん、日に8000歩です。
毎日でなくとも、週に1~2度程度でも、効果があると言われると、いろいろと気持ちも楽になります。
2008年の2月15日から始めたブログも、丸18年が過ぎて、明日から19年目に突入です。
山あり谷ありモハメッドアリです。(親父ギャグです)
そうそう、蜂にさされたかのような突然の痛みが膝裏に感じます。
寝ている間に、膝にねじったのか、10歳児のゆうゆうに、寝ている間に、蹴られたのか、不明です。持病の膝です。
芝居なら、「持病の癪(しゃく)が・・・」と言えば、聞こえはいいですが、膝となれば、動けません。
家のトイレ行くのにも、難儀しています。
四諦八正道によれば、「四苦八苦」の苦しみですが、病や老は苦難です。
心の平穏を求めています。
遠いところに幸せはないことは知っています。
道は近きにありです。

頂き物チョコです。(大変ユニークな頂き物です)
毎年、バレンタインデーには、「喫茶チョ去」(きっさちょこ)と言っています。
禅語の「喫茶去」(きっさこ)をもじっただけです。
不立文字(ふりゅうもんじ)の「もじ」ですよね。
「教外別伝 不立文字」(きょうげべつでん ふりゅうもんじ)ですね。
意味は、言葉にされた仏の教えの他に真の教えがあると言う事のようです。
偉いお坊さんの生き様を見ると、不思議なことにも見えますからね。
禅語の「喫茶去」(きっさこ)は、中国唐代の禅僧、趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)の言葉ですね。
去ると言う字が入っていますが、単に意味を強める助辞にすぎないと我が愛読本の『禅語の茶掛 一行物』(芳賀幸四郎著)解説されています。
単純に言えば、「まぁ、お茶でもおあがり」と言う意味のようです。
若い修行の雲水がやって来たら、「喫茶去」(きっさこ)、「まぁ、お茶でもおあがり」と言うのです。
偉いお坊さんが言うのは、単なるそんな会話でなく、「お主はすでに悟りを得ているか?」と問いかけているらしいです。
偉いと言っても、師匠は、南泉普願、その上の師匠は、「平常心是道」の馬祖道一、更にはその上の師匠は、南嶽懐譲、更にその師匠は、六祖慧能ですからね。
禅の濃い時代のチョーエリートの禅僧の流れです。
そんな偉いお坊さんが、「喫茶去」(きっさこ)、「まぁ、お茶でもおあがり」と言うのですから、余ほどの事でしょうね。
趙州禅師が、晩年に、若い僧から「如何なるか是道」と聞かれ、「「墻外底(しょうげてい)」(道なら、垣根の外にある)」と答える。
更に若い僧が「恁麼の道を問わず、如何なるか大道?」(その道路の事を聞いているのではありません。人としての道を問うております)
ここから、出たのが、禅語の「大道透長安」(大道長安透る)です。
私は、若い僧との、このやり取りが大好きです。
また、私大好きな禅語の1つです。
長安に至る近道はありません。
交通手段も、歩きのみです。
その道も、この道も同じなんですね。
とりあえず、バレンタインデーには、「喫茶チョ去」(きっさちょこ)なら、くすりと笑えます。
そうそう緊張せずに暮らせたらいいですね。
入社面接で、女性の方が、面接官から、「何か得意なことはありますか?」と聞かれて、「お琴を少々」と答えようとしてら、「おとこ(男)を少々」と言い間違って、「結構なお趣味です」と撃沈された話を聞いて、激笑いしそうです。
同じように、森永製菓の面接で、面接官から、当社のCMソングご存じですか?、ご存じなら歌ってみて下さい」と言われて、得意気に歌い始めました。
♪ チョコ レイト チョコ レイト チョコレイトは・・・
ここに来て気づきました。
これって、対立する明治製菓のCMソングだと言うことを気づいて、撃沈します。
ピンチはチャンスです。
同時に、チャンスは、すぐにピンチになりますからね。
「平常心」で、いえいえ、今日は、「平常心(びょうじょうしん)」を唱えて、作為せずにやれることが、大切ですね。
意中の男性があるなら、大きな包みのチョコでなく、何気なく「喫茶チョ去」(きっさちょこ)、「まぁ、チョコでもおあがり」と渡されたチョコが、二人の中を取り持つこともあります。
「ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある。見知らぬあなたと見知らぬあなたに、デートを取り持つパンチDEデート!」
70~80年代の『パンチDEデート』の桂三枝(現・文枝)と西川きよしによる代表的なセリフを思い出しますね。
お若い方は、いいですね。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。