先日、スーパーでビワを買って来て食べました。
私、子供の頃には、ビワが大好きだったのに、久しく食べていませんでした。
9歳児ゆうゆうも、ビワは大好きらしいです。
『うさぎドロップ』(作者 宇仁田ゆみ)の中に出て来る女の子のリンちゃんも、ビワが大好きです。
この段になって、「桃栗3年柿8年」というフレーズも、ゆうゆうは覚えています。
なんでもいいから、いろんな言葉を覚えるのは、いいことだと思います。
ボキャブラリー多いのは、素敵なことです。

昭和調グラスの盛り付けました。
いい感じです。
レトロ感があっていいです。
今、昭和レトロな喫茶店が流行っていると聞きます。
令和になって、そした懐疑的な雰囲気がいいのかもしれません。
昭和の喫茶店というと、ナポリタン、チキンライス、オムライス、ミックスサンド、ミックスジュースと、寒すぎる冷房の記憶が蘇ります。
今でも、好きな軽食です。
当時の喫茶店でも、ピラフというワードもありましたが、焼きめしというワードも印象的でした。
当時は、混同されていた雰囲気もあります。
ピラフは、本来炊き込みご飯ですし、焼きめしもフライパンで炒めたモノの定番でした。
当時の喫茶店では、チャーハンでなく、焼きめしでしたね。
福神漬けが添えられたのが、焼きめしでした。
懐かしい喫茶店の雰囲気がありましたよね。
アイスコーヒーは、関西では「レイコ」と呼ばれるのが、おじさんの普通でした。
冷たいコーヒーという意味です。
関西ではも関西でしたか通じない言葉も、今以上に多かったです。
当時は、最たるものは、モータープールもそうでしょう。(パーキングや駐車場です)
今は、逆に使われていないかもしれません。
当時の関西では、おでんでなく、関東煮(かんとうだき)と呼ばれるのが普通でした。
チビ太のおでんのイメージから、少し少し少し若い人にも認識されてきましたからね。
ですから、おでんは、串に刺さっているイメージがありましたよ。
おでんと言えば、高足の演と呼ばれる田楽からの名前の由来です。
豆腐の他に、焼き魚に味噌を付けて食べるということもありましたが、蒟蒻や豆腐が定番です。
昔、料理屋さんのアルバイトで田楽の盛り合わせというメニューがあって、茄子と豆腐と餅麩とを揚げて串にさして、赤味噌、白みそ、けしの実を振りかけて、盛り合わせを出していた記憶があります。
懐かしいです。
そうそう、ビワの木は、強いというので、杖にすることもあると聞きました。
鬼平犯科帳でも、盗賊の高萩の捨五郎が、子供を助ける為に侍(旗本)に足を切られて、盗賊改めの役宅に担ぎ込まれて、平蔵自らビワの木を削って、捨五郎にビワの杖を渡していたことを思い出します。
あの回も、いいですが、高萩の捨五郎 は菅原謙次さんが、私の中ではこの方だという感じです。
南無八幡の佐次の親分さんも良かったですけどね。
やはり、最初に見た印象が強いです。
『芋酒・加賀屋』の鷺原の九平と言えば、私の中では、米倉斉加年さんですからね。
いい時代の時代劇を観てこれたと思います。
ありがたいことです。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。
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