すでに、小学校の子供は、春休みです。
短い休みですから、効率よく親子の時間を過ごしたいですね。
そう言う訳で、家族旅行して来ました。
場所は、我が家のよく行く三重県です。
今回は、その中で大好きな津に行きました。
津と言えば、歴史好きなら、必ず登場するのが、戦国時代から江戸時代で活躍されたあの方でしょう。
言わずと知れたと藤堂和泉守高虎公です。

津城址にある藤堂和泉守高虎公の馬上のお姿です
やはり、凛々しいお姿です。
藤堂高虎は、築城の第一人者として、黒田孝高、加藤清正と並び築城名手としての一面もあります。
自身の居城、板島城(宇和島城)、今治城、津城、伊賀上野城の修築、幕府の命に依っての膳所城、伏見城、江戸城、篠山城、丹波亀山城、大坂城、二条城、いずれも名城を手掛けています。

武将とのしての功名も多いです。
15歳で、浅井氏に仕え、姉川合戦で初陣、天正4年長浜城主秀長に300石を賜り、天正13年で紀州粉河で初めて1万石の大名に出世します。
秀吉の下では、伊予宇和島で7万石、秀吉の死後は、家康に近づいて、関ヶ原の後に伊予今治で20万石の大名になり、豊臣勢の多い伊勢・伊賀に22万3千石に移されて、大坂の陣の後には、32万3千石の大大名に出世して来ました。
家康からの信頼も高く、家康臨終の際、枕元に招かれるほど信頼された知将だったとも聞きます。
戦国時代に在っては、槍働きにも限界があります。
そこで、得意分野を持っていることが、更なる出世なっていくと考えて、築城と言う手法を手に入れたと考えられます。
いずれにおいても、名将名君と言えそうです。
画像

このお姿、下から写真を撮ると更に、いい感じに凛々しくなるように思えますね。
この足元のベンチ近くに座って、ランチを頂きました。
ありがたいことです。
親子3人のささやかな暮しに感謝して暮させて貰っています。
ありがたいことです。
ささやかな「よかった」を探せて暮させてもらっています。
ありがたいことです。
日々の暮らしの中、心の三毒を廃し、平穏無事に暮らしたいです。
神仏に手を合わせて、感謝して暮らさせてもらっています。
ありがたいと感謝です。
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