
2021年の秋のこと。夫と派手めのケンカをしました。理由は家事と育児の分担で、メインテーマは食事の支度です。その頃私は手のかかる子供の世話で精神的にも肉体的にもヘトヘトで、出来あいのものを買って済ませることが多くなっていました。
夫は、家にいるのに支度ができない私が悪いという。私はそれは不可能なので、夫が作る日があってもいいと答えました。
すると夫は、「仕事して帰ってご飯なんか作れるわけがないだろう」というのです。
おかしくないですか? 仕事して帰宅の途中で買い物をして、家に帰って料理をする人なんて大勢います。特に女性は。そうですよね。
それができないなんておかしい。事実、子供が生まれるまでは私もそうやっていたのですから。「できんことなんかあるかいな。女の人はたいていやっとるわ。オメーも一度やってみろ! 仕事して帰って平日メシを用意してみろ!」
ということで、夫氏の平日一週間夕飯づくりチャレンジが始まったのです。
少し昔の写真なので、画像がいまいちなのはご容赦くださいませ。
目次
- 2021年10月3日(日曜日)
- 2021年10月4日(月曜日)
- 2021年10月5日(火曜日)
- 2021年10月6日(水曜日)
- 2021年10月7日(木曜日)
- 2021年10月8日(金曜日)
- 2021年10月9日(土曜日)
- まとめ
2021年10月3日(日曜日)
夕飯です。
さつまいもと舞茸の天ぷら
きゅうりの塩昆布和え
焼き鮭

きゅうりの和え物をグラタン皿に出すセンス。壊滅的です。しかし夫は気に入っているようで、グラタン皿はかなりの頻度で食卓に上がりました。
2021年10月4日(月曜日)
さていよいよ平日の夕飯づくりが始まります。
イカとネギの炒め物
きゅうりの塩昆布和え
キャベツの塩昆布和え

野菜が少ないと文句を言われることはわかっていたようですね。しかし塩昆布和えが2品。それも大小のグラタン皿に盛ってくるところがひどい。何度も言いますが壊滅的なセンスです。
また、うちの子供はかなりの偏食で、イカの炒め物は食べることができません。そのためもう一品。
スパゲッティ、ケチャップとチーズ

茹でたスパゲッティをケチャップで炒めチーズを混ぜたもの。ヤケクソのような料理ですが、子供はこれを気に入り、今でも夫がいる日はこれをリクエストしています。
2021年10月5日(火曜日)
焼き鳥(別皿にタレ)

野菜が消えました。
この日、私が書いたメモも残っていました。あまりに汚い字でお見せしてよいか迷ったのですが、みっともないケンカの顛末をお話しするうえで、こうしたものもありだろうと判断しました。お目汚しにて大変失礼申し上げます。

ごはん作っただけで不キゲン
6:30からおかずをつくりはじめ
おかずができてからごはんを炊く
この頃夫は残業をせず、定時で帰宅して必要があれば買い物をし、食事の支度をしていました。会社勤めをしながら18時半に家で料理をし始めるのは大変なことだと思います。
実はこのチャレンジを始める前、夫はこの点についてかなり渋ったのです。しかし、「残業が許されない状況で働くことも、夕飯づくりを課せられたものの苦しさなのだ」と説明して納得させま……じゃなくて、納得してもらいました。
実際、疲れただろうと思います。それは理解もします。けどさあ、手際が悪すぎやしませんか? おかずを作ってからご飯を炊くゥ? あなたさまの時間の感覚、異次元すぎやしませんこと?
2021年10月6日(水曜日)
とんてき?
かぼちゃの煮物

2025年現在、ブログを書く前に夫とふたりでこの頃の写真を見返しました。で、この料理は何かと尋ねたのですが、覚えてはいないみたい。確か、テレビでみた三重県のとんてきをイメージしたものだったというのですが。三重県の方、ごめんなさい!
しかしこの日、今でもはっきりと覚えている、私にとってとても印象的なやり取りがありました。
テレビでみた料理を作ってみようと思ったのは、夫なりの意欲の表れなのでしょう。チャレンジだったんですよね、とんてき。だから、私にきいたのです。
「どう? おいしい?」
私はポカンとして、それからイラっとしました。なぜいちいち料理の感想を求められなくてはいけないのか。そう考えて、びっくりしました。私もこれまで何度も尋ねたことだったからです。
料理を作った人間が評価を求める、それもできるだけ高評価をほしがるというのは、当たり前のことだと思います。料理は孤独な作業でもあります。家族を思い、見た目にはわからない工夫や工程だってある。メニューだって、健康のことお金のこと、いろんなことを考えなくてはならず、時間も手間も少ない脳のメモリも駆使してできたものなのです。
私は一息ついてから、「おいしい」と答え、それから正直にさっき頭に浮かんだことを話しました。夫は「そうか、それはお互い様だったね……」などと殊勝なことは言わず、「それは失礼じゃないか」とぷんすか怒っておりました。アホなんです。アホの中年が怒っても気持ちが悪いだけですが気が付かない、そういう人間なのです。哀れでしょ。
そんなアホは放っておいて、私は考えました。家庭の料理に感想なんて必要だろうか、と。
いや、かなうのであれば、作った人には敬意を払い、何らかのリアクションをするのが正しいことなのでしょう。しかし毎日毎日いただく食事を、特別なものととらえるのは正直難しい。何も言わなくても、ちゃんと食べてくれればそれで十分なのではないか。日々家族そろって、あるいはバラバラでも、食事がいただけてお腹も心もそこそこ満たされるのであれば、それで十分幸せなんじゃないだろうか。
……以後私は自分が作るときも、感想を求めることはやめました。ただニコニコ笑顔で、ときどきはケンカをしても、ご飯があること自体が幸せ。そう思うようになったからです。
2021年10月7日(木曜日)
すき焼きうどん
きつねうどん(子供)


疲れが見えてきた後半。フライパンのまま出すすき焼きうどん一品になりました。子供のきつねうどんの揚げも、どう見ても市販のもの。それも稲荷寿司用のお揚げさんではないでしょうか。
しかし、そんなことで怒る気持ちは消えていました。
片付けをしながら、色違いの菜箸を使っていたことにも気が付きましたが、それもまあいい。もうどうでもいい。そんな寛容な気持ちになりました。

2021年10月8日(金曜日)

今日も一品。息も切れ切れ、ラストスパートです。
2021年10月9日(土曜日)
最終日!
朝食
たまごサラダのサンドイッチ(オープン)

各自が自由に盛り付ける? スタイル。写真にはありませんが、子供にはツナを出していたように記憶しています。
昼食
チャーハン

各自が自由に奪い合う? スタイル。青息吐息の終盤戦です。
夕飯は……。

(画像は写真ACさんより)
ミラノ風ドリア。サイゼリヤに行きました。
まとめ
もともと料理はする人だったのですが、「休日に好きな材料で好きな料理を」作ることがほとんどだった夫氏。今回の経験で「限られた時間と材料とお金でバランスのよい食事を手際よく」作ることの難しさを知ったようです。
私も勉強になりました。それまで、ちゃんと感想を言わない夫に腹が立つこともあったのです。まさか自分がごくごく自然にそれをやってしまうなんて。
ハレとケでいえば、家庭料理はケであるはず。豪華でもなく立派でもなく特別おいしいというわけでもなく、しかしそんな家庭のご飯を大切にしようと考えるようになりました。
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